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遥かなるバンドブール

「上官、俺ここを出ます」


「なに?」


 素っ頓狂な声を出した上官は口を開けて固まった。綺麗に並んだ歯が良く見える。

 俺は気まずさを感じながらも、もう一度声を大きくして言った。


「ここを出て行こうと思ってます」


 落胆したのかしたような心配しているのか、上官のいつも吊り上がっている眉が垂れ下がっていく。

 上官の顔が面白くて笑いそうになった後、少し寂しい気持ちになったので、俺は俯いた。

 上官はなだめる様な声で話しかけて来る。


「何故出ていく」


「昨日、酒場でこの世界にも俺と同じ東洋人がいる事を知りました。精霊の世界や魔族の世界みたいに普通ではいけない世界があるのも解りました。ひょっとしたらそういう事を調べるのが、俺が故郷に帰る手がかりになるかもしれません」


 上官はゆっくり頷き、そのまま俯いてしまった。

 訓練の後、俺は何と王子の部屋に呼び出された。

 部屋には王子と上官と王子の最初の日に牢屋に来た世話係をしている男がいた。

 もったいぶった感じで手を前に組んだ世話係がこちらを見下ろした。爬虫類や両生類を思わせるあまり瞳の動かない大きな目だ。


「王子は兵士として働いていた分の給与を与えて良いとはおっしゃっているが、東の国まで旅をするとなれば、そんな金はすぐ尽きてしまうぞ。どうやって旅費を稼ぐ?」


 何も考えずに言い出していた自分が恥ずかしくなった。確かにどうすればいいのか解らない。

 黙ったまま、挙動不審に王子や上官の方を見る。

 そして何も言えぬまま、時間だけが過ぎていった。

 見かねた、上官が俺の隣に立つ。


「たくましい旅行者の中には芸や仕事で稼ぎながら旅をする者もあるというが、お前にそんな器用な真似が出来るか?」


 俺は首を横に振った。


「出来ないよなぁ……」


 上官は自問自答するように小声でつぶやいた。

 世話係も溜息をついている。

 二人が俺に意地悪をして旅立たせない様にしているのではなく、本当に手段が無いのは解った。 


「この城の財政では長い期間旅行者のパトロンになるのも無理だ」


 世話係が言ったのを聞いて、腕を組んでいた王子が頭を掻いた。急に小さな紙に何かを素早く書き殴る。

 王子がそれを机の上を滑らせて前に送ると、世話係の男がそれを読み上げた。


「東へ行く商人に金を掴ませ、預ける……まぁ、それ以外に方法は無いでしょうね」


 王子は世話係から紙を受け取ると、かなり長くを文章を書き加えた。


「商人の仕事を手伝えば、多少旅行費を補える。往復する予定がある商人に十分な金を掴ませて預け、さらに連れて帰ってきてもらった時に少額の金を払う約束をしろ……なるほど」


 これは話がまとまりそうな流れなのだろうか。

 嬉しくなって、王子の顔を見る。王子は苦笑い、に見える表情を浮かべていた。

 それから数日後、城に商人の一行が来た。

 がっしりした大柄の男と同じようにがっしりしているが幼さの残る顔つきの少年だ。よく似ているこの二人はきっと親子なのだろう。

 出発の時にはクーロとマルコスが門まで見送りに来た。

 あの朝以来、マルコスと話す度にあの踊り子の事を思い出していたが、離れるとなると寂しい。


「2、3年の内には戻って来いよ!」


 マルコスが軽い調子で言う。


「槍を折角いただいたのだ。鍛錬を忘れるな」


 クーロは俺の両肩を掴んで言った。

 商人に連れられて、山の麓の城から少し離れた町へ下りて行く。

 俺は別れの余韻に浸っていたが、商人の息子が人懐っこくこちらを見て来るので調子が狂う。

 少年の背は俺より少し小さいぐらいだろうか。こちらが話しかけて来るのを期待して待っているようだ。

 俺は何か話しかけようと話題や質問を考えていたが、待ちきれないのか少年は自分から話し始めた。


「俺はラモンっていうんです!」


 ラモンは城に居た仲間にも聞こえるのではないかと思うような大きな声で自己紹介をした。


「俺はハルタ」


「そうですか! 良い名前ですね!」

 

