混じり合う
「チガウ……セカイ」
黒ライオンはこちらが言った事を繰り返しながら、犬がするように自分の口の周りを舐めた。
口元を広げて笑うような表情をすると、立ち上がってどこかへ行こうとする。
「待って! ほんとなんだ! ほんとに俺のいた世界にはこんな国無かった!」
黒ライオンは一瞬立ち止まったが、こちらを向く事なく牢から出て行ってしまった。
次の日の朝、昨日の兵士達と黒ライオンが一緒に牢に現れた。
「出ろ」
兵士達に囲まれながら、牢屋から出て行く。
外へ行くと、槍の訓練をしている兵士達がいた。
「我々と離れない事を条件にお前を牢の外に出す事が決まった。王子は、兵士として訓練にも参加せよ、とおっしゃっている」
兵士達の上司が黒ライオンの方をちらりと見た。
黒ライオンは腕を組んで、風に目を細めている。
「え? 王子?」
上官は確かに黒ライオンの方を見て、王子と言っていた。
「フェルナンド様のご子息だ。本当に知らんのか」
昨日の黒ライオンと同じく上官はこちらを疑いの目で見ている。
それにしても、話しているのは日本語なのに名前は日本語じゃないのか。ますます良く解らない。
見様見真似で槍を扱う訓練を終えた後、今度は兵士達と共に食堂へ連れてかれた。
食堂の端でパンと味の薄いスープを与えられ、一人食べる事になる。
パンをちぎって口に運んでいると、ヘラヘラと笑いながら金髪に近い薄茶の髪をした兵士が話しかけて来る。
「お前、本当に何にも知らないんだな」
調子を合わせずらいと感じながらも、返事を返す。
「ああ。あの黒いライオンの人が王子なのか?」
相手は質問をされたのが嬉しかったのか、得意げになって話し始めた。
「うちの王子は見ての通り獅子の顔をしてるからライオン様って呼ばれてる。言葉も上手く喋れないから王様の側近連中に疎まれて、この城で暮らしてんだよ。
兵士の中では軍を率いるのにふさわしい勇ましい見た目だって言う奴も多いんだけどな」
「下世話な世間話のように話すのはよせ。俺達の仕えている方だぞ」
しゃべり続ける相手の後ろから、こげ茶の髪の男が近付いてくる。
鋭い目でおしゃべりな男とこちらを見ると、おしゃべり男の隣に座った。
俺は警戒したが、もう一度目が合うとこげ茶の男は笑顔を浮かべた。
「槍の扱いは素人だったが、昨日のパンチは違ったな。何か決められた形に従って撃っていた」
率直に褒められて、少し照れる。
「昔から練習してたんだ」
「どこで習った?」
言葉に詰まったまま、相手の顔を見る。
何を伝えていいのだろう。どう伝えればいいのだろうか。
「ジムっていう訓練する場所がある」
「お前の国にはそういう訓練所があるのか」
こげ茶男が飲み物に手を伸ばす。その時わずかに見えた手元が鱗のようなものに包まれているのに気付いた。
アクセサリーか何かだろうか。
「俺の腕が気になるか?」
思わずじっと見つめていると、こげ茶男はそれに気づいて笑いながら袖をめくった。
「ま、初めて見る奴は驚くよな」
机に置かれた腕を見て、おしゃべり男がひじを突きながら、そう言った。
「俺も王子と同じで人じゃないものの血が強いからな。手元から胴体にかけてはこんな感じだぞ」
隠す様子も無く、男は誇らしげに腕を見せつける。男が腕を動かすと、鱗が微妙に色を変えながら光を反射した。
俺は息を呑んだ。
「それが普通なのか?」
「国が昔から混血の兵士を欲しがったからな。普通とまでは言わないが、混血の人間は少なくない」
食事を食べながらお互いの事を紹介しあった。
おしゃべり男の名前はマルコス、こげ茶男の名前はクーロというそうだ。
ゆっくり進めていた食事をようやく終えようかという頃、クーロがぼやいた。
「王子も可哀想なお方だ。先々代が無理に精霊や魔族の血を強くしようとしたばかりに、あのように人から離れた姿になってしまわれた」
混血が好まれる文化があったが、行き過ぎたせいで王子のような見た目に生まれてしまったという事らしい。
兵士達が兵舎に帰る時間になって俺は兵士達の後ろについて行った。
急に後ろを歩いている兵士が肩を叩いてくる。
「お前はあっち」
俺はあろう事か兵舎ではなく、再び牢に入れられた。