夜に紛れる
俺は夜は牢で眠りながら、兵士のように生活しなければならない事になった。
次の日、練習後に食堂へ向かう時、クーロがニヤニヤしながら手招きをしてきた。
クーロは俺を少し離れた所に立たせると、突然手のひらから大きな炎を作り出した。炎はクーロの手のひらから少し浮いた所で赤や黄色にゆらめいている。
「おお! 魔法か?」
クーロが手を握りしめると炎は消え、うっすらと煙だけが残った。
きょとんとした顔でクーロがこっちを見てくる。
「混血の人間がいる事すら知らなかったのに魔法は知ってるのか?」
「おとぎ話だと思ってたけどな」
「魔法はおとぎ話か。珍しいだろうが、そこまでなのか」
既に王子には話した事だが、俺のいた国がこの世界の国では無さそうだという事をクーロに話した。
途中から一緒に聞いていたマルコスは何が何だかわからない顔をして、クーロを見た。
「ふぅむ」
こちらの話が終わると、黙って聞いていたクーロは口を閉じたまま低い声を出し、一度だけ相槌を打った。
「どの地域にもみられない服を着て、この国の事を何も知らないまま空から降って来たとなれば違う世界から来たとしか言えんか」
それから食事をしながら喋っていたが、ふと思いついた事を聞いてみる。
「俺にも魔法が使えるのか?」
「無理だ。純粋な人間に魔力は無い」
クーロは首を横に振る。
マルコスはすぐに割って入ってきた。
「精霊を連れて歩いて、魔法の代わりにこき使ってる奴はたまにいるけどな」
「精霊ってどこにいるんだよ」
「滅多に会えないぞ。だからこそ、混血がありがたがられるんだ」
次の日もまた次の日も俺がこの夢から目を覚ます事は無く、訓練の日々が続いた。
俺はぎこちないながらも必死にやっているのだが、マルコスは俺の相手をする時だけふざけて奇策を試したがるので苛々させられた。
俺が一向におかしな様子を見せなかったからか、最初は警戒していた上官や他の兵士達も気の抜けた対応をするようになっていた。
その夜、もはや形式的に牢に帰る途中、建物の中で王子の吠える声が聞こえた。今まで聞いた事がない轟くような怒りの声だ。
形式的に俺を牢まで見張りに来ていたマルコスと目を合わせる。
金属が打ち合うような音が小さな城の中庭に響き渡った。
マルコスと共に大急ぎで建物の中を駆け上がった。
黒いフード付きのマントを羽織った男が王子の肩に剣を突き立てている。
俺達が近付くと、男は剣を引き抜き、こちらを向いた。
「殿下をお守りしろ!」
マルコスが怒鳴り、俺は混乱しながら王子と男の間に立った。だが、牢に入れられる途中だったので武器を何も持っていない。
マルコスは槍を打ち込んだが、男は剣でそれをいなす。
俺が勇気を出して助けに入ろうと一方踏み出すと、男はマルコスを牽制しながら、こちらにも剣を向けて来る。
男は挟み撃ちにならないよう巧みに動き回り、俺達二人を一方向にまとめるようにしている。
「王子、何か魔法は使えないんですか!」
「無理だ! 王子は生まれつき魔力を失ってお生まれになった!」
王子は傷をかばいながら、悔しそうに唸った。
男が剣を槍で受けたマルコスを突き飛ばし、こちらに斬りかかって来る。
避けるのに精いっぱいで、攻撃に転じられない。
男はその一瞬の隙を突いて、再び王子に斬りかかる。俺は抱き着いて相手を止めた。
下の階から他の兵士達が上がって来る。
クーロが先頭に立って、男に槍を突きつけると、男も俺を力いっぱいに振りほどいた。
俺は壁に叩きつけられて、尻もちをついた。それでも何とか飛び起きて、相手の足に食らいついた。
次の瞬間、クーロが男を槍で貫いた。
「無事ですか! 殿下!」
上官が王子に駆け寄る。王子は深いため息をつきながら頷いた。