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26大貴〜扉をたたく者〜

 そんなことがあるのだろうか。村の情報が、街に流れることなんて―――――――いや、町の情報は村へ流れている。ならばその逆だってあるだろう。それに情報を完全に漏洩させないなんて、よく考えなくても不可能だ。事実、沼には町から多くのものが侵入している。これまで情報の漏洩がなかったことにこそ疑問を持つべきだったんだ。

「でも、それは本当なのか? 下手をすれば情報を向こうにただ売りすることになるんじゃないか」

「姉さんが聞いたんですよ」

裕紀が苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。それまでの裕紀とはまるで違う。笑っているからこそ、感情を読み取ることができなかったが、それは、はじめて大貴が見た裕紀の感情の変化だった。

「姉さんは聞いたんですよ。町の住人が智美さんに対して、呟くのを」

「呟く?」

「どうせ生贄だろう、と」

「………それはっ――――――」

「わかりましたか? 知っているからこそ、智美さんを殺すなんて考えを実行したんでしょうね」

 そういえばそうだ。いくら自分たちのミスを隠蔽するためとはいえ、そう簡単に人を殺すだろうか。いくらその考えを思いついたからといっても、人を殺すのは思っている以上に重労働だ。だが、生贄のことを知っていれば。この雨乞いの村の実態を知っていれば。死ぬために生まれてきたことを知っているのであれば。

「だからこそ、真弓さんも協力してくれました。その特定の人間をおびき寄せるために」

 裕紀はそう言った。まっすぐな瞳で、これ以上ないくらいに。

「それが、僕たちの負った罪なんです」

 そのときだけ、裕紀の表情に翳りが見えた。それは一瞬のもので、大貴も見過ごしてしまうほどの、一瞬だった。だから、大貴はそれになんの感慨も抱かなかった。もしも知っていれば、ここで裕紀のことを違う視点から見ることができたのなら、まだこの先穏やかな結末を迎えられたのかもしれない。だが、大貴は何も感じなかった。それは運命なのかもしれなかった。この雨乞いの村という運命。復讐のために作られ、復讐のためだけに生き、復讐で縛る。すべてが復讐に向かい、螺旋を繰り返す。だからこそ、ここで大貴が気付かなかったことは必然なのかもしれない。

「だが、半分も当たってないとはどういうことだ?」

 それとは知らず、大貴は問う。知っていれば変わったかもしれないが。だが、運命とは、そんなものだろう。

 だから、裕紀もそれに答える。多くを語らずに、語る。

「言葉通りですよ。半分もあっていないんです。おかしくありませんか? 生贄は村民から出すんです。あなたが生贄になれるわけじゃないですか」

 確かにそうだ。

 しかし、それなら真実とはなんだ? 町に復讐するために、命をもってしらしめる。それに間違いはないのだろう。だが半分も当たっていないとは、どういうこと―――

「あなたでなくてもよかったんですけどね。ただ単に、定型句かもしれませんが、運が悪かったんですよ。間が悪かったのかもしれませんね」

 ゆったりとした口調で諭すように裕紀は言うが、それでも大貴はうまく情報を整理することがでない。しっかり点と点を結んでいたつもりで、それ以外ないと考えていたはずだったのに、それは所詮つもりだった。

「穴だらけじゃないですか、あなたの理論も。勝也から聞いたんじゃありませんか? この歌を正確に知っている人間は少ない。なのに、それを見立てて生贄を並べても意味がありませんよ。あなたも言ったでしょう? すべての村民に伝わるわけがないと」

 その通りだ。大貴もそれを知ったから、勝也の言葉の不自然さに気付いたのだから。

「何度も言いますがあなたを混ぜるのはおかしいですよね。生贄は村民から選ばれるんですから。だから、この場合の四人目は智美さんですよ」

「じゃあ君たちの計画は、三年前から、あの事件から仕組まれていたのか?」

「そんなわけありませんよ。この計画を考えたのは、三年前。智美さんが殺されたからです。これは三年間かけて練りに練った計画なんです。ほんと、あなたは可哀想な人ですよ。僕が言うのもおかしいですけどね」

 ふふふと裕紀は笑う。その純真に見えたその笑顔が、今では猟奇的にしか感じない。

「あなたがこの町に来ることは一ヶ月以上前から知っていましたからね。絶好の好機。そしてこれ以上ない適した人選でした」

「どういう、ことだ」

「町からの犠牲者には、大きなポイントがあったんですよ。それは個人的に来てはならないことです。あなたは仕事関係でこの村を訪ねました。そうすると、町にもその記録が残るのでしょう。あなたが期日に帰ってこなければ、すぐに騒ぎになってくれます。個人的な旅行者では、いなくなったところでいつ騒ぎになるかわかりませんからね」

 騒ぎになることを望むのはどういうことだ。この雨乞いの村は隔離された状況こそが望ましい。騒ぎになるなどもってのほかだ。この計画に加担している以上、真弓がそれをよしとするとは思えない。この村は隠れた存在でなければならない。それは大前提のはずだ。

「僕たちの目的はね。復讐なんです。それは否定しません。ですが、僕らが考えているのはね、智美さんの復讐です。過去どれだけこの村が虐げられたか知りませんが、僕らは智美さんの復讐しか考えていませんよ」

