さざめく不吉
旅の途中、野営をして、眠りに着こうという時の事だった。道にある岩を押す訓練を李白がしているのを見て、クーロは言った。
「坊主共が使う魔法に似ているな」
魔族との混血で魔法が使える事が関係しているのか、クーロには俺には見えない何かが見えているらしい。残念ながら、俺にはどこを見て、何と似ているのかは俺には良く解らない。
李白は当然といった顔で答えた。
「こちら側の教会で神の魔法として使われているのは、仙道じゃからのう」
李白は自分で言って、一人納得したような顔でうなずいている。
「仙道?」
俺はそうクーロの方を見て尋ねるが、クーロにも意味が解らないらしい。眉を曲げ、首をかしげている。
李白はよくやくそれを見て、こちらが説明を理解できていないと気付いた。説明に窮して黙ると、地面に大雑把に人の絵を描いて、それを指差す。
「精霊界の側にある自分の体を使うのが虎道ならば、精霊界全体の力の流れを利用するのが仙道じゃ。
西方の宗教では、その大きな力を人格を持った巨大な精霊のように捉えているようじゃ。そして、その力を神の力として、使っておるのじゃな」
俺は気が抜けた。そこだけ聞くと、虎道の上位互換だ。
「虎道よりすごそうじゃないですか」
「そう簡単な話ではない。仙道は仙道で使える相手と場所が限られているでの」
李白はそう言うと、訓練を終えて眠りについた。
俺はこの世界の事が解るヒントになる気がして考え込んだが、答えは出なかった。
朝になり、そこから一日足らず移動を続ける。
ふと小高い山を越えて、下りに差し掛かろうという時、先頭を行くクーロが俺達を手で制した。クーロは俺達を自分の後ろに固まらせると、自分は顔を突き出して、道の先を見守っている。
俺は藪に身を隠したまま様子をうかがう。
「クーロ?」
「武器を持った連中がいる」
俺がわずかに頭を上げた。
槍や剣を携えた連中がかなりの大人数で、細い木々の間を縫うように山道を下っている。格好も装備もバラバラで国の兵士ではなさそうだ。整えられていない髭から荒々しい印象を受ける。
「隠れてやり過ごすのか?」
「いや……あいつら殿下の命を狙っていた連中かもしれない」
進行方向の遠くには森の切れ目と小屋の角が見える。あれが王子のいる村らしい。
俺はもう一度無警戒に大股歩きをしている連中を見た。
「ほんとうか?」
「間違いない。傭兵じゃ恰好だけで同じ連中かは解らんが、殿下に差し向けられた刺客でもなければ、この辺りにいるとは考えにくい」
どれほどの時間そうしていただろうか。まだ傭兵達が見えているという事は、そこまで時間が経っていないのかもしれないが、張り詰めた空気の中でもう5分も10分もそうしているような気になって来る。日がわずかに動いて、木や葉の陰に日が隠れる。そして、辺りはわずかに暗くなった。
クーロが足音を殺しながら走り出した。俺は慌てて後に続いて、クーロに話しかけた。
「どうするつもりなんだ?」
「このまま連中を王子の下へ行かせたのでは本末転倒だ。俺がせき止める。先に村へ行って、王子を逃がしてくれ!」
俺が振り返ると、顔を上げず前も見ないで走ってきているラモンが見えた。
俺とラモンの経験の差は微々たるものだと解っていたが、それでも半年も訓練を受けてきた違いはあるはずだ。今この場ではラモンより俺がこの場にいた方が良いだろう。
「ラモンに行ってもらおう! どうすれば村で王子に会える?」
「家畜小屋のある家だ! 村にはそこしか家畜小屋はない!」
ラモンは自分の名前が出た事でわずかに顔を上げた。
俺は走りながらラモンに声を掛ける。
「ラモン!」
ラモンは皆の顔を見回して、少し迷っていたが覚悟を決めた様に列から外れて、遠回りに盗賊たちの走った方向へ向かって行った。
「師匠力貸してください!」
俺が言うより早かったのではないだろうか。師匠と双子は全速力の俺よりはるかに速く先に進み始めた。驚いたクーロも速度を上げて、敵を追う。
「止まれい!」
背後から襲いこそしなかったものの、クーロは相手が構える間もなく、素早く矛を叩きつけた。
「ん?」
敵は抵抗もせずに、その場に倒れた。気を抜き切っていたらしく、味方が一人倒されても、敵は声を上げるでもなく固まっていたが、クーロが隣にいた別の男に武器を振り下ろした瞬間、慌てて叫んだ。
「敵だあああああ!!!」
双子が猫の如く敵に飛び掛かっていく後ろを少し遅れて李白が駆けていく。俺は息を切らしながら追いつく頃には、敵の数が半分強程になっていた。
向き合う敵味方の間に俺が入れず躊躇していると、大柄な男と目が会う。男はこちらの弱気を悟ったように武器を振り上げて突っ込んで来る。
相手の動きは確かに見えている。
そして、かろうじて槍で防ごうともした。しかし、硬くなったこちらの動きを読み切るように構えの隙間から相手は得物を振り下ろした。
肩と腕の間に激痛が走り、体の力が抜ける。
「ハルタ!!!」
痛みで痺れる意識の向こうで、クーロが俺の名前を呼んでいる。
クーロは相手に脇から飛び入って、数合打ち込んだ。咄嗟に引いた相手にさらに詰め寄り押し倒すと、そのまま組み討った。
無力感と痛みがもたらす恐怖で俺は我を失いながら、残った敵に向き合った。しかし、相手の顔も良く見えない。
気付けば、残った傭兵達は俺達から背を向けて、逃げ始めている。
俺はクーロに引きずられながら、何とか村に入った。




