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30歳の童貞魔法少女  作者: 青依 瑞雨
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30歳の誕生日に童貞が魔法使いになりました


「はっぴ~ば~すでい~とぅ~みぃ~♪ はっぴ~ば~すでい~とぅ~みぃ~♪」

 小さなアパートの三畳一間の部屋の中で、僕はロウソクを立てたケーキに向かって歌を唄っていた。

 歌に合わせるようにロウソクの炎が静かに揺れる。

「はっぴ~ば~すでい~でぃあ、なぁ~つきぃ~♪」

 死んだ魚のような目をして何も考えずに自分への誕生日ソングをただただ歌う。

「はっぴ~ば~すでい~とぅ~みぃ~♪」

 歌を唄い終え、僕は思いっきり息を吸い込むとロウソクに向けて息を吹きかけた。

 しかし、残念ながら一息でロウソクの炎を全て吹き消すことは、出来なかった。

「ははぁ……。さすがに、この量の火を一息で消すのはきついか……」

 見ると、まだ全体の3分の一ほどのロウソクの炎が揺らめいていた。

 僕が無言で残りの炎を全て吹き消すと、光源を失った部屋は暗闇に包まれた。

 部屋に一つしかない電球のひもをひっぱり、明かりをつけると、大量のロウソクが突き刺さっている三角形に切られたケーキが目に入った。

 そのロウソクの数は、30本。それは、僕が本日をもって30歳になったことを示していた。

「さてと……今日から魔法使いかぁ~……」

 がっくりと肩を落としながら、大半をロウで塗り固められてしまったケーキを見つめた。

 壁のカレンダーに目を向けると、本日は間違いなく12月24日。僕の誕生日だった。

 有名な都市伝説にこういうものがある。

『童貞のまま30歳を迎えると魔法使いになる』

 誰が言い出したのか知らないけど、間違いなく僕は童貞で30歳になってしまったのだ。

「神様は、残酷だ……」

 ポツリと独り言を呟き、いつも髪をセットしている鏡を覗き込む。

 そこには、童顔でチビのパッとしない小僧が映っていた。

 そう、この鏡に映っている小僧こそ、わたくし『(かのう) 夏樹(なつき)』30歳童貞♂である。

 昔から童顔で実年齢より遥かに幼く見える僕は、女性から子共、良くても弟以外の扱いを受けたことがなかった。

 そんな僕だから、当然彼女なんて出来るはずもなく、何もしないまま遂に30歳を迎えてしまったのだった。

 せめて、身長がもう少し高かったら、もう少しダンディだったら……。

 そう願ったが、結局見た目は何も変わらずに成長してしまった。

 しかし、未だに小学生に間違われるのは、どうしたものか……?