 真弓さんはね、と裕紀は続ける。

「利害が一致しているだけです。というより、この計画を提案したのは僕と悟ですが、大部分は真弓さんが考えたものなんです。真弓さんの、というより、この村の悲願と、僕らの怨みを晴らす計画をね」

「じゃあ、真弓さんは自分から生贄になるつもりだったのか?」

「そうですよ。そして、愛さんは純粋でした。村を守りたいからと、ただそれだけのために覚悟を決めてくれました。問題だったのは、姉さんでしたが、姉さんも智美さんの死に責任があった。だから、最後は姉さんも折れましたよ。といっても責めたつもりはありませんでした。死ぬのは怖いが、智美さんに恩返しがしたいといってね。

 そして、あなたがこの村に来てから、僕らは影で動き続けましたよ。あなたにとって不可思議なことが多かったでしょうが、僕らは論理的に行動していたんですよ。すべてにおいて、意味があったんです」

「じゃ、じゃあ、」

 すべてにおいて意味があるのなら、ならば。

「愛は何故失踪したりしたんだ?」

「早い段階であなたの存在をこの村中に知らせるためです。そして、愛さんが失踪前に出会った最後の人間があなただと村民に知らせるためです」

 大貴の存在を、村に知らせる?

「愛さんの失踪と、あなたの来訪。それが同時期に起こればどうですか? それに何かの因果関係を感じませんか? 失踪にはあなたが関係しているのではないかと」

 その通りだろう。だが、愛の失踪が日常茶飯事なら、それほど奇異すべきことでもないのではないか。事実、村民に慌てた姿は見られなかった。

「事件を調べるのは、基本的にこの村の警官です」

 話が逸れたのかと思ったが、裕紀の目はそう言っていない。口元に浮かべた微笑はそのままに、話を続ける。

「しかし、町が絡んでくると話は変わります。智美さんの時には、町から警官が何人も派遣されました。それゆえ、智美さんは晒しものにされたんですけど」

 その言葉に場の雰囲気が微かに変わった。全員が何か感じるものがあるのだろうか。押し黙ってはいるが、圧迫感は幾分も増している。

「あなた関連で騒ぎが起これば、調べるのは町の警官。当然、あなたの動向を探るでしょうね。そうすれば、愛さんとあなたのことを不審に思わないはずがない」

 その通りだが、かといって、それがなんになる。愛と大貴が何か関連しているかもしれないが、それを掴んだところで特に疚しいこともない。ただ単に会って、話しただけ。何よりも、裕紀たちは大貴を殺すつもりだ。つまり、死んだ人間を疑うことに意味があるとは思えない。

「姉さんは、ちゃんと遠回りをして智美さんのところに行きました。商店街を通り、畑を通って、道なき道を歩いた。そう、あなたと一緒にね」

 裕紀の言葉で、頭に浮かぶものがあった。それは、ずっとわからなかった、大貴の役割。

「あなたと姉さんが村を歩いたのは誰もが知っています。そして、あなたと二人で人気のない場所へ行くのもね。それは、村民の誰かが必ず見ています。姉さんはあなたと別れた後、僕ら以外誰にも会っていませんよ。つまり、多くの村民が見たのは、あなたと歩いているところが最後です」

 冷や汗が背中といわず、額といわず、ところ構わず全身から噴き出してきた。真弓と最後に会ったのは誰だ? いや、そんなこと聞くまでもない。あの神社を参拝する人間は誰もいない。真弓は神社から出ることそれ自体が少ない。そして、大貴があの神社に泊まっていることは村民の多くが知っている。

「殺された人間すべてに関わっている、町からの住人。その人物が失踪したとなれば、それはどうなりますか」

 唇の端を吊り上げて、いやらしく裕紀は笑った。

「あなたには僕たちの姉を殺した罪を背負ってもらうんですよ」

 ふと風の流れが変わった。室内に澱んでいた空気が一掃されるように風が渦を巻きすべるように吹き抜けていく。冷や汗に大貴の背中はびっしょりと濡れ、その背が冷やされていく。氷を投げ込まれたように不快な寒気を大貴に与えた。遠くで地鳴りのような音が聞こえる。耳鳴りのようでもあるが、低く規則的な音。そう、誰かが走っているような。

 誰かが、近づいてきている。

 それに気付いたのは大貴だけではない。全員がほぼ同時に異変に気付いた。皆が一様に目を向けた先。本殿の扉を荒々しく叩く音が耳に響いた。そして、仰々しく扉が開かれる。外は闇夜。月明かりを隠すようにその人影は荒い呼吸を室内に響かせる。

「……でき……ないよ」

 聞き覚えのある声。力なく首を振るのがわかった。

「……できないの」

 荒い呼吸の隙間から搾り出すように、だがはっきりと拒絶を示す。

 薄闇にまぎれていた彼女の輪郭が次第にはっきりとしてくる。この数日いくつもの表情を見せてくれたが、寂しげな表情が一番印象的だった彼女。その理由はもはや明白となっている。

「ごめんなさい」

 そこには死んでいるはずの深雪が大粒の涙を流していた。


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