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猫は笑う  作者: まのの
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勇者は戸惑う

 ……おい、起きろ。ったく、いつまで寝てるんだ。


 そんなことを言いながら誰かが私の体を揺すっている。私は目を閉じたままぼんやりと「あと五分……」とムニャムニャ返した。

 だってまだ眠いし。瞼開かない。


「お前そう言っていつも十五分は起きねぇじゃねーか。いいからさっさと起きろ。……真妃!」


 うーん……うるさいなぁ、お母さん? の声じゃないし、お父さん? より若いし、お兄ちゃん? ってこんないい声だったっけ?


 私は目を閉じたままぐーっと身体を伸ばして重たい瞼をゆっくり開けた。まだぼんやりする視界にドアップのこげ太が映る。

 なーんだこげ太か。って、こげ太!? さっきの声こげ太なの!?


「やっと起きたか。真妃はいつも起きるのに時間かかりすぎる」

「ごめんなさい?」

「まぁ、いい。それよりさっさと立て。移動するぞ」

「あっ、ちょっ、待ってってば! ていうかなんでこげ太喋ってるの!? ここどこ!? そしてまさかの二足歩行!?」

「うるせー。いっぺんに聞くな。追って説明する。とにかく今は付いて来い」

「う、うん」


 俺様な態度で先を歩くこげ太はよろけることなく確かな足取りで二足歩行だった。……マジか。

 私が居たのは天蓋付きのベッドで、まるで物語のお姫様が暮らしていそうな豪華な部屋だ。こげ太を追いかけて部屋を出ると廊下も豪華で先が見えないほど長く続いている。


 マジでここどこですか。

 お城? お城なの? 誰の? こげ太の? ていうかなんで私ここに居るの? さっき学校から帰ってきたような気がするんだけど……。


 何がなんだか訳がわからない。さっさと前を行くこげ太にひょこひょこと付いて行くことしかできなかった。

 廊下にある大きな窓からは外の景色が見える。青空の元に広がるのは広大で美しい庭とその先に小さく見える街並み。私の視力はかなりいい方だけど、悪くなったのかもしれない。だってありえないくらい日本離れした街並みが見える。どう考えてもここは日本じゃない。 

 ……ヨーロッパとか? よくわからないけど、とにかく海外だ。……私いつの間に飛行機で運ばれたんだろう。


 ぐるぐると思考を巡らせながら歩いていると「ここだ」とこげ太が落ち着いた声で言った。

 今更だけど、こげ太が日本語喋ってることに驚きすぎて私のリアクションが薄かったような気がする。もう一度聞こう。


「なんでこげ太しゃべってるの!?」


「俺だ」


 少し低めのナイスミドルボイスで扉に向かって声をかけるこげ太。イケニャンです。ていうか私の言葉は無視ですか。そうですか。

 廊下の突き当たりにあるいかにも一番偉い人がいますよって感じの大きな扉の前でこげ太がそう言うと「お入りください」と扉はゆっくり開いた。中には王様っぽい人と家来っぽい人がいる。あーいうのなんていうんだっけ。なんかこう、大臣的な? まぁ、いいやわかんないし。本当にわかんないことだらけだ。


 それから王様っぽい人は私にゆっくり説明してくれた。王様っぽいじゃなくて本当の王様でびっくりした。

 王様の言ったことをまとめると、どうやら私は魔王を倒すために召喚された勇者らしい。棒読み説明台詞に疑問を抱きながら半信半疑で頷く私。ここはファンタジーな世界で魔法が存在し、そのためこげ太も喋れるんだとか。便利だね魔法。

 しかし五年前に現れた魔王が強すぎて手も足も出ず、異世界から勇者(私)を召喚したと。


 なんで私? 普通勇者って男の人がやるんじゃないの? 