「はぁ……」

 大きなため息を吐いて、小包を手に取る。

 ビリビリと雑に包み紙を破くと、中から大きな本が姿を現した。

「へぇ~……思っていたより本格的じゃん!」

 その本は、かなり色褪せており、表紙の装飾や革の状態からも豪華ながらも非常に古びたものであることが見てとれた。

「これは……本物かもしれないな」

 僕は、本の表紙をめくりながら、2週間前の出来事を思い出していた。


「悪い、やっぱりクリスマスは、恋人と過ごさなくちゃマズイみたいだ」

 僕の目の前で、会社の同期で親友でもある『柏原(かしわばら) 智樹(ともき)』は、両手を合わせて頭を下げていた。

「いいよ、普通は友人よりも恋人を取るもん。気にしてないよ」

 3ヶ月ほど前、僕の誕生日を毎年必ず祝ってくれていた親友に彼女が出来た。

 その時から覚悟はしていたが、どうやら今年は本当に一人きりで誕生日を過ごさなくてはいけないようだ。

「すまん、これは早いけど誕生日プレゼントだ」

 そう言って、智樹は申し訳なさそうに、僕の机の上に青い包装紙で彩られた箱を置いた。

「ふぅ……」

 僕は、小さくため息を吐くとそれをカバンの中に突っ込んだ。

「ありがとう、こっちはこっちで楽しくやるから、智樹も頑張れよ!」

「おう! なんとか聖なる夜を性なる夜に変えて脱童貞してやるぜ!」

 僕の親友は、2つの意味でとてもやる気だった。

 二人で顔を見合わせて、親指をぐっと立ててから笑いあう。

 夕方、会社のオフィスで親友と馬鹿だけどとても楽しい時間を過ごしました。


 家に帰って智樹がくれたプレゼントを開けてみると、そこにはオンラインマネー5万円分のカードが入っていた。

「うわ……、あいつ奮発したなぁ……」

 毎年、当たり前のように集まって『彼女なんているかー!』『独身最高!』と二人で大騒ぎしていたことを思い出す。

「あいつなりに、申し訳なく思っているんだなぁ……」

 いつもは、ネタに走ったものが多く、こんなに高額なものではない。

 きっと、僕に気を使って、こんなに高額なものをくれたんだろう。

「でも、本当にタイミングが悪い……」

 僕は、オンラインマネーを大好きなオンラインゲームにつぎ込むために購入している。

 【魔法少女が世界を救う理由】というタイトルの剣と魔法の世界が舞台のやつだ。

 きっと、智樹もそれを知っているからこそ、これをプレゼントしてくれたんだろう。

 ただ、昨日……本当に信じられない出来事があった……。

 なんと、僕のデータがアカウントハックの被害に遭って10年かけて育ててきたキャラとアイテムを全て取られてしまったのだ!

