30歳の誕生日に童貞が魔法の授業を受けました
喜ぶ僕に女性は大きな封筒を渡して、昇降口の場所を教えてくれた。
「あなたは?組の教室へ行きなさい。そこで、全ての生徒が入学試験を終えるまで待機よ。さて、次の人いらっしゃい!」
僕の後ろから「はいっ!」と声が聞こえ、次の受験者がやってくる。
急いで机の前から離れると、僕は昇降口へ向かった。
その途中で、僕と同じように昇降口へ向かうサルビアの姿を見つけた。
「あ、サルビアも合格したんだね、おめでとう!」
「あら、ナツキさん。あなたも合格なさったんですね。おめでとうございます」
昇降口で用意してあったスリッパに履き替え、サルビアと一緒に教室を目指した。
「そういえば、サルビアは何組だったの?」
「わたくしは、?組ですわ」
「えっ、本当に!?僕もだよ!!うわ~、嬉しいな~。やっぱり知り合った人と同じ方がいいよね」
「ええ、本当に」
身体全体で喜びを表現している僕とは対照的に、サルビアは静かにゆっくりと微笑むだけだった。
「サルビアは、どこかのお嬢様か何かなの?すごく礼儀正しいというか、しっかりしているというか……」
「ああ、あなたずいぶん馴れ馴れしいと思ったら異世界の受験者でしたのね」
「へっ?」
「私は、ルン家の者ですの。大魔法使いアルカイダ=サンジェルンの遠い子孫にあたりますわ」
「アルカイダ=サンジェルンの子孫だって……?」
「そうですの、普通はわたくしに声を掛けること自体図々しいことなのですが、まぁ、ナツキだけ特別に許可いたしましょう。わたくし、お嬢様扱いされるの嫌いなんですの」
「えっ、ああ、ありがとう……」
あれ?でも、先に声をかけてきたのってサルビアだったと思うけど……。
厄介なのに関わっちゃったなーと自分の不運に呆れつつ、サルビアと会話を続けていると?組の教室が見えた。
「ああ、ここですわね」
サルビアが教室の戸を開けると、上から黒板消しが降ってきて綺麗にサルビアに乗っかった。
「にゃはははは、引っかかった!引っかかった!!」
「おい、止めろよ、ポイ!大丈夫か?淫乱ピンク」
頭に黒板消しを乗っけたまま、プルプルと怒りに震えているサルビアの後ろから教室の中を覗き見る。
すると、そこには青髪に青色の衣装を着た短髪眼鏡の女の子と床に笑い転げている黄色髪に猫耳と尻尾をつけた女の子がいた。
「あっ、あっ、あななたちはぁあああ!!!!」
「にゃは☆怒った~♪怒った~♪」
こめかみに血管を浮き上がらせたサルビアと猫娘の追いかけっこが始まる。
僕は、それを眺めながらトラップが無くなった入り口をくぐる。
教室を見渡すと、20~23人ほどの女の子が適当に席についていた。パッと見ただけだが、何故かひと癖ふた癖ありそうな風貌をしている者達ばかりだった。
「ナツキ!そちらへ行ったわ!!捕まえなさい!!」
入り口に立ってボーっと教室を見渡していた僕に突然声が掛けられた。
そちらを見ると、僕に向かって猫娘が突っ込んで来ていた。追いかけているサルビアに注意が向かっているようで、僕には気が付いていないみたいだ。
「あっ」
当然、咄嗟に対処できるわけもなく僕と猫娘はぶつかった。
「ぐぇっ!」「はにゃ!?」
がしゃ~んと派手な音を立てて付近の机と椅子を巻き込んで転がる。
「いってってて~……」
残念ながらラッキースケベな展開は起こらず、僕は痛んだ頭と腰を擦りながら立ち上がった。
ふと、猫娘の方を見ると、彼女は目をぐるぐる回しながら気を失っていた。頭の上でヒヨコが三匹ほど散歩をしているのが見える。
「ふん、わたくしを小馬鹿にした罰があたったんですわ」
腕を組みながら猫娘を見下すサルビア。
ああ、いかにもお嬢様って感じだ。
「大丈夫か、お前?」
先ほどの青髪の女の子が僕に近寄ってきて、身体についた埃を払ってくれた。
「ありがとう、えーっと君は?」
「ああ、俺はクリア=ジュルンベルン。で、そっちの猫がポイミン=ラレラルンだ」
「……ルン?」
「ああ、そっちの淫乱ピンクと同じくルン家の血筋のもんだぜ。もっとも、俺とポイはルン家でも下の下だからあいつと違ってお嬢様って事は無いけどな~」
くっくっくっと笑ってクリアは、サルビアを指差した。
サルビアのほうを見ると、倒れているポイミンの両頬を左右に伸ばして何やら怒鳴っていた。
