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猫は笑う  作者: まのの
2/6

少女は想う

 私が彼を好きになったきっかけは絆創膏だ。


 高校生になり、中学とは違う新しい環境の中でそれなりに充実した日々を過ごしていた私は図書委員会に入った。別に本が好きな訳ではない。ただ楽そうだからという理由で入ったのだ。そこで同じ委員会だった彼と知り合った。

 彼、本間央司(ほんまおうじ)君は名前がおうじだけど見た目普通。中身も普通。同じく普通の私が言える立場ではないが「特徴ないなぁ」というのが彼に対する第一印象だ。向こうも同じことを思っているだろう。


 私もこれといった特徴がない。見た目も中身も普通。友達に流されてテニス部に入ったけど決して運動能力が高いわけではない。勉強も平均。クラスから浮いている訳ではなく、溶け込みすぎて「あー、そんな子もいたような気がする―」と言われる程度の存在だ。友達が居ない訳ではない。クラスに数人、部活内にも数人の友達がいる。可もなく不可もなく。それが私だ。


 委員会では、隣のクラスという事で本間君と何となく話す仲だった。お互い気を使わずに話せる楽な相手。異性として意識せずに二か月が経った。

 特に忙しくない図書委員会でなぜか当番が一緒になり、益々話す機会が増えた。あまり一年生同士がペアになることはないのだが影が薄かったのか私達二人だけペアが決まらずにあぶれてしまったのだ。まぁ、別にいいんだけどね。……ちょっとしか気にしてないし。


 その時同じことを思ったのか本間君と目が合って二人で小さく笑ったっけ。あの時は仲間を見つけたようで嬉しかったなぁ。


 二人で話す内容もテレビの話だったり宿題の話だったりで当たり障りのない世間話ばかり。お互い趣味らしい趣味もない。本間君は囲碁部に入ってたけれど、数合せで入っただけで囲碁に対する情熱はないらしい。私もテニスで「熱くなれよ!」と言われてもそこまで熱くなれないから同類だ。

 ある日、何の駄菓子が好きかで盛り上がった後、突拍子もなく本間君が話し出した。



「俺、実は自分の名前がコンプレックスなんだ」


 

 利用者がいない図書室にその声は静かに響いたけど、暗いトーンではなくいたって普通のトーンで本間君はそう言った。



「おうじ、だから?」

「そう。しかも苗字が本間。ほんまおうじって……。名前だけみたら俺がイケメンじゃないとおかしいだろ?」

「本当の王子って感じの名前だもんねぇ」

「なー。勝手に期待して『全然王子じゃないじゃん』って言われる俺の身にもなれよって思う」

「わかる! 私の名前も真の妃で真妃だから! どこが妃だよって感じ」

「親はそういう意味でつけたんじゃないって言ってたけどさ」

「つけられた方は名前負けすると辛いよね。でもまぁ、美しい妃で美妃とかじゃなくて救われたかな」

「俺も漢字が本当の王子じゃなくて良かった」



 二人で大げさに溜息をついてから「お互い苦労するね」なんて言って笑った。



「でもさ、本間君の央司って名前私はなんとなく合ってると思うよ。中央を司るって、なんかかっこいいし。本間君、さりげない気遣いとかフォロー上手でしょ。みんなを上手くまとめれそうっていうか、このままいったら図書委員長やれると思う!」

「やだよ!」

「えーいいじゃん。どうせ三年間同じ委員なんだから。やろうぜ委員長」

「田中、お前が委員長やりたくないだけだろ」

「バレたか」

「バレるわ」



 本間君が笑ったから私も笑った。思えばこの時から好きになる兆候はあったのかもしれない。

 二人で話す何気ない時間は心地よかった。この学校では委員会は三年間同じなので、これからもずっと本間君とこんな関係でいられたらいいなって考える様になった。


 それを家に帰ってから猫のこげ太に話したら「なーん」と鳴いて興味がないようにどこかへ行ってしまった。猫は気まぐれだ。だがそこがいい。寝てる大福をもふっていたら私もいつの間にか寝てしまった。





 夏休みがすぐそこまで迫った七月中旬。期末テスト終わったから利用者少ないなーとぼんやりしながら本の整理をしていたら指に痛みが走った。

 どうやら紙で切ったらしい。こういうのって地味に痛いよね。舐めときゃ治るかな。

 私がぱくっと指を咥えながらカウンターに戻ると「どうした? 指、切ったのか?」と本間君が気づいてくれた。



「うん。でも大したことないし大丈夫」

「そういうのって地味に痛いだろ? ほら、絆創膏」

「え、女子力高い」

「煩いぞ。いいから早くこっち座れって」

「はーい」



 私が座ると当たり前の様に本間君が絆創膏を貼ってくれた。いや、あの、一人でも貼れたんだけど、な。

 そして次の瞬間、雷に打たれたような衝撃が全身を駆け巡ったのだ。

 

 

「女の子なんだから、体に傷が残ったら大変だろ? 俺もお前が傷ついてるの見たくないし。ま、実際はかすり傷だから例えが大げさすぎだけどな」



 そう言ってはにかんだ本間君に私の心臓は鷲掴み。一発KOだ。


 何それ! 何その顔! なんでそんな女の子扱いするの! 絆創膏持ってる自分の方が女子力高いくせに! ずるいかっこいい!