 現在は、運営会社に連絡して、その対応待ちである。

 検索をかけて同じように被害に遭った人を調べてみたら、調査をした後に元の状態に戻してもらうまで早くても3~4ヶ月ほどかかるようだ。

 パソコンを起動させて、デスクトップに出しているゲームのショートカットアイコンを見てため息をつく。

「しばらくは、お休みだなぁ……」

 オンラインマネーカードを見て、智樹との楽しかった誕生日の出来事を思い出す。

「……ふふっ、よし! 決めた!!」

 僕は、このタイミングでのアカウントハックや智樹からのプレゼントに運命を感じた。

 今までも誕生日は、2人で馬鹿をやって過ごしたんだ。

「だったら、今回も2人で馬鹿をやらないと損でしょ!」

 僕は、この5万円分のオンラインマネーをなんかのネタに使用することに決めた。

 さっそく、何かネタはないかと『30歳 誕生日』で検索をかける。

 そこで僕は、例の都市伝説のうわさを発見することになる。

 その都市伝説を面白いと感じた僕は、魔法使いになったら必要になるであろうものを検索して買い漁ることにした。

 大きなつばの円錐型の帽子、玩具の魔法のステッキ、箒、衣装など、いっそ笑えるように魔法少女もので一式を揃えていった。

 30歳のおっさんが誕生日に初めての女装をする!うん、なかなか痛々しくて面白そうだ。

 最高に悪ふざけをしてやろうと調子に乗って、他に何か面白い魔法グッズはないかと探していると、それはあった。

 見つけたのは、ネットオークションのサイト。

「何々? 本物の魔道書ぉお~!?」

 本物の魔道書[現品限り]という題名の商品には、入札が一件も入っていなかった。

 それもそのはず、3万7千円とふざけた価格からスタートしていて、出品物の写真からも薄汚れた汚らしい本にしか見えなかった。

 だけど、その時の僕はとにかく馬鹿な行為をしたかった。

 30歳という節目を迎える誕生日に、こんな馬鹿な行為をお前からもらったオンラインマネーでやったんだぜと、後日にでも親友と一緒に大笑いしたかった。

 ちょうど、残っているオンラインマネーも3万7千円だった。

「うわ~……ばっかでぇ~!」

 僕は、ニヤニヤしながらマウスをクリックしていた。


 そして、誕生日を迎える前に届いていた商品を、今こうして開けているのである。

「うっへー、衣装はさすがに入りそうもないなー。身長は、ぴったりだけど女性ものだから肩幅と腰の部分が……」

 魔道書、帽子、衣装、ステッキ、箒と一通り商品を開けていき、最後にもう一度、本を手に取った。

 豪華な装飾による厳かな雰囲気と古書独特の据えた臭い、重量感がずしりと手に心地よい感触を与えてくれる。

「ははっ、本物の魔道書とは言ったもんだな~。たしかにミステリアスな雰囲気出てるよ~」

 僕は、わざとらしく一回咳払いをして、本を広げる。

「黒よ! 今こそ空間を開き、二次元との間を繋げたまえ!」

 脳内に浮かんだ中二病全開の呪文詠唱を魔法使いっぽく述べてみた。

 当然、何も起こらず、一人で笑って終わる………………はずだった。

「へっ?」

 何もない空間が、まるで卵の殻のようにゆっくりとひび割れていく。

 ポロポロと空間が崩れ、その向こう側には見たことのない真っ赤な世界が広がっていた。

 あっ、これはマズイ! と直感的に思った、その時!