「あんた達は、小さい頃からわたくしにちょっかいを出して!!お仕置きですわ!!」
「いひゃい!いひゃいよ!さるべひゃ、わるかっひゃにゃん!!」
にゃーにゃーとじゃれ合っているようにしか見えない二人からクリアへ視線へ移すと、彼女は呆れたように肩をすくめていた。
「まっ、つーわけ。親戚っていうにも遠いくらいの血縁関係なんだが、お互い小さい頃からの顔なじみなんだよ。で、あんたはサルの友達か?」
「ええ、そうですわ!貴方達のような下品な輩とは違うわたくしの大親友ですわ!……って、誰がサルですか!!」
僕が答えるより早くサルビアがそう答えていた。
出会って1時間ほどで大親友になれるとは、友情も安くなったものである。
「ふ~ん、まぁいいや。お前、名前は?」
先ほどのサル発言に未だキーキー文句を言っているサルビアを無視して、クリアは僕に名前を聞いてきた。
「あ、ごめんなさい。僕は、カノウ=ナツキっていいます。宜しく!」
「おお、こっちこそ宜しくたのまぁ!」
「にゃにゃ~ん、わっちも宜しくにゃん!」
二人から握手を求められて、それに応じる。
その様子を、先ほどから無視され続けているサルビアが面白くなさそうな様子で見ていた。
「おい、ポイ。さっさとお前がぶちまけた机と椅子を直せよ。俺らが座る場所だがもうそこしかないみたいだぜ」
……確かに。周りを見渡すと、僕とポイミンがぶつかって倒れた机と椅子以外の席は既に埋まってしまっていた。
「もうそろそろ試験も終わるだろ。ほら、早くしろ」
「にゃにゃ~ん、サルとクっちゃんも手伝ってにゃ~。結構、これ重いんだにゃ」
「自業自得ですわ!っていうか私をサルと呼ぶなと言ったでしょ!!」
フンっと鼻であしらい手伝わないクリアと、またポイミンに掴みかかるサルビア。
なんだか、このトリオの関係性が見えてきたような気がする。
チャイムが鳴り、先生が入ってきたのは、ポイミンが机を元の位置に戻して僕達が着席をしたのと同時だった。
「さてと、試験を合格した諸君。入学おめでとう!私が、君達の担任となるミサト=コガネイだ。宜しくぅ!」
バンッと黒板に荒々しく自分の名前を書き、自己紹介をした女性は、先ほどの僕の試験官だった。
青みのかかった黒髪をポニーテールにして、黒いスーツでビシッと決めている。
恐らく、結構な美人だと思うのだが、大きめのサングラスを掛けているため素顔は分からない。
「さて、君達は、無事この学園に入学できたわけだが、本日はその手続きに時間を使ってもらう。明日は、入学式で、本格的な授業は明後日からとなる」
先生は、カリカリと黒板にこれからの予定を話しながら記入していく。
「先ほどの封筒を開けると、中に入学書類がある。明日までにそれらを記入してHRで提出するように!以上!何か質問はあるか?」
黒板を見ると、今後の予定が全て書いてあった。
それによると、どうやら僕達生徒は、全員この学園内にある寮に住む事になるようだ。
「無いなら、もう解散でいいかな?先生、無駄な時間が嫌いなんだ」
「あ、あの、先生!」
「チッ!えっと……なんだピンクのお前」
「わたくしの名前は、サルビア=ムーガルンですわ!!おほん、少々お尋ねしたいことがあるのですが……」
「なんだ、早くしろ」
先生は、あからさまにサルビアに対してイライラし始めた。しきりに腕時計を眺め、舌打ちを繰り返している。
「黒板には、寮について、2人で一部屋と書いてありますわ。一体、誰と組めばよろしいんですの?」
「班だよ。決まっているだろ?」
「それは、どうやって決めますの?それとも、決まっているんですの?」
「今座っている場所のグループで6人班でいいだろ?ああ、お前んとこはとりあえず5人でいいわ」
興味なさそうに頭をかきながら、僕らを指先で書いた円で囲む。
僕の前の席には、クリア。
右斜め前の席には、ポイミン。
隣の席には、サルビア。
後ろの席には、誰も座っておらず、右斜め後ろの席には、小動物のような感じの幼い女の子が座っていた。
なるほど、この5人でどうやら班になったようだった。
「班の内訳は、こんな感じな。ピンクんとこは、5班ってことで」
先生が、黒板に班を書き込んでいく。
