14大貴〜商店街〜
繁華街と言ったが、なるほど、確かにただの商店街といった方がいいかもしれない。左右には、魚屋、八百屋、肉屋。ドラマでしか見たことのないような店舗が軒を連ねている。それでも、人の数はそれまで訪れたどこよりも多かった。油断すれば袖が触れ合ってしまう程度には。雨乞いの村に対して過大な偏見を持っていたわけではない。かといって、雨乞いの村の基本的なデータは頭に入っている。人口から考えると、店を営業するのも難しいように感じられたが、見る限りではそんな心配はなさそうだ。
「人が多いですね」
と大貴は率直な意見を述べた。ここが村だから、というわけではなく、普通に賑わっているような感じがした。昨日深雪がコンビニやファミレスもあると言っていたが、これなら納得ができる。ここまでの道のりで人に会わなかったことに疑問を感じるほどだ。
「愛さんの定食屋があんなところにあるのが不思議に思えますよ」
「あそこはあれで賑わってるんですよ。今日はお客さんが少なかったようですが、赤字経営ではないみたいです。味を気に入って毎日食べに来る人もいるんですから」
「確かにおいしかったです。たぶん、町でもつうじるんじゃないかな」
大貴が答えると、深雪は誇らしそうに胸を張った。
「あの店名の由来はなんなんですか? アシメだなんて」
「そうですよね、私も気になってるんですけでどよくわからないんです。愛のお父さんが決めたらしいんですが」
「アシメだと、髪型のことなんですけどね」
町でたまに見かける髪型だ。アシメトリーの略であり、左右非対称を意味する。部分的に長さを変えたり、全体的に変えたりとバリエーションは様々だが、とりあえず飲食店の店名で使用しているのは見たことがなかった。もしかしたら別の意味があるのかもしれないが、大貴が知っているのはそれだけだ。
「聞いたことあります。変わった髪形ですよね。左右で頭の重さを変えるなんて、ふらついたりしないんでしょうか」
「…………」
髪の毛を重りのように話す深雪が少しおもしろかったのと、大貴の前髪がまさしくアシメトリーになっていることに気付いていない深雪がおもしろく、大貴は声を殺して笑った。深雪自身、髪型に気を遣っているが、やはりそこまで他人の視線を気にしていないのだろう。見せる相手といえば、村の住人。いわゆる家族のようなものだ。張り切って髪型を作ることもない。
「どうしたんですか?」
「いえ、この村の人口はどれぐらいですか?」
大貴は無理やり話をごまかした。かといって深雪はそれに気付いた様子はない。
「町の資料だと千人程度だと見知っていたんですが、どうもこの状況を見ると、それが半信半疑です」
生贄のことも載っていなかったし、と続けようと思ったが、それは口を閉ざした。
「正確にはわかりませんが」
と深雪は前置きをした。
「千人では足りないと思います。もうご存知ですから隠しませんが、この雨乞いの村は生贄の村です。私たちの先人が生きていくためにはやはり人数が必要でした。幸い、この周辺は食べるものに困ることはありませんでしたので、必要なのは労働力です。そのため、ここの村では人数を増やす政策が実施されました」
「政策だなんて、なんだか国のようですね」
「大貴さんは隔離されたこの状況をどうお考えですか」
「……どうって―――辛い現状だなと」
「そうではありません」
深雪は力なく首を振る。
「いくら町から離れているといっても、同じ国内ですよ。それなのに、どうしてここまでこの村の情報が外に漏れていないか、わかりませんか? 歴史はともかくとしてです。大貴さんが今感じたように、人口すらも間違った情報が流れています。それがどうしてかわかりませんか」
言われてみるとそうだ。いくら不便だからといって、町から離れているからといって、これほどまでに情報に食い違いがあるのはおかしい。大貴も違和は感じていた。町にあった資料とは雰囲気が違うな、と。
紙の上の印象と肌で感じる印象が異なるのは当然だから。そう考えて気にしていなかったのだろうか。それでも、よくよく考えてみるとこれは異常だ。
雨乞いの村の情報が外に漏れない。町の情報と差異が生じている。これだけならまだ考えられる。町の情報が更新されなければ、現在と過去が一致しないのは当然。過去において真実の情報であっても、現在と一致しなくてもなんら不思議はない。
だから、この場合において不自然なのは、村の情報が流れていないのに、町の情報はこの村に流れていることだ。まだしっかりと村を探索していないためはっきりとは言えないが、ところどころに村としては不釣合いなものがある。愛の定食屋にしてもそうだ。どこか町を連想させるような味があった。かといって、これもそんな感じがしたというレベル。あのメニューだったからそんな気がしたのかもしれない。これだけでそうだと判断するのは牽強付会だろう。
だが、この村の住居は、村に似つかわしくない。
町との交流を絶っていると、確か愛が口を滑らせていた。ならば何故これほどまでに町に近い建物が存在するのか。
大貴の表情から察したのだろうか。深雪は真面目な顔つきで口を開いた。
