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猫は笑う  作者: まのの
5/6

魔王は夢を見る

 俺の名前を呼ぶ田中の声に心臓がドクンと跳ねた。


 これは……夢、か? 幻なのか? 勇者が見せる幻覚とか?


 俺は田中に近づくとそっと頬に手を寄せた。一瞬びくりと肩を揺らす田中が可愛い。

 触れた頬から熱が伝わる。


 なんて幸せな夢なんだろうか。この際幻覚でもなんでもいい。やっと、やっと会えたんだ。

 戸惑う田中に心の中で詫びてから腕の中に閉じ込めた。ぎゅっと抱きしめるといい匂いがした。


「え、あの、本間君? だよね? どどどどうし」

「田中……」


 自分でも気色悪いほどの甘い声が出た。田中はカチンコチンに固まると壊れた機械みたいに「ワババババ」と言いだした。ヤバイ。これ以上続けたら田中故障する。

 夢でも故障とかあるのか? と思いながら妙にリアルな夢だなと思わず笑った。


 腕の中で何やらハッとした田中が「もしかしてからかってる!?」と暴れ出した。

 そろそろ解放してあげないと、と腕を離そうとしたところへ暴れた田中のグーパンが飛んできて見事顔面ヒット。


 痛い!


 ん? 痛い? これ夢じゃないのか?



「うわっ! ごめん本間君つい! 大丈夫!? ……じゃ、ないよね?」


 顔を押さえていた手を離すと申し訳なさそうにこちらを覗き込む田中と目が合った。


「鼻血でてるじゃん! ほんとごめん! えっと、拭くもの拭くもの~! どこだっけ!?」


 田中は一人ワタワタとしてようやくハンカチサイズの布を見つけると「とりあえずこれ当てといて!」と俺の鼻に押し付けた。


「鼻血ってどうするんだっけ? 確か上を向かずに、横になってー……鼻の付け根押すんだっけ?」


 うーん、うーんと悩んでいる田中の姿を見ているとぽろりと涙がこぼれた。



 あぁ、本物だ。本物の田中真妃だ。五年間ずっと会いたかった女の子だ。



 彼女は五年経っても容姿が全く変わっていない。俺の事も忘れていない。本人が気づいてない優しさも以前のそのままだ。

 俺が流した涙を心配して「もう拭く布がない……!」とブツブツ言いながら「ごめんね」と服の袖で優しく拭ってくれる彼女が愛おしくてたまらない。


 何せ五年越しだ。五年ぶりの彼女なんだ。あわよくばもう一回腕の中に閉じ込めたい。


 本気で心配してくれる彼女に対して下心を抱く悪い魔王でごめん。俺自分で思ってたより悪い奴かもしれない。

 彼女が気づいていないのをいいことにそっと腕をひろげると「調子に乗んなよ」とドスの効いた声が下から響いた。


 びくりとして中途半端な位置で手が止まる。


 視線を下に向けると一匹の猫が仁王立ちで睨んできた。ただの猫ではない。ありえないほどのプレッシャーが圧となって俺を襲う。

 思わず一歩後退すると猫が「チッ」と舌打ちした。なにこの猫怖い。



「ちょっとこげ太! 舌打ちしちゃダメでしょ!」

「調子に乗ろうとしたコイツが悪い」

「コイツって……。本間君ね! あ、今は魔王だっけ? ていうかなんで魔王? 本間君本当に魔王なの?」

「俺は気が付いたらこの世界で魔王になってた。……田中は勇者なのか?」

「私も気が付いたら勇者になってた。納得がいかない。本間君倒すとか無理に決まってるじゃん」

「俺も田中倒すの無理」



 田中は「だよねー」と笑って「うわ、魔王ってすごいね。もう鼻血止まってるよ」と変なところで感心していた。

 俺は布で綺麗に鼻血を拭いて体裁を整える。勇者と魔王が争う気がないんだからここはもう平和的解決しかないだろう。



「田中」

「何?」

「俺は勇者と争う気はない。田中もだろ?」

「うん」

「だから、その、平和的解決として……」

「ん?」

「俺と、け、けっ、けっこ」

「結構仲良くしてくれって。真妃良かったな」



 一番大事なところを噛みまくってたら足元の猫に遮られた。コイツ! と思って睨むと十倍にして睨み返された。怖い。絶対この猫様普通じゃない。

 田中は「う、ん? じゃあこれで解決だね」と頷いている。

 どさくさに紛れてプロポーズなんてしようとした俺が間違っていたのかな。猫様が下からかなり圧力をかけてくるので背中の冷や汗が止まらない。


 いきなりプロポーズしようとしてすいませんでした! でも田中の事は絶対諦めないのでそれだけはお許しください!


