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猫は笑う  作者: まのの
3/6

少年は思い描く

 何の前触れもなく俺はそこに座っていた。


 目の前に広がる薄暗い空間。壁にかけられた複数の松明がぼんやりと周囲を照らしている。高すぎる天井はどこまで高さがあるのかわからない。かなりの人数が収容できるであろうホールのようなこの空間の足元には大理石が冷たく輝いている。そこに一本の道を描くように赤いカーペットが引かれ、自分が居る場所まで真っ直ぐ伸びていた。

 俺が居るのはカーペットの先。少し階段を上がったステージのような場所にある大きな玉座っぽい椅子の上だ。玉座っぽいっていうか、たぶん玉座だと思う。玉座何て初めて見たけど。


 あまりの急展開に頭が付いてこない。ぼんやりと周囲を観察しながら「ここ、どこだよ……」と呟いたら「ここは魔王城に御座います」という声が聞こえた。人がいるとは思っていなかった俺は露骨にビクッとしてしまった。なんか恥ずかしい。

 声のする方を見ると階段の下に傅いた黒いローブの男がいた。


 薄暗いから全く気付かなかった!



「えっと、まお……? なんですか? 俺はなんでここいいるんでしょう?」

「魔王様、私なんぞにそのようなお言葉遣いは勿体のうございます」

「あ、すいません」

「魔王様ともあろうお方が臣下に頭を下げてはいけません!」

「えー……。え、魔王って……?」

「貴方様の事で御座います。異世界からお招きした魔王様!」

「はぁ!?」



 黒ローブさんの言う事をまとめると、俺は勇者に倒された歴代魔王達の仇を打つため異世界である日本から召喚されたらしい。いやいやなんで異世界から魔王召喚とかしてんの。この世界の問題ならこの世界でやって下さいよ。というか魔王って何すんの。俺、人殺しとか無理なんだけど。なんでも勇者サイドが毎回異世界から勇者を召喚するらしく、その勇者が強いため「じゃあこっちも魔王様を異世界から召喚してやろうぜ」となったらしい。おいふざけんな。


 俺、名前的には王子が当てはまるんだと思うんだけど。央司(おうじ)だし。いやまぁ顔的には当てはまんないんだけど。悲しいことに。

それにしても魔王か……。どうしよう全く話についていけない。あまりにも現実感がなさ過ぎて頭がぼんやりする。


 異世界とか魔王とかこれって夢なんじゃねーの? と頬を抓ってみたら普通に痛かった。


 ……夢じゃないのかよ。


 がくりと項垂れた瞬間に瞼が重くなりそのままブラックアウトした。耳の奥で「本間君」と呼ぶ声がする。

 声の主は田中真妃(たなかまき)


 俺の好きな人だ。





 田中は話しやすい女子で、委員会の中でも仲が良かった。特に美人って訳じゃないけど、ちょっとした仕草や笑顔が可愛いなとは思っていた。中身はどちらかといえばサバサバしていてくだらない話で盛り上がれる『いい奴』って感じだ。


 そんな田中を好きになったのは俺の名前を茶化さずに「合ってると思うよ」と言ってくれたのがきっかけだった。


 今まで散々「王子」とからかわれてきてコンプレックスだった名前を、初めて認めてくれた女の子。たったそれだけで俺は自分の名前が好きになれた。本当、男って単純だな。


 それからはさり気なくアプローチし始めたけど向こうは一向に気づく気配なし。これはもっと直接的な言葉を言わなきゃダメかと思っている所で田中が指を切り、俺は思っていることをきちんと伝えた。恥ずかしかったけど、俺よりも恥ずかしそうに真っ赤な顔で俯く田中が可愛くてもっと好きになった。