「っ!!」

 真っ赤な世界から、その世界と同じ真っ赤な姿をした女性が飛び出してきた。

「黒よ! 断絶し修復せよ! 世と世の関わりを完全に絶て!」

 飛び出してきた格好のまま、女性は右手を向こうの世界との出入り口へ突き出してそう唱えた。

 その瞬間、全てを飲み込むように広がり続けていた空間の崩壊は止まり、一呼吸置いた後に一気に出入り口は閉じて全てが元に戻っていた。

「…………」

 思考が止まるとは、こういう状態を言うんだろうな。

 目の前で起こった出来事を見ていたというのに、僕には何が起こっているのかまったく説明できなかった。

 夢や妄想や幻覚の類の可能性が一番高いのだけど、目の前には、あの世界からやってきた髪も目も衣装さえ真っ赤なものすごい美人の女性が佇んでいる。

 それだけで、今までの出来事が幻覚などではなく、実際に起こったことなのだと証明できてしまっていた。

「……お前、誰だ?」

 女性は、未だに頭の整理ができていない僕に目を向けると腕を組み仁王立ちのまま、そんなことを聞いてきた。

「あぁ……ぁの、叶 夏樹って言います」

「ナツキ? ああ、名前か? 私が聞いたのは、そういう事じゃなかったんだが……」

 女性は、何かを考え込むように、頭をポリポリとかいた後に、ふわぁ~っと大きな欠伸をした。

「まぁ、いい。助かったのは、事実だ。ナツキとか言ったな?どうもありがとう」

「ぇ? あ……あぁ、いえいえ、どういたしまして……」

 何がなんだがさっぱりであるが、突然お礼を言われてしまった。それに対し、慌てて頭を下げる。

 だんだん状況の整理がついて、冷静になってきた僕は、今一番気になっている質問を恐る恐る彼女に尋ねてみることにした。

「あの~、お姉さん。お聞きしたいことがあるのですが……」

「なんだ?」

「お姉さんは、誰なんですか?」

「私か? 私は、ヴェル=ヴァーサルンだ。ヴェルと呼んでくれて構わない」

 ヴェルと自己紹介した女性が、よろしくと右手を出してきたので、僕も慌てて右手を差し出し握手を交わす。

 握手を交わしながらも、次々と疑問が湧き上がる。

「いや、そのお姉さん?」

「ヴェルだ」

「ぇっと、じゃあ……ヴェル?」

「なんだ、ナツキ?」

「ヴェルは……何者なんですか?」

 僕の質問にキョトンとするヴェル。そんな彼女の頭の両側からは、羊のような角が飛び出している。

 背中からはコウモリのような翼が生えており、お尻からは、トランプのスペードのような先端をしている尻尾がくねくねと蠢いていた。

 二次元では、オーソドックスな赤色の髪の毛や瞳も、リアルの世界では滅多に見れるものではない。

 ヴェルは、僕の視線の先が翼や角などに集中しているのに気がつくと、ちょっとだけ悲しそうな表情をした後に自嘲気味に笑った。

「ああ……。私はね。……悪魔だよ。驚かせちゃったかな?」

「まぁ、驚きはしましたが……」

 改めてヴェルを見る。

 腰まで届く長く美しい髪の毛、ボンキュボンなスタイルの素晴らしい体、ボンテージのような非常に扇情的な格好。

「悪魔って事が霞むくらい素晴らしく美しいですね……」

 残念ながら、恐怖とか驚きなんかは30歳童貞にとって二の次である。

 美しい女性が非常にエロイ格好で部屋に立っている。それだけで、なんか全て許せてしまっていた。

「はっ!? ばっ!! なななっ、何おかしなこと言ってるんだ!!」

 見るからにイケイケの格好やスタイルをしていたヴェルだったけど、僕の一言で顔を真っ赤にして慌てだした。

 あさっての方向を見て、髪を指でくりくりといじりだす。

 悪魔も見かけによらないものである。

 てっきり、当たり前だ! くらいの事を言ってくるとばかり思っていたのに……。

「くっくっく」

「なっ! 何が可笑しい!!」

 不覚にもあまりの可愛らしさに笑みがこぼれてしまった。

 そんな僕を見て、ヴェルは頭から湯気が出るんじゃないかと思うくらい真っ赤な顔でこちらを睨んだ。

「いやいや、ごめん!ごめん! あまりにも可愛らしかったから……ぷっくく……」

「誰がよ! ふんだ! 可愛らしいって言うのならそっちだって、よっぽど可愛らしいじゃない!」

 きっとヴェルは、照れ隠しのつもりだったんだろう。そっぽを向きながら、未だに真っ赤になっている。

 だけど、それは僕にとって『言ってほしくない言葉』ベスト3位以内に確実にランクインするであろう禁句だった。

 さっきまで盛り上がっていた気持ちが一気に冷めていく。

 無意識のうちに僕は、部屋の隅のほうで壁を見ながら静かに落ち込んでいた。

「あ……れ? ナツキ??」

 後ろから戸惑いの声が聞こえる。

「ど~しちゃったのかな? なんか私マズイ事言っちゃったかな?」

 声の感じから焦っているのが分かった。

 でも、僕は無言のまま部屋の壁を見つめる。

「ちょっと、ちょっと! ナツキ、元気出してよ。何か悪いこと言っちゃったんなら謝るからさ~」

 ヴェルが僕の両肩に手を置いて、ゆっさっゆっさと揺さぶってきた。

「…………30歳過ぎのおっさんに可愛いって言葉は無いんじゃないかな~?」

「は? 誰が??」

「いや、僕だよ」

「ナツキが? 30歳のおっさん?」

「イエース……」

「…………」

 しばらく無言の空気が流れ、そして……。

「ぷっ!」

 弾けた。

「あはははははははは!!!何?あなた、そのナリで30歳のおじさんなの?てっきり高校生くらいだと思っ…………あ」

 ますます落ち込んでいく僕を見て、ヴェルは慌てて笑いを飲み込んだ。

 ニヤニヤという笑い顔を噛み締めて、わざとらしく一回咳ばらいをすると、優しく僕の肩に手を置いた。

「まぁ、老けているよりかはいいじゃない!人生前向きに考えなきゃ損だわよ?」

 出た!気にしている人にとって何にもならない慰め方だ!

