15悟〜墓〜
ここに来ると嫌でも記憶が蘇ってくる。三年前のこと。あの日の姉の姿が今も目の前に現れてくるようだ。実際に何度も幻をみた。その中で、いつもいつも姉を失う。
周辺を木々で囲まれた荒れた地。半分削り取られたような丘、その前には悟の背丈ほどの岩。周りには誰もいない。悟ただひとりだ。足元には悟が摘んできた花、その隣には線香が置かれている。細く白い煙が立ち上っているがすでに半分が白い灰に変わっていた。指先は土で汚れている。だけどその土を拭うつもりはない。いつものことだがその土を拭いたくはなかった。馬鹿だと思われるかもしれないが。
姉はきっとこう言うだろう。誰も悪くない、ただ運が悪かっただけだ。きっとそう言って形のいい眉を下げて苦笑するだろう。子供の頃からそうだった。何をするにしても、いつも運が悪いと言っていた。それは後ろ向きでいつも親に注意されていたけれど、嫌いじゃなかった。むしろもっと見ていたいと思った。だからだろうか、いつも姉の前では失敗ばかりしていたように思う。わざと躓いてみたり、わざとバケツの水を頭から被ってみたり、わざとズボンを後ろ前にはいたりもした。
いつもいつもその表情をしてくれたわけではなかったが、それでも何回かはその表情を見せてくれた。そして、運が悪かったのねと言ってくれた。姉は、世界のすべてだった。いつしか悟はそう考えていた。
それだからこそ、引っ込み思案な性格になってしまったのかもしれない。依存していたといってもいい。ただ単純になかなか親離れできない子供だったのだ。悟の場合、それが姉であっただけのこと。
それを何度悔やんだだろうか。もしも悟が姉の後ろに隠れるような子供でなかったら、きっとこんなことにはならなかったかもしれない。あの時、この役割を引き受けていたのが悟であったら、ここに横たわったのは姉ではなかったかもしれない。それは悔やまれる。
自分を何度情けなく思っただろうか、何度体を痛めつけただろうか、時を戻してくれと何度願ったことだろうか、そして、町のものを殺してやろうと、何度思ったことであろうか。姉を殺した要因のひとつに、悟は間違いなく入っている。それは変えようのない真実だ。だが、直接手を下した人間は他にいる。他でもない、町の人間。この村の怨みの対象。それに、この村に住むものも怨みの対象だ。姉が殺されたにもかかわらず、何故町の計画に賛同するのか悟には理解できない。姉の死を仕方がないもの、許容されるべき死だとでも考えているのか。あれほどの死に様を目にしといて、何故そんなことを口にできるのか。
これからしばらくして、ここに深雪が来る。悟にとって、姉の死の真相を教えてくれた人間。姉の無念を伝えてくれた人間。だが、この村の中で悟が最も怨んでいる人間だ。
赦さない。そう口にして、悟は小さく口ずさみ始めた。それは悲しげで寒々しい曲調だが、今の悟の表情にこれ以上ないぐらいはまっていた。意識しているわけではないだろうが。
ある歌詞で、悟は歌うのを止めた。ゆっくりと顔を上げると、天に向かって、天に届けと願っているのか、小さくか細い声で囁いた。
「おのが、つみ……」




