B-BOYってどういう意味だろう
俺は歩きながらも李白に対して食い下がった。双子達に対しても、いかに危険な場所に行くかを話して聞かせた。しかし、双子は気に留める様子が無い。
「思えば私もあの年頃には既に人を手に掛けておった」
しまいには李白までも遠い目でそんな事を言いはじめる。何て爽やかな表情だ。
懐かしむ李白の横にいるビダルとラモンが真顔でおびえている。
ヤンヤンが人懐っこくラモンの周りを駆け回り、まとわりついていくが、ラモンは引きつった体を縮こめている。
ビダルとラモンの親子と李白達は言葉を交わさぬまま旅を続けた。
やがてビダルとラモンとの故郷の街に着く。
家についてすぐ俺は辺りを見渡した。家の横に入ると、仕事をしている使用人達の中にミレディを見つける。
ミレディがこちらに気付いて、手を振って来た。髪を後ろに結んで、派手さはないが小奇麗な恰好をしている。手に持った洗濯物を置いて、隣の女性に一声かけると、ミレディが近くに来る。
「久しぶり」
声を掛けられて、俺は久しぶりにじっとミレディの目を見た。
「久しぶり」
俺は全く同じ言葉を返した。
ミレディは目を逸らしこそしないが、少しこちらの顔を見て笑った。かなりの期間を一緒に旅していたが、しばらく会わないとこんなに照れくさいものだろうか。自分が照れるのは覚悟していたが、ミレディまで照れくさそうにしているのは意外だった。
ミレディは何か思い出して、胸からペンダントを取り出して見せる。いつものミレディの涼し気な顔だ。
思い出の品を付けているミレディを見て、俺は嬉しかったが、素直にそれを表現するのも気恥ずかしく、声を抑えた。
「お、あの時の奴じゃん。やっぱ良いな」
ミレディはあの時のようにまた一秒足らず、こちらの目の奥をじっと見つめると、こちらの感情やてらいを見透かしたように、悪意のある笑みを浮かべた。
ラモンが開けた家の戸から夫人が出てきた。後ろの方から犬が太い声で吠えている。奥からものすごい勢いで白い大型犬が飛び出して、李白や双子の前でくるくると回って見せる。双子は目を輝かせて、飛び跳ねた。
「ゴン!」
俺が呼ぶと、ゴンは首をすくっと伸ばしてこちらを見た。人の間を縫うように出て来ると、立ち上がって、こちらの肩に両方の前足を置いてくる。
「うわ! これがあのゴン? でっかいな」
ゴンは湿った黒い鼻をこちらの鼻に押し付けて、舌で嘗め回して来る。
ゴンの重さと大きさに圧倒されていると、ラモンがゴンを抱きかかえて引っ張った。
「こいつ、一週間ぐらい前に見た時よりさらにでかくなってる……」
飼い主であるはずのラモンが顔を青くしながら苦笑いしている。
双子が駆け寄ってゴンに触りまくる。メイヨウは顔の当たりを撫でまわし、ヤンヤンはお腹に顔をうずめた。
ゴンは気持ちよさそうに横になって、二人に腹を見せた。二人はゴンの深い毛の中に腕を沈めて、はしゃいだ。
ミレディが双子に目線を合わせて、しゃがむ。
「この子達も東洋人? ハルタに似てはないけど、何か同じ感じがする」
「うん。夏っていう国の人達らしい」
夫人は沢山の客人を見て、また一瞬固まっていたが、快く対応してくれる。
食卓に着けば、ヤンヤンもメイヨウも李白からしつけられているのでマナーはよっぽど俺よりしっかりしているし、夫人も驚いていた。
半年前と同じように夫人は旅の話や東洋の話を聞きたがった。
「バンドブールにいる間、ハルタは武術を学んでいたんでしょう? どんな技なの?」
「ほんとはすごい効果があるらしいんですが、俺はまだせいぜい少し力が強くなっただけな気がします」
師匠である李白の前だから謙遜するわけではなく、本当の事だ。
李白は夫人に尋ねられて、夏国の王族や城の話をして聞かせる。俺も聞いた事が無い話もあった。間違えても暗殺云々なんて言い出せば、夫人は卒倒していただろうが、流石に李白もその辺は踏まえて話しているようだ。
「三本大きな川が流れていましてな、その近くは土が良く、穀物が良く取れます。食べ物の味なら西洋の国に負けませぬぞ」
夫人は興味深そうに話を聞いている。すこし、大げさで繊細な性格な人だが、ラモンの好奇心の強さや人懐っこさはこの人譲りな気がする。
次の日、ビダルから旅の資金を渡してもらった。ビダルとラモンは旅には同行できないらしい。
東洋人だけでとなると少し不安もあったが、李白は旅に慣れているようなので何とかなるだろう。
昨日の夜は何かミレディにかっこいい事でも言って、旅立とうと思っていたのだが、いざその時になると全く勇気が出なかった。
俺は自分でも何を思ったのか代わりに拳を突き出して見せる。
「俺達の世界じゃ、仲がいい友達同士が別れる時こうするんだ」
嘘です。こんなラッパーみたいな事した事ありません。
ミレディはこちらを疑うような顔をしながらも、拳を突き返した。




