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ラモンとミレディ

「もうすぐ家だぞー」


 ある朝歩いていると、ビダルが急に言った。

 ラモンが小さく飛び跳ねてから、歩くペースを上げる。

 男二人の行商とすれ違った。大きな目と黒い肌でビダルやラモンともまた少し違う顔立ちだ。

 どさくさ紛れに一人だけ馬車の荷車に座っているミレディを見る。ここしばらく町を巡っていて気付いたが、この辺りだともうミレディ程色が白い人は珍しい。

 道の向こうにはなだらかな斜面に並ぶ家々が見えて来る。

 ビダルは町に入り、大きな屋敷の前で馬車を止めた。

 かなり坂の高い所まで来たな。そう思って振り返ると、遠くには海が見えた。岸に近い部分に掛けて、透明になっていく青が美しい。

 ビダルが荷車を外して、馬を家の真横に連れて行っていると、家の中で人が移動している音が聞こえた。

 ビダルが正面に戻ってくる前にドアが開いて、中から細身の女性が出て来る。


「おかえりなさい!」

 

 嬉しそうに声を上げた女性は、後ろに居る俺やミレディや白い犬を見て固まった。

 目元と太い眉がラモンそっくりだ。

 ラモンが女性に飛び付いてハグをする。


「いやー疲れたよ!」


 ビダルは自分の妻と目を合わせずに朗らかな声で言って、横を通り過ぎた。

 ラモンが白い犬を抱き上げる。犬はここ数日の旅の中だけでも、少し大きくなった。


「これはゴン! こっちの人は旅行客のハルタ! こっちはミレディ! 」

 

 俺は日本でするように頭を下げた。意味が通じているのかはわからないが、動物でも頭を下げるのは服従や友好を意味する事が多いはずだ。

 

「あら……まぁ……」


 夫人は中途半端な壊れた笑顔で黙ってしまった。

 様子を伺いながら、荷物を置いたビダルが戻って来る。


「前からお付き合いのあるカルオス殿下がおられたろ? ハルタはあの方からお預かりしたお客さんなんだ!」


 ビダルを見上げる夫人は口元で笑っているが、目が笑っていない。ビダルはゆっくりと視線を動かして、ちらりと一瞬だけ夫人を見た。そして、気まずそうに笑っている。 

 ミレディは俺の後ろからはみ出して、顔を出す。 


「私はハルタの友達なんです」


 ハルタの、という部分を強調されて、俺はどきりとした。

 しかし、その意図は恐らくビダルやラモンとの関係性を怪しまれないようにする夫人に対する気遣いだ。

 女性が部屋の奥けら数人こちらを覗いている。

 夫人の指示で俺達は荷物を預かってもらい、部屋に招かれた。

 ビダルが個室へ入っていくと、後に続いてゆっくり夫人が入っていく。

 しばらくすると、生気を失った顔のビダルと夫人が部屋から出てきた。

 俺とミレディは自分達の部屋を与えられ、そこに逃げ込んだ。屋敷は俺達に個室を与えても余裕がある程大きい。

 食事までの時間に暇を持て余した俺は外に出されていたゴンの様子を見に行く。

 ゴンは家の横の塀とのスペースで水を与えられていた。使用人達が歓声を上げながら、頭を撫でる。

 食事の時間、ミレディはいつもより大人しくテーブルに向かっていた。料理が運ばれて来れば、いちいち丁寧に礼を言っている。

 良く考えると、俺も食事のマナーなど誰にも習っていない。俺は何となくミレディにならって、礼を言うようにした。

 

「どうしてこの国まで来られたのですか?」


 気まずい沈黙を夫人が破った。

 俺は口ごもる事なくなれた説明を口にする。


「実は気付いたらこの国にいて、元いた国がどこにあるのか解らないんです。それで帰る方法を探しています」


「まあ、どうしてそんな事に!」


「何かの魔法だと言われますが、どんな魔法なのかわかりません。それを調べる為に旅をしてます」

 

 ビダルが咳払いする。


「それでだな。しばらく家で休んだら、ハルタをバンドブールまで送っていく事になってる」


 夫人は承知したというように頷いた。

 また沈黙が場を支配し始める。

 俺はいたたまれず目を逸らした。逸らした先で使用人と目が会うと、緊張した様子でひきつった笑いを返される。


「母さんはミレディが父さんの浮気相手だと思ってるんだ。そんな訳ないのに」


 思ったように食卓が楽しくないのが気に食わないらしく、ラモンが怒った声を出した。


「ラモン!」


 ビダルが小声でラモンを叱った。

 夫人がミレディと顔を合わせて、愛想笑いをする。ミレディのこんなに硬い笑顔は初めて見る気がした。

 

「だって……折角楽しく旅してたのに……もうすぐお別れなのに」


 家に帰って気が抜けているのか、ラモンはいつものはつらつとした丁寧な口調ではなくなっている。

 俺は何となく等身大のラモンがそこにいる事に安心した。

 夫人が息を呑んで、申し訳なさそうな気がする。愛おしそうにラモンを見つめると、申し訳なさそうに苦笑いでミレディを見た。

 ようやく砕けた雰囲気でミレディが笑った。

 


 

 


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