 勢いと雰囲気だけで言われただけな気もするが、俺は首を傾げた。

 日本人の名前に込められた意味は解るのだろうか。彼らが話しているのは日本語だが、彼らの名前は外国人のものだ。

 

「いくつなの?」


「俺は14歳ですよ!」


 俺より三歳も年下なのに俺とそこまで背が変わらない。これではあっという間に背を追い越されるはずだ。俺は勝手に一人で憂鬱になった。

 街へ着くと、商人はこの前兵士達と一緒に来た酒場に入った。

 嫌ともいえず、この前と同じように席に座る。

 ラモンの父親は店主と何か話し合っている。

 飲み物と料理が運ばれてきた時、俺が期待と不安が入り混じった表情で顔を上げた。、案の定、あの踊り子が笑顔で立っている。

 まともに目が会ってしまい、目が逸らせなくなった。完全に整った隙の無い美しさではないが、目鼻立ちがはっきりしているし愛嬌がある顔だと改めて思う。

 そして、マルコスの事を思い出して、俺は憂鬱になった。

 

「今日は兵隊さん達は一緒じゃないのね。どうしたの?」


「商人達の旅に連れて行ってもらう事になったんだ」

 

 踊り子は眉を寄せ、肩をすくめて、訳が分からないという顔をした。

 この間まで兵士だった男が商人と旅にいくとなれば、訳が分からないのが普通だろう。


「どこへ行くのよ」


「……東」


 最終目的地を知らないので俺は方角で答えた。

 ラモンが飲み物を飲み干してコップから口を離すと、話に入って来る。


「バンドブールだよ」


「えらく遠くまで行くのね! 外国じゃない」


 そう言って、踊り子は本気で驚いた声を出す。そして、手に顎を乗せ、何か楽しい想像にふけるように上を見上げた。

 俺はこの世界の地理をよく知らないが、どうやら本当に長距離な移動になるようだ。

 大きな皿に料理を載せて、ラモンの父親がテーブルについた。十分な大きさのテーブルのはずだが、彼の体がが大きすぎて、テーブルが小さく見える。


「おら! お前らも食べろ!」


 ラモンの父親は見せつける様に豪快に料理を口に運んだ。

 俺は圧倒されながら、時折踊り子の方にも目を遣った。何かおかしなスイッチが入ってしまったらしく、上の空でニヤニヤしている。

 口についた料理のソースをぬぐいながら、ラモンの父親が口を開いた。


「名前はハルタだったな! 俺はビダルだ。仕事は手伝ってくれるんだろ?」


「あ……はい。がんばります」


 大きな声と喋り方を聞いて性格もよく似た親子なのだな、と俺は思った。 

 ラモンとビダルがものすごい勢いで食べるので、机の上の料理の山はみるみるうちに崩れていく。

 体力を付けなければいけないと思い、俺も料理に手を伸ばすが、二人のペースにはとても敵わない。

 突然、踊り子が立ち上がった。


「私、その旅行ついてくわ!」


 店の女将が固まった。

 冗談で言っている口調ではなかった。

 俺とラモンの父親も固まっているが、ラモンだけは皿に頭を近づけ、料理を口に運んでいる。 

 踊り子は席に着くと、勝手に料理に手を伸ばした。


「また訳の分からない事を……お客様のご迷惑だろ!」


 女将が慣れた様子で呆れた顔をして、カウンターで頭を抱えている。

 彼女が思い付きで何かを言い始めるのはいつもの事なのかもしれない。

 

「私溜めたお金があるから、迷惑は掛けないわよ。良いでしょ商人さん?」


「ほんとに来るのか? 金の面倒は見られないぞ」


 ラモンは焦った様子で、机の上に両手の拳を置いた。 

 本人は大した力を込めたつもりは無いんだろうが、机の皿が震えるぐらいの衝撃があった。

 満足するだけ食事をしたラモンが膨らんだお腹を撫でながらぼやく。


「娼婦を連れて帰ったら、母ちゃん真っ赤になって怒るだろうなぁ」


 俺は口に含んだ飲み物を噴出する。


「クソガキ……」


 踊り子はそう言いながら、ラモンを見て笑った。   

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