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神の名の下に

 村に入ると、傷口をあらゆる角度から息が出来ない程きつく縛られた。しばらくは上から吊られた人形のように体が動かしにくかったが、少し痛みが引いた。


「傷が浅かったのが幸いだったな」


「武器の扱いや実戦も教えねばなるまいの」


 切羽詰まっているこちらをよそにクーロと李白は好き勝手な事を言っている。

 そして、意外にも王子にはすんなり会う事が出来た。

 しかし、俺の期待していた様な再会ではなかった。俺はもっと強くなって、王子の前に立っていたかった。

 そして、王子もまた俺やクーロを見ても、大きく表情を変えず、落ち込んだ様子に見えた。王子は農民と同じ服を身にまとい、馬小屋で兵士達に守られて過ごしていた。元が大きいのもあるが、体の線も細くなったように見える。

 俺は思った以上に憔悴しきった顔を見て、声を掛ける勇気を失ってしまった。王子の黒い鬣は汚れで固まり、垂れ下がているし、目に力が無い。


「偵察と思われる部隊と交戦し、幾人か逃していしまいました。また追手がすぐ来ます……」


 王子はクーロからの報告を聞き流すように頷く。そして、俺の方を見ると、小屋の奥の方の干し草が積まれた干し草に隠れた場所へ行ってしまった。

 上官は王子の背中を見送ると、俺の方を振り向いて感動と喜びを抑え気味に顔に出した。


「戻って来い、とは言ったものの、もう会う事はないと何となく感じていたものだがなぁ。王子の為に戻って来たのか」


 俺は頭の中に妙な思い出が浮かんで上手く笑顔を返せなかった。


「はい……」


「また稽古を付けてやらねばな」


 お互い多くは言葉を交わさなかったが、久しぶりの和やかな雰囲気だ。俺は傷の痛みに耐えて、背中を起こすと、なるだけ精気があるように笑った。

 小屋の床には兵士達が雑魚寝する時に使っていた布団代わりの布が散らばっている。俺はそこに座ってしばらく休んだ。

 自分でもなぜ急にそんな事を思い出したのかは解らない。ただ、先程から頭の中に中学生の頃、携帯のSNSで嫌がらせを受けていた事が頭に浮かんで離れない。

 いじめられているというような事は無かったが、一日中送られて来る罵倒や憎しみの言葉や人伝えに聞こえて来る勝手に流された嘘の噂は、相手にしていなくても、徐々に自分の気持ちをしおれさせていった。

 そして、ひょんな事から全ての犯人が仲良くしていた友人の一人だと解った時、俺は怖くてなって、そいつを責める事すら出来なかった。

 単なる嫌がらせと暗殺だ。話を一緒にするのはおこがましいのは解っている。

 それでも、何故かその時の記憶が今王子や兵士達の気持ちと重なってしょうがなかった。

 俺は立ち上がって教官に声を掛けた。


「少し王子と話せますか?」


 教官は不思議そうな顔をしていたが、横に付き添って王子の所まで連れて行ってくれた。

 王子は小屋の隅に置かれたベッドに腰を降ろしていた。顔に暗い影を落としたまま黙っている。

 俺は数歩進んで王子の前に立った。緊張で自然と体がまっすぐ伸びて動かなくなる。


「俺が勝手に考えてる事ですけど……自分の事を憎み、不幸を強く願っている人間がいる、っていうのは単純に怖いだけじゃなく、自分が誰かの邪魔になっているようで苦しいものだと思います」


 視界の端で王子が顔を少し上げたのが見えたが、俺は相手の顔を見る事が出来ず、顎を引いて下を見た。無意味に床の端の方を見たりしながら、次の言葉を思い出そうと集中する。


「まして自分を死を願い、本気で殺そうとする者がいる怖さや苦しみは口じや言えない程だと思います。

気にする事はないなんて言えません。でも、悪意のある人間の憎しみが存在するのと同じように王子を守りたい人が沢山います。

そのどちらも本物って事は忘れないで下さい。俺は……王子に生きていて欲しいです」


 俺はおざなりなおじきをすると、逃げる様にすぐさまその場を立ち去ってしまった。励ますつもりで、とんちんかんな事を言ってはいないか、と自分で思い、顔が熱くなるのを感じた。

 上官が俺の背中を軽く叩く。上官がこちらを向いていないので顔が良く見えなかったが、俺の言った事に対して怒ってはいないようだった。

 王子達は出発の準備を始めると、俺は李白に小屋の外に呼び出され、岩の上に胡坐で座らせられた。李白が怪我の部位に手をかざすと、その部分が熱いようなかゆいような炎症を起こしているような感覚になる。その感覚が強まった所で李白は水筒に溜めていた水でわずかに怪我した部位を流した。水は包帯の上なのに一瞬で渇き、傷の部分の違和感のある張りが少し和らいだ。これも虎道の技術の一つのようだ。


「ありがとうございます」


 李白はこれで良し、というようにうなずいて、王子達のいる小屋に戻って行った。

 次の火、今までの旅で一度も経験した事が無かったが、俺達は二台の馬車を引いて出発した。


「商人の振りをしているのか」

 

 ラモンに言われて、俺は納得しかけたが、この辺りはあまり商人が通りそうな道には見えない。

 そして、俺達がしばらく道を進むと、目の前に道を塞いでいる兵士達がいた。昨日のような傭兵ではないが、身に付けている鎧は城の衛兵のものとも違う。

 

「北国の教会騎士団だ」


 御者の衣装を身にまとっていた上官が遠くを見て、馬を止めた。

 

「カルロス王子の一行とお見受けする!」


 無情にも相手はこちらの正体を知った上で待ち構えていたらしい。こちらがなまじ立ち止まった事で相手は全てを察してしまったようだ。

 いつの間にか周囲を身軽な格好で弓を構えた兵士達に囲まれている。


「何故奴らがいる!」


「弟君が国に引き入れたか……」


 兵士達が口々に混乱の怒声を発する。

 馬車の中で李白が上官寄って行き、小声で囁いた。


「死ぬ気があれば、王子は逃がせる」


 上官は話した事もない老人の突然の申し出に驚いている。そして、その背後にいる双子を見た。

 俺は補足説明に入る。

 

「相手はどれぐらいの強さなんですか? 何にしても師匠の力があれば、倒せるかもしれない」 


 上官は首を動かさずに視線だけで周囲の様子をうかがい、耳で気配を探ろうとしている。そして、李白の顔を見ると、険しい顔で首を左右に振る。 


「数だけで見てもこちらよりかなりいるぞ」


「それも勘定に入っている」 


 李白は馬車から身を乗り出した。その手には小刀の刃がきらめいている。 

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