牙を剥く前に
聞き覚えのある獣の声に俺が振り向いたのは昼頃だった。遠くかすかだったが、確かに聞こえた。
ヤンヤンとメイヨウは何かに気付いているらしく、含み笑いをしている。
李白は楽し気にその場に立ち止まって振り返った。
「おい! やめろ! 放せってば!」
俺は愕然とした。俺達の後ろでラモンがゴンにじゃれつかれている。ラモンは俺と目が会うと、おずおずと近付いて来た。何故ゴンまでここにいるかは解らないが、大体の事は想像出来た。
「ラモン!」
俺は強い口調で声を掛けると、ラモンは泣きそうな顔をする。
「勝手について来たのか。今すぐ帰れ!」
「俺も一緒に行くよ。家に武術の先生に来てもらって色々習ったんだ」
半年前のまだ子供のような表情になって、ラモンは言った。結構本気で怒っているのだが、こちらの目を見ようとしない。
「お母さん、無茶苦茶心配してるだろ」
「皆に迷惑かけない様に頑張って、って言ってたよ」
「嘘をつけ」
ラモンは筋違いにも怒られて、不貞腐れている。
ゴンは何故か口にラモンの物らしき剣を咥えていた。相当な重さなはずだが、軽々振り回していて危ない。双子はそれを取り上げた。
「無駄じゃ。その一匹と一人は今回の旅についてくるよう定められておるわ」
双子の件と言い、どことなく無責任な老人だ。李白は髭を手で鍬ながら笑っている。
俺はため息をついて、夫人の絶望と恐怖を想像した。
「一人じゃ帰せない……今から一緒に帰ろう」
いよいよラモンが泣きだして悲しそうに地面を見ている。何故かゴンが怒りだして、俺に吠えて来る。
なんだこの状況は。俺が悪いのか。ラモンに何かあったら、俺は二度とビダルと夫人に顔を合わせられない。
「もう知らないからな.勝手について来いよ」
ラモンは、その日の夜には怒られたことなど忘れて、双子とはしゃいでいる。
宿屋の中まで付いて来たがるゴンを外に押しとどめるのが大変だった。
「ハルタ、あの町の近くです」
「ああ」
旅が続いて数日後、気付けば俺達はあの魔女の町の前まで来ている。
俺達は一つ前の町をまだ夜も明けない内から出発し、魔女の町を迂回し通り過ぎても、その次の町にたどり着けるように歩いた。
日が一番高くなる頃には、俺達は町から一本ずれた道を歩き始める事が出来た。
「あれ? ヤンヤン? メイヨウ?」
ふと、静かだな、と思って振りむくと、双子がいない。ラモンが驚いて辺りを見回している。
李白だけが顔に濃い影を落として、後ろを付いて来ている。李白が残忍な表情で笑い、白い歯を見せた。