 赤くなっているであろう頬を隠すために俯いて「あ、りがと」と小さく言った声は本間君の耳に届いたようで「どういたしまして」とクスクス笑われた。その笑い声に益々頬が熱くなってその後十分くらいは顔を上げられなかった。首が痛い。


 これはもう今日帰ったら即行こげ太に報告するしかない。私の事を一番知っているのはこげ太だ。学校であったことをこげ太に報告するのは小学校に入った頃からの日課になっている。といっても近頃は「なーん」と適当に相槌うって去っていっちゃうんだけどね。私が本間君の事を話しすぎてヤキモチ妬いているのかもしれない。可愛い奴め。


 家に帰ってそのことをこげ太に報告すると案の定興味がないように去ろうとしたので逃がさず抱っこして思う存分もふる。「ヤキモチ妬くこげ太も大好きだよ」と言ったら顔を背けながらゆっくりとしっぽを振った。それ、喜んでる時にする仕草だってしってるからね。ツンデレなこげ太超可愛い。もちろん大福も可愛いけど、大福はどちらかといえば性格が犬っぽい。遊んで遊んでと寄ってくる姿にきゅんとするが、こげ太の「俺はお前の事なんて何とも思ってねーから」という態度を取りつつ構ってあげると喜んじゃうところがツボなのだ。


 こげ太をもふりつつ頭に浮かぶ本間君のはにかんだ顔。私は「きゃー」っとこげ太のお腹に顔をぐりぐり押し付けた。すかさず猫パンチが飛んできて顔面にヒット。武士の情けか爪を出さずに猫パンチしてくれたので顔に絆創膏は貼らなくてもよさそうだ。



 夏休みまであと少し。図書委員の仕事はもうないけれど夏休みが始まる前に本間君と話せたらいいなぁ。



 ニヤニヤしながらそんなことを考えていたら友達に「顔が気持ち悪いことになってるよ」と言われた。うん、もう少しオブラートに包んでほしかったです。


 結局終業式まで本間君に会うことができないままぼんやりと校長先生の話を聞き流して隣のクラスの列を眺めていた。


 あれ? 本間君いない? お休みかな?


 私は隣に居た子にひそひそと話しかける。



「ねぇ、本間君って今日お休み?」

「本間君?……あー、王子君。今日っていうかここ最近学校きてないよ」

「え!? なんで? 病気!?」



 思わず大きな声を出した私に「ゴホン」という咳ばらいが聞こえて慌てて口を塞いだ。場が落ち着いてから隣の子がこそこそと耳打ちをしてくれる。



「最初は体調不良って聞いてたけど、どうやら行方不明らしいんだよね。うちのクラスじゃ誘拐じゃないかって噂になってる」

「行方、不明……誘拐……」

「誘拐はあくまで噂ね。だって王子君って特にお金持ちって訳じゃないし……。名前は王子様だけど」

「だよね……。誘拐じゃないよね」

「行方不明っていってもまだ五日くらいだから、友達のとこに泊まってるのかもしれないし、ふらっと一人旅かもしれないよ」

「う、ん」

「ていうか、王子君のこと好きなの?」

「へ!? あ、う、うぅん、は、い」

「どっちよ」



 隣の子は小さく笑うと「うちのクラスに王子君を狙ってる子はいないと思うよ。安心して王子様ゲットしてね」とにんまりした。そういえば本間君、クラスであだ名が『王子』だって言ってたなぁ。その時の困ったように笑う本間君の顔が浮かんで涙が出そうになった。


 彼は一体どこにいってしまったんだろう。目の前が暗くなる。

 私はどうやって帰ったのかわからないまま家に帰り、こげ太を撫でることなくぼふんとベットに倒れこんだ。

 こげ太が心配そうに私の顔を覗き込みそのままおでこにすりすりと身体を擦り付けてくる。こげ太の暖かさを感じてしまったらもうダメだった。涙がボロボロと落ちてきてこげ太にしがみ付いて子どもみたいに大泣きした。こんな泣き方は小さな頃以来だ。

 どんなにぎゅうっと抱きしめてもこげ太は嫌がることなく思う存分胸を貸してくれた。本当に男前な猫だと思う。


 しばらくそうして少し落ち着いてから、私はこげ太に本間君のことを話し始めた。いつもなら途中でどこかに行ってしまうこげ太もこの時は傍で聞いてくれた。

 涙が止まらずひっくひっくとしゃくりあげながら話す私をじっと見つめるこげ太。琥珀色の瞳が綺麗に輝いている。


 今、一瞬だけ金色に光ったような……?


 頭の片隅でそう思うと視界が徐々に回り始め、抵抗することも出来ずに私は意識を飛ばした。

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