「……ウン、ソウダネ。キニシナイヨウイニスルヨ」

 しかし、これでも慰めには変わりない。人の好意を無碍にして怒ったり、落ち込んだりするのは大人の対応じゃない。

 30年間生きてきて、学んだこと。それは、【見た目は幼くとも精神は大人であれ】だ。

 僕は、落ち込むのを止めて、ヴェルのほうへ向き直ると、ヴェルは満足そうにニカリと笑みを浮かべた。

「うんうん、それがいいよ。それにしても、あなた面白いわ~。初めは、空間に穴を開けるくらいの魔法使いだと思ったから警戒しちゃったけど……そうじゃないみたいね」

 そういえば、さっきまで他人行儀というか妙に大人ぶった話し方だったヴェルの話し方が大分くだけている。

 恐らく、こちらの話し方が素なのだろう。

「ふ~ん、魔力はありそうだけど……。知識はなさそうねぇ~」

 ヴェルは、顎に指を当てると、僕を値踏みするかのようにじろじろとゆっくりと眺め始めた。

 女性にこんな近くで見られる経験が今までなかったもので、自然と顔が赤くなってしまう。

「あの~……すみません。見られるのは全然構わないのですが、そろそろ状況の説明をお願いできませんか?」

 僕や部屋をジロジロと観察し続けるヴェルに、未だ置いてきぼりをくっている事を告げる。

 まったく今の状況が分からない。

「ああ、そうね。私は、ある魔法使いとの勝負に負けてあの空間に閉じ込められていたのよ」

 部屋に置いてあるインテリアを興味なさげにいじくりながら、ヴェルはそう話を始めた。

「実に120年間ほどあの異空間を当ても無く彷徨っていたわ。私の力では、空間を繋ぐ事が出来なかったから、ただただ機会をうかがって魔力を蓄えていたの。そして今日、偶然にもここと空間が繋がった」

「えっ?何故ですか?」

「恐らくは、ナツキのおかげでしょうね。空間が繋がった時に何か変わったことをしなかった?」

「変わったこと……そういえば、魔道書を手に取ってくだらない事を言ったような」

 ちらりと魔道書を見ると、それに気がついたヴェルが魔道書を拾い上げた。

「サンジェルンの魔道書!?……なるほど、それならば納得といったところかしら」

 はぁ~っと大きなため息を吐き、ヴェルは中身を確認するようにパラパラと魔道書を捲り始めた。

「ヴェルゥ~、一人で納得してないでしっかり説明してよ~」

 こちらだけが敬語を使っているのも馬鹿らしかったので、タメ口で話しかける。

「ああ、ごめんなさい。この本なんだけど、かなり上物の魔道書よ。これを持っているだけで魔力がある人だったら魔法を使えてしまうぐらいの」

「へっ?どういうこと?」

「分かりやすく説明すると、自動魔法作動装置ってとこかしら?魔力を持った人がこの本を手に取りやりたい事を考える。すると、そのやりたい事に必要な詠唱呪文や仕草が頭に浮かぶ。後は、それに従って行為を行えば、魔道書が勝手に使用者の魔力を使って魔法を発動させてくれるわ」

「ああ……そういう……」

 なるほど。あの時に僕が思ったのは、二次元の世界と世界が繋がらないかな~?だった。

 偶然にも本物の魔道書を手に入れてしまった僕は、また偶然に魔法を発動させて、異世界へと空間を繋げてしまって、結果ヴェルを助ける手助けになったんだ。

「どこで、これを手に入れたのか知らないけど、これは早めに処分してしまった方がいいわ。あまり良い物ではないから」

 ヴェルは、僕の方へ魔道書を放り投げるとふぅ~っと大きく息を吐いてその場へ座り込んだ。

 放り投げられた魔道書を慌ててキャッチする。

「流石に疲れたわ……。空間を繋ぐ事より遥かに楽とはいえ、閉じるのにもこんなに魔力を使うとは……」

 体育座りのまま、ヴェルが膝に顔を埋める。

「しばらくは、まともな魔法は使えないわね……。ナツキ、しばらく休ませてもらっても良いかしら?」

「えっ?あっ、ああ、別に構わないよ。良かったら横になる?お客様用のお布団出すけど……」

「ありがたいけど、魔力を使いすぎたからちっとも眠くないのよね……」

「?」

 ヴェルがなんだかおかしなことを言う。普通、疲れてるときには眠くなるものだと思うけど……。

「悪いけど、シャワーを貸してもらえるかしら?120年ぶりに身体を洗いたいわ」

「うわ……えんがちょ!」

 僕が悪ふざけ気味に、指でバリアを張る仕草をしながらバスタオルを渡すと、ヴェルはキッとこちらを睨みつけた。

「言っておくけどね、あの空間では老いるという概念が無かったから汚くは無いんだからね!」

「まぁ、それは分かるよ。ヴェルは、良いにおいするからね~」

「なっ!!」

 先ほどと同じように、顔を真っ赤にしてお風呂へ行ってしまった。

 どうやら、ヴェルは褒められることに慣れていないようだった。

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