旅立ち
窓の外がわずかに明るくなっても、すぐには朝が来ない。さらに明るくなる前に空はまず青みを増していく。
一番青が深くなったその時間帯の景色を俺はいつになく不気味に感じた。
俺達が暗殺者を止めた日の事を思い出す。怪我を負い、悔しさや苦しさに歪みつつ、どこか諦めの混じった王子の表情が頭に浮かぶ。王子があのときのあの顔をしたまま、どこか知らない所で死んでしまったと想像すると、胸のあたりにどす黒いものが渦巻いてくる。
外が完全に朝になると、俺は李白の家に走った。
「すいません。俺、カレオンに戻ります」
李白は落ち着いた様子で、朝食の用意をしていた。その後ろでは二階から降りてきた双子が目をこすっている。
李白は服の裾を手で払うと、椅子に座った。
「何があった?」
「友達、知り合いの命が危ないらしくって」
「病か?」
李白は陽気を取り出して、自分と俺に水を用意した。
小さく礼を言い、息を整える。
「……暗殺だそうです」
俺の口から出そうにない言葉を聞いたからか、李白は目を丸くした。こちらの顔をじっと見て、それが聞き間違いでないと解ると、大きく息を吸った。
「助けられるのか?」
首を縦に振れなかった。
「わかりません。でも、今なら助けられるかも」
「無理よ」
メイヨウが急に大きな声を出す。
「あんたが行っても何も出来ないわ」
李白はそれを肯定もしなかったが、黙って聞いていた。
半年の訓練の成果がどの程度なのか、俺自身も良く解らない。それでもそれを役に立てる今以上の機会はない確信があった。
「今のお主は素人よりは力が強いが、それだけに過ぎん。鍛錬を積んだ兵士同士ならば、力が強いのは当たり前じゃ」
話はそれきりになってしまった。
ヤンヤンが皿にパンを載せて俺の前に置いてくれた。俺は精一杯笑顔を作って、ヤンヤンを見たが、自分でも表情がこわばっているのは解る。
朝食を振る舞ってくれた李白の家を俺は逃げる様に出た。
会館に戻ると、既にビダルとラモンが起きている。二人はもう帰るつもりらしく、荷造りをしていた。
「ビダル、王子から預かってる俺がカレオンまで帰る旅費、出してもらえるかな」
「構わないが、どうするつもりだ?」
「カレオンに戻って王子を探す」
ラモンは様子を窺うように父親と俺の顔を交互に見ている。
ビダルは目を伏せて、首を小さく左右に振った。
「王子には兵士達が付いている。俺達がカレオンに行っても出来る事はない」
俺は李白と同じ事を言うビダルを前にまた何も言い返せない。返事をせずにいると、ビダルはこちらに寄って来た。
ビダルは俺の肩を掴んで揺らす。
「早まった事を考えるな。カレオンに戻れなくても、しばらくの間なら俺の家で面倒は見られる」
俺は涙こそこらえたが、自分が情けなく歯を食いしばった。駄々をこねる子供のような気持ちで屁理屈を絞り出す。
「このまま俺は元の世界に帰れないかもしれない。そうなった時、王子が死んでいたら、俺は王子や兵士の仲間も見捨てた人間になって、この世界で何の目的もなく生きていく事になる。……そうなりたくない」
ビダルは俯いている。
「家に帰って、カレオンまで行く準備をしよう」
俺達がビダルの家まで移動を始めた時、町の外の方に白い頭の人影が見た。
李白は俺達が近付くと、真正面で道を塞いだ。その後ろからヤンヤンとメイヨウが出て来る。
ビダルは驚いて身構えた。
「ワシらもカレオンへ同行する。武者修行という訳じゃ」
「え?」
李白はそれだけ言うと、俺達の前を歩いて行く。双子は小さな歩幅でその後を必死について行った。
ビダルとラモンは顔を見合わせた。ラモンが横からこちらの顔を覗いてくる
「ハルタの知り合い?」
俺は頷いて、とりあえず李白の後を追いかける。
「師匠。暗殺者と戦うかもしれない旅ですよ。本気で付いてくるんですか? しかも、双子まで連れて」
「我らの武術は虎道の中でも暗殺拳。伝統より実戦を重視してきた。二人が戦いを経験するいい機会じゃ。主はこの二人が自分より弱いと思うのか?」
全くそうは思わないが、子供が人を殺すとか殺される、というのは、やはりタブーな気がする。
李白は生気が無い声で言ってから、自分でも納得いっていない様子でため息をついた。目からは疲れの色が見て取れる。
「メイヨウがついて行くと言って聞かんのじゃ……」