「んで、1つの班に3部屋寮の部屋が与えられる。どいつとペアになりたいかは、班の中で決めろ。他に質問あるか?」
とりあえず、今日やるべきことで分からないことは無かった。
先生は、誰も質問が無いことに満足したように頷くと、最後に一つとにやりと笑ってから口を開いた。
「この?組ってのは、変わった魔力を持つ、いわゆる【つまはじき者】の集まりだ。だが、私はそんなやつらが大好きだ!お願いだから、お前ら……私を楽しませろよ?」
先生の一言に明らかに教室がざわめきだす。
そんな生徒の様子をにやにやと嫌な笑い顔で、先生は見つめていた。
「先生、あなた少々失礼なのではありませんこと?」
「おーおー、いいね、ピンク。そういう奴ほど好きだぜ。私は、自分が楽しめる時間ほど好きなものは無い」
ギリッとサルビアが歯を噛み締める音が聞こえた。
ちょいと、ポイミンの横顔を盗み見ると彼女も先生を睨みつけていた。
「わたくし達がつまはじき者だという理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぜ!さて、ノート出せよ、お前ら!!私の授業の開始だぁああ!!」
先生は、胸元から指示棒を取り出すと、黒板に大きな文字で【魔力の説明】と書いた。
「さて、異世界からの受験者以外は知っていると思うが、魔法を使うためには魔力が必要になる。さて、魔力とはなんだ?サルビア答えてみろ」
「……魔力とは、欲求の力。人が何かをしたいと強く願う力だと聞いておりますわ」
「正解!流石は、ルン家の者だ。では、次は魔法とはなんだ?前の席の猫娘、答えてみろ」
「……その欲求の力を別の力に変換する行為を言うと聞いてるにゃ」
「まぁ、大体正解だな。分かりやすく、例にすると何かを食べたいという食欲という欲求が魔力となる。これを炎を出したいという欲求へ変換する行為が魔法ってわけだ。食欲というMPを使用して、炎系の攻撃魔法を使用するってことだ」
カリカリと黒板にチョークを滑らせて、分かりやすく図で解説してくれる。
「お前達だって、何か物を食べたいと強く思ったら行動に移るだろ?食い物を探して食べるだろ?強い欲求には抗えないからな。その欲求を別の欲求に変換させるのが魔法ってわけだ」
黒板には、食欲→ご飯を食べたい→魔法による変換→炎を出したい→炎が出ると書かれている。
「でも、先生!思っただけで、そんなこと出来るんですの?」
「だから、欲求といってるだろうが!人間は欲深い生き物なんだよ。何かを成し遂げたいという欲望があれば、どんな汚いことをしてでも、他人を蹴落としてでも叶えたいものだ。そういう力なんだよ」
なるほど、言っている意味はなんとなく判るような気がする。
餓死寸前の生物は、人や猛獣やゴキブリだとしても、それが食えるものと判断すれば死ぬ物狂いで食いにいくだろう。
それこそ、道徳や感情を捨てて生きる為に。そういうエネルギーのことを言っているのだろう。
「そして、この学園に来る少女達は、ほとんどが【養護欲】。つまり、他人を守り、助ける欲求の魔力を持ってきている。そういう奴らは、この?組に入れない」
くっくっくと心の底から楽しそうに先生が笑う。
そういうことかと僕は理解した。
「つまり君らは、それ以外の汚い欲求にまみれた生徒達というわけだ。理解したかね?諸君」
「先ほどの水晶玉の光の色で判断していたのですね?」
「そう、正解。君は賢いね」
やっぱりか……。昇降口に向かう途中、試験の様子を眺めていたがほとんどの水晶玉が紫の色を発していた。きっと、あの色が養護の魔力なのだろう。
「ちなみに、サルビア。君の水晶の色はなんだったんだい?」
「え、あの……ピンク色でしたが」
「ピンクは、性欲だよ。お嬢様は、欲求不満なのかな?」
「なっ!?」
サルビアは、顔まで真っ赤にして下を向いてしまった。
教室のあちこちから失笑が漏れている。
さっきまで、不機嫌な顔をしていたであろう前の席の二人なんかは、机に突っ伏して必死で笑いをこらえている。
ああ、本当にこのトリオいい性格をしてるわ。
「さて、本来なら明後日に教わる基礎知識だったんだが、良い時間をすごしたね。これで、授業時間が浮いた」
先生は、再度時計を見た後に、質問が無いことを確認すると教室から出て行った。