 夏休みはデートに誘ってみようと心に決めた所で突然の異世界。冒頭に戻るわけだ。



 意識を回復した俺に待っていたのは「日本へは帰れない」という悲惨な現実だった。異世界から召喚されてきただけあって俺の魔力は桁外れらしいが、俺の魔力だけでは世界を渡れないんだとか。召喚できるなら逆もできるだろと訴えてみたけど逆の魔法を知っている者はこの城にはいなかった。ならば知っている人を探そうと手を尽くしたが魔族領では見つからず、流石に人族領に魔王が踏み込むわけにもいかなくて俺の希望は儚く散った。書物も漁ってみたけど成果はゼロ。そうこうしているうちにここでの生活が一年を越えた。


 魔王として召喚されて二年目、俺は魔族をまとめる覚悟をした。魔族も人族とほとんど変わらない。耳が少し尖ってるくらいだ。喧嘩っ早い奴もいるが基本話せばわかってくれる。モンスターも統一できないか話しかけてみたがアイツらには言葉が通じず無駄だった。一応魔王である俺にも躊躇なく襲い掛かってくるので必死で逃げた。魔法で戦う? 無理無理。いや、戦えるんだけど、無駄な殺生はしたくないていうのが本音。仲間の魔族が襲われてたら瞬殺するけどな。


 そうこうしているうちに三年目に入り、魔族の統率がとれてきた。人族領よりは狭いとは言え、結構な広さを持つ領土を俺みたいなぽっと出の魔王が統一していくのにはかなり骨が折れた。優秀な部下がいてくれたおかげで考えていたよりも早い段階で事は進んだけど。



 そして魔族が一丸となったところで俺は魔族全員に訴える。



「人族との戦いをやめよう」



 これには誰もが口を開けてぽかんと間抜け面になった。だろうな。今までずっと憎んで戦ってきた相手との争いをやめようってトップの魔王が言ってるんだし。普通そうなるよな。


 けど仕方ない。だって俺は平和な国で生きてきたただの日本人だ。しかも召喚当時高校一年生だぞ。三年経って大学か社会人一年生になったけど、芯にあるのはラブアンドピース精神だ。なんで俺みたいな魔王に不向きな奴を召喚したのか本当に謎。もっと悪い奴を召喚してたらまた違ったんだろうに。


 勿論反感を買って、俺を倒して魔王の座に着こうとする奴等も現れた。どいつも勝負にならないくらい弱かったのは俺が異世界から召喚された魔王だからだろう。


 そうこうしているうちに四年目に入り、徐々に人族との争いは減って行った。最近では人族と魔族が一緒に暮らす村が出来た。そこでは人種差別もなく、魔族と人族のハーフが次ぎ次ぎ生まれている。

 五年目にはさらに交流が深まり、人族と魔族の間で商売などの取引が出来、流通も変わってきた。魔族にも人族にも笑顔が生まれるまさにwinーwinな関係だ。



 あれ? 俺何で魔王に召喚されたんだろう?



 召喚されて五年。俺の年齢は二十一になった。ただ、外見は全く変わっていない。不思議に思って聞いたら「魔力を持っているお方ほど見た目の年齢が変わらず、緩やかに成長するのです」と言われた。ふーん。


 ……俺、何歳まで生きるんだろう。


 魔族は人族よりはるかに長生きなのは知っている。それプラス莫大な魔力とか……。老衰できる気がしない。永遠に生きるなんて嫌だ。好きな人の死を看取って自分だけ生きるなんて辛すぎる。それ以前に好きな人に五年も会えてないしこれから会える見通しもないんだが。



 あれから五年。


 田中も二十一になっているんだろう。大学に行ったのか社会人になったのかはわからないけれど、五年も行方不明の俺の事なんか忘れて彼氏作ったりしてるんだろうな。……凹む。


 髪は伸びたのか、化粧をしているのか、まだテニスを続けているのか、綺麗になったのか、俺は何もわからない。


 ただ、自分でも驚くほど一途に田中の事を想っている。この五年間忘れたことがないくらい、だ。



「会いたいなー……」



 いつかの彼女を想像して目を閉じる。

 起きたら布団の中にいて母さんに叩き起こされて学校に行って玄関でばったり会った田中に「本間君、おはよう」と笑顔で言われたらいいのに。


 五年間、毎晩思い描く夢は叶ったことがない。

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