 俺の言いたいことが伝わったのか猫様は「チッ」ともう一度舌打ちをしてから「それだけは許してやるが、まだ嫁にはやらん」と睨んできた。田中は「こげ太、何訳わかんないこと言ってんの?」と首をかしげている。

 とりあえず田中への想いは許しを得られたので俺はほっと息を吐いた。大丈夫。俺は気が長い方だから、諦めずにアタックし続ける。そしていつか田中に振り向いて貰う。


 五年経っても色あせなかった想いは重い。

 田中の顔をみた瞬間に「やっぱり好きだ」と再確認してしまうくらい重症だ。


 俺の名前を認めてくれて

 王子ではない俺の容姿を笑わずに

 魔王である今も態度を変えることなく

 俺のすべてをありのままに受け入れてくれる田中がどうしようもなく好きだ。


 田中が俺の事を好きになるまで、覚悟しとけよ。


 心の中でそう言って田中の頭を優しく撫でた。

 不意打ちを食らった田中はまたもやカチンと固まって、隣に居た猫様は俺の足を勢いよく踏みつけた。い、痛いです。なぜ猫なのに猫様の足は痛いんですか。ふにふにの肉球はどこへいったのですか。


 猫様はぐりぐりと俺の足を踏みながら「これでめでたしめでたし、だな。二人を連れて帰るぞ」とずっと後ろで控えていた従者に声をかけた。黒いフードを着た男は俺をここに召喚し、魔王にした奴だ。とても優秀な部下で、正直俺なんかより魔王向いてると思う。


 男はかしずいたまま「この度のご配慮、感謝申し上げます。クロリア様」と猫様に声をかける。

 クロリア様? 

 この言葉に固まっていた田中は動きだし、「くろりあって誰? こげ太の本名?」としゃがみ込んで猫様に聞いていた。


 猫様は「俺の名前はこげ太だ。不本意だが、真妃がつけた名前だからな」と言って田中の視線を外す様にそっぽを向いた。

 その様子を見た田中が「こげ太のツンデレ超可愛い!」とぎゅうぎゅう抱きしめている。羨ましい。

 俺の視線に気づいた猫様がドヤ顔してくる。ここはハンカチを咥えてキーッと悔しがるべきだろうか。



「ねぇ、こげ太。さっきの会話で思ったんだけど、私達って家に帰れるの?」

「田中……言いにくいけど、俺はこの世界で五年間どうやったら帰れるのかをずっと探してきたが見つからなかった……」

「そんな……。て、五年!?」

「あぁ、見た目は変わってないけど俺はもう二十一だ」

「えぇ!?」

「こっちの世界の一年があっちの世界の一日だからな。そんなもんだろ」

「どういうこと!? こげ太、私にもわかるように説明して!」

「無理だ」

「即答!?」

「いくら説明しても真妃の頭で理解できるとは思えないからな」

「辛辣!」



 田中は猫様の両肩を掴んで揺さぶっているが、猫様は気にした様子もなく「まぁ、なんにせよ俺がいれば元の世界に帰れる。もう用事は済んだからさっさと帰るぞ。帰って俺は昼寝がしたい」と欠伸をしていた。

 そして従者へと視線を向けると「後はお前が何とかしろよ。魔王」とニヤリと笑った。


 魔王!?


 今まで優秀な部下だと思っていた男が本当の魔王!? 展開が早くて俺ついていけないんだけど!

 男は「クロリア様の思惑通りに事が進みましたので私も心置きなく動くことができます。心より感謝申し上げます」と答える。

 その様子を見て田中は「展開が早くてついていけないんだけど……」と呟いていた。激しく同感。



 そうして俺達は訳が分からないうちに元の世界へと帰ってきた。

 


 こっちで五日間行方不明になっていることには驚いた。俺的には五年だけどな。

 五年ぶりの我が家が嬉しくて、家族に抱き着いて「ただいま」と伝えた。心配かけてごめん。涙を流しながら俺を迎え入れてくれた家族の姿に、俺も涙が出た。その後死ぬほど説教されたけど、それくらい心配かけてそれくらい愛されているという事がわかった。

 これからは親孝行していこう。あっちの世界の五年間は俺を成長させてくれた。辛いことも沢山あったけど、無駄なことは一つもなかったし、今の俺には有意義な時間だったと思える。



 今度はこっちの世界でやれることを頑張ろう。


 まずは田中をデートに誘う事からだな。


 明日からの夏休み、田中とどこに行こうかを妄想しながら目を閉じた。眠気は優しく降りてきてやがて夢の世界へと連れて行く。

 魔王な俺と勇者な田中が結婚する夢を見た。

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