 質問してみたけれど「貴女様が適役なんです」としか言われなかった。どういう意味だろう。私以外に強い人沢山いると思うんだけどな。


 とにかく私は「魔王を退治しに行ってくださいお願いしますじゃないと困ります死にます」と涙ながらに訴える王様に逆らえず、勇者の装備(剣と盾もあった)をして魔王退治に向かった。

 


「うわっ! こげ太! なんか銀色のうにょうにょしたの出た!」

「スライムだな」

「スライム……。小さい頃そんなオモチャあった気がする」

「そんなこと思い出してないで倒せよ。そいつ魔物だぞ」

「え!? 魔物とか出るの!? 聞いてないよ!」

「魔王が居る時点で察しろ」

「いや普通にその時点でおかしいよ」


 

 段々こげ太と会話することに慣れてきた。今まで言葉が通じなかったからすごく嬉しい。こげ太はやっぱり俺様だけど私には優しいし、本当にいい男、じゃなかった。いい猫だと思う。

 私は持っている剣をスライムに向かって思いっきり突き刺すと目の前にクリティカルという文字が浮かんだ。クリティカル?

 「マジかよ」と言ってるこげ太にどういう意味か聞いてみたら「とてもいい攻撃だったってことだ」と言われた。ほうほう。

 しかもどうやらこの銀色スライムは超レアなスライムらしい。経験値が多く、倒すと一気にレベルが上がるんだとか。

 レベルとかあるんだね。ゲームの中に迷い込んだみたいだ。

 銀のスライムはすばしっこく、見つけるだけでも珍しいことで、ましてや攻撃を当てて一発で倒すなんてありえないことだと聞いた。

 

 私の時代が来たのかもしれない。フフフ。っていうか、こげ太は攻撃当たらないと思ってたくせに倒せとか言ったの!?



「こげ太の意地悪―」

「倒せたんだからいいだろ」

「うん、まぁ結果オーライ」

「真妃のそういう所結構気に入ってる」

「こげ太大好きデレ可愛い」

「煩い黙れ」



 フイっとそっぽを向いて歩き出したこげ太をニヤニヤしながら見てたら「顔がブサイクになってるぞ」と言われた。それは元からだから知ってる。ていうか友達に同じこと言われた。



 その後も旅は順調すぎて怖くなるくらい順調に続いた。

 こげ太は魔法が使えたので寝る場所も食べる場所も困らなかったし、道中で出会うモンスターはなぜか銀色のスライムオンリーでどれも一撃で倒したのでレベルが上がりまくった。どうなってるの。イージーモードなの?



 そしてとうとうやってきました魔王城。


 

 魔族領に入ってからも銀色スライムしか会ってない。魔族領は魔物の巣窟だと聞いていたから正直ほっとした。よかったー銀スラだけで。

 人族と魔族の区別もいまいちつかないし、争ってたり魔王に怯えてたりする様子は一度も見ず、どこもかしこも平和そのものだった。

 本当に魔王が悪さをしているのか疑問だ。


 でも勇者として召喚されたからには魔王に平和的な交渉を試みようとは思う。

 一度やると決めたことは最後までやる。


 ぐっと拳に力を入れるとギギギギギという音を立てて扉が開いた。

 そこに立っている魔王の仲間と思われる人は私に対して攻撃するわけでもなく「どうぞ、奥で魔王様がお待ちです」とお辞儀した。


 え? 魔王直行なの? いいの? 私ゲームとかよくわからないけど、魔王倒す前に四天王的なのが出てきて順番に倒してやっと思いでたどり着くのが魔王じゃないの?


 まぁ、無駄な争いをしたくない気持ちは一緒なので私は素直にその人の後に続いた。こげ太が隣に居てくれるから、それだけで私は大丈夫だと思えた。

 


 長い長い廊下を静かに歩く。途中で罠があるんじゃないかと思ったのは最初だけだった。何もない。綺麗な大理石の廊下には私たちの歩く音だけが響く。やがて、ここにラスボス魔王がいますよって感じの大きくて立派な扉の前に辿りついた。いよいよだ。



 ゆっくりと開いていく扉の先に玉座に座った魔王が居る。


 あれ? ……誰かに似てる?


 お互いの顔が確認できる位置まで来て、突然魔王が立ち上がった。信じられないという顔をしている。

 おそらく、私も同じ顔をしているだろう。思わず足が止まってしまった。




「……本間、君?」

「……田中?」



 

 魔王と呼ばれたその人は、私の好きな人だった。

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