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猫は笑う  作者: まのの
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猫は思う

 吾輩(おれは猫である。名前はこげ太だ。


 俺の了承を得ずに決定したこの名前は俺を拾った真妃(まき)が付けた。当時六歳の真妃は小さな手で俺を抱き上げると「まきのおうちにおいで、猫ちゃん……じゃなくて、うーん……こげ太!」とにっこり笑った。別に俺は捨てられた訳じゃない。ただそこで日の光をのんびり浴びていただけだ。飼い主なんて居ない。自由気ままに生きてきた俺が初めて人間に飼われることになったのには驚いた。

 真妃が勝手に俺を捨て猫だと判断し、名前を付けた。親の了承を得ることなく自宅に連れ帰って風呂場に直行。異変に気付いた真妃の母親が止めてくれなければ俺は水浸しになっていただろう。その後母親にしっかり洗われて結局水浸しになったけどな。


 何はともあれ俺は真妃と暮らすことを選んだ。正直いつでも出ていけたが、真妃があまりにも愛おしそうな目で俺をもふるものだから、仕方なく一緒にいてやることにした。決して真妃の笑った顔が可愛いからではない。仕方なくだ。仕方なく。


 そんな俺がこげ太として真妃と生活して十年。真妃は高校一年生になった。高校に上がる少し前に性懲りもなく小さな白猫を拾ってきて「名前は大福にする」と言って母親を困らせていた。毛並みが真っ黒の俺とは違い、真っ白だから大福……。真妃の名づけセンスは相変わらず酷い。

 結局大福はこの家の猫になった。オッドアイの大福は子猫の割にふっくらしている。段ボールに捨てられていたと真妃は話していたが誰かがこっそりコイツの世話をしていたのかもしれない。大福は俺に「こげ太兄ちゃん! こげ太兄ちゃん!」とまとわりついてくるのだが、最高にウザい。とりあえず尻尾で適当に遊んどいてやる。その内疲れて寝るだろ。


 網戸越しに夏の始まる匂いがする。じわじわと気温が上がっていく。猫の体には優しくない季節だ。なんでこの世界には夏と冬があるのだろうか。春と秋だけでいいだろ。もっというなら春だけでいい。ぽかぽかして気持ちいいし。昼寝にはもってこいだ。

 衣替えもすっかり終わって半袖で毎日学校へ行く真妃を見送る。テニス部に入った真妃は日に日に黒くなっていく。まるで俺みたいだ。


 俺は全身黒の毛並みではない。首元に三日月を横にしたような白い模様がある。「ツキノワグマみたいでかっこいいね」と真妃が褒めてくれた模様だ。俺がかっこいいのは知ってる。だって俺だからな。今も昔もモテるのは変わらない。自慢ではなく事実だ。

 そんな俺が人間の小娘である真妃と一緒にいることを選んだのは単なる気まぐれだが、一緒にいてわかったこともある。



 真妃は幸運体質だ。



 だからこの俺が真妃の傍にいるんだろう。真妃自身は平凡で見た目も性格も何の特徴もない奴だが、アイツがきっかけで周りが幸せになることが多い。それを本人は気づいていない。まぁ、本人自身に幸運が訪れる訳じゃないから気づかないのも当たり前か。

 真妃が友達から借りたノートを市の図書館に忘れてきたことがきっかけで、一緒に図書館までノートを取りに行ったその友達が中学の時に好きだった奴と再会して、なぜかそこから交際に発展したと聞いたのは一か月前の事。「私ってば恋のキューピットでしょ」と笑って俺の頭を撫でていた。

 こんなことはザラにある。真妃が気づいていないだけで。

 猫のネットワークはすごい。集会をすれば人間たちのアレコレが耳に入ってくる。俺も気が向いた時に家を抜け出して集会に顔を出しているが、その際に言われる「真妃ちゃんのおかげでうちの飼い主命拾いしたんです!」「私の飼い主も!」「俺自身も幸せになりました!」という言葉の多いこと。本人が何かした訳じゃない。ただ真妃がしたことが回りまわってこいつらの飼い主を助けたんだろう。

 こいつらは猫ネットワークで大体の流れを把握してるから言ってることは間違いない。前に真妃の何気なく蹴った小石が坂道を転がり、下の歩道で止まったところを自転車が踏んでパンクし、乗っていた人間が文句を言いながら自転車を降りた所、ハンドル操作を誤った自動車が歩道に突っ込んできた。もし自転車がパンクしてなければソイツが通っていた場所に、だ。その偶然がなければソイツはこの世にいれなかったかもしれない。これも当の本人である真妃は知らない事だ。

 

 ぐでんと寝返りを打つといつの間にかくっついて寝ていた大福も一緒に転がった。お前、俺を枕代わりにしてやがったな。しかも気にすることなく寝息を立てている。幸せな奴だ。


 夕闇が近づくと気温が下がって過ごしやすくなってくる。もうそろそろ真妃も帰ってくるだろう。俺はくあっと欠伸をすると玄関のマットへ移動する。マットはひんやり冷えていて気持ちがいい。決して真妃を出迎える為に移動したわけではない。あくまで涼を求めて、だ


 しばらくそうしていると勢いよく玄関扉が開く音がした。



「ただいまー! こげ太、今日もお出迎えありがとう」

「なーん」



 別にお出迎えした訳じゃない。俺はたまたま冷たい玄関マットに寝ていただけだ。勘違いするな。おいこら尻尾! ピンと立つな! 俺がまるで喜んでいるみたいじゃないか!


 真妃は俺の頭を優しく撫でるとそのまま抱き上げて「おかーさーん。おなかすいた―! 今日の晩御飯なにー?」とキッチンへ向かう。

 俺は自分の意志とは関係なくゴロゴロなる喉を恨めしく思いながら大人しく抱かれ「帰ったらまず手洗いうがい! ほら、こげ太降ろして、早く」と真妃が叱られて「はーい」と渋々降ろされるのを待った。いつもの流れだ。

 

 そして洗面所から戻ってくる真妃がまた俺を抱っこするのをわかりながら俺は母親の足元で何となく待つ。べ、別に抱っこが嬉しいわけじゃない。そうしてやらないと真妃が落ち込むからな! 仕方なくだ。仕方なく。

 戻ってきた真妃に抱きかかえられて、ゴロゴロとなってしまう喉の音は聞こえないフリをした。

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