「この村は、意図的に情報の漏洩を最小限に抑えている。そして、町に対して誤った情報を流しているのです」
「………………」
「それでいて、町の情報は逐一収集しようとしています」
「何のために、そんなことを? 情報の漏洩を防ぐのは―――まあ納得できます」
おそらくは、雨乞いの村の歴史を外に流さないため。誤った情報を流すのも、隠蔽のためだろう。
「ですが、情報を集めるのにどんな理由があるのですか? 下手に接触すれば、それだけこの村の情報が向こうに流れやすくなる」
それならば、殻に閉じこもっていたほうがずっと安全だ。
「なんだか、これでは―――」
「深雪ちゃん」
弱弱しいが、はっきりとした声が大貴の言葉を遮った。
声は駄菓子屋の奥からした。ずっと昔から経営しているのか、店の雰囲気が全体的に古ぼけている。見る限り店内は整理されているが、どことなく埃っぽい印象を受けた。
声の主は店の一番奥。畳の上に正座したおばあさんの口から発せられたようだ。顔には深い皺が刻まれ生きてきた年月が長いことを物語っている。一体いつからそこにいたのか、背景に同化してしまうのではないかと思うぐらい、そこにいることがあまりにも自然だ。駄菓子屋に老婆。それは、大貴が抱いていた村のワンシーン。
「どうしたんだい? 暗い顔をしているじゃないかい」
深い皺によって瞼が塞がっているようにも見えたが、どうやらはっきりと見えているようだ。その声も、年不相応に若々しい。
「そんなことないよ。梅おばあちゃん」
「そうかい? あたしはてっきり愛のことで悩んでいるかと思ったよ」
「ご存知なんですか?」
思わず口を出した。大貴の声を聞くと、ゆっくりとした動作で梅は顔を大貴に向けた。
「ああ、あんたが町からの人かい。なかなか男前じゃないか」
けったいな髪をしているがね、と梅は微笑んだように見えた。
「愛がまたどこかに行ってしまったんだろ? なに、いつものことだから心配するでないよ。すぐにひょっこり現れるさ」
「そう…ですか」
「昨日、私たちと一緒に沼に行ってたんだけど、それからわかんなくなっちゃったの」
「あの子もまめだねぇ。愛に会ったら伝えといてくれるかい。すまないことをしたねって」
「愛はそんなこと気にしてないよ」
深雪は呆れるような笑顔をみせた。
「愛が沼に行くのは、ただ自分のおばあちゃんを尊敬してるからじゃないかな。愛はそんなこと言わないけど」
「若い者がいなくなるのは寂しいことだよ」
表情を変えずに梅は脈絡のないことを言った。それについていけず、大貴は頭に疑問符を浮かべた。
「年寄りは見送られるのが一番」
皺だらけの顔に寂しげな色がかかったようにも感じた。どちらに話しかけているのかもわからない。独り言のようにも感じる。
「見取る気なんて、さらさらないからね」
深雪に視線を向けると、何やら難しい顔をしている。深雪もうまく理解できないのだろうか。
その時、深雪の口が動いた。ともすれば見逃してしまうほどの小さな動き。そこから声は発せられなかったが、その口の動き。それだけで、大貴は深雪が何を言おうとしたのか読み取ることができてしまった。
見なければよかったかもしれない。たいした意味があった言葉では無いのかもしれない。大貴の勘違いなのかもしれない。でも、大貴には確信を持って理解できてしまった。何故その言葉を発するのかは理解できないけれど、深雪の表情には、それ以上に適した言葉が見つからなかった。
最後に深雪がにっこり笑って、梅に背中を向けた。大貴もその背中に続く。
「梅おばあちゃんはすっごい物知りなんです。いつもあそこに座ってるだけなのに、この村のことなんでも知ってるんですよ」
「……そうですか」
大貴は曖昧に頷くだけ。大貴の頭の中には、さっきの深雪の言葉が繰り返されていた。
「何を考えてるんですか?」
深雪が大貴の顔を覗き込んでくる。
大貴は尋ねようか尋ねまいか、一瞬迷い視線をさまよわせた。ここでこれを尋ねてはいけないような気がする。口に出さず、言葉を形作るにとどめた深雪の所作からそれは明らかだ。知ってはいけなかったのかもしれない。それでも、今の深雪の穏やかな表情は、さっきの言葉を否定する。あのような言葉を口にして、そのように穏やかな表情でいられるはずがない。それならば、尋ねないほうがよい。尋ねたとしても、笑われるか複雑な表情を見ることになるだけだ。大貴はそう結論付けた。だが、深雪に限らず、この村は何かを隠している。梅によって中断されてしまったが、深雪の言葉を聞く限りでは。
「……いや、さっきの村の話を少し考えていたんです。ですが、腰が折れてしまったなって思って。後でまた話してもらえますか」
「そうでしたね。すみません。ええとどこからでしたっけ」
「いえ、今はゆっくり村を見て回ります。とりあえず、」
大貴はある一軒の店を指差した。お団子のようなものが網の上に置かれている。普通の団子でないことは確かだ。緑色をしている。どうやらこの村でしか売られていないもののようだ。
「あれを、食べてみたいです」
大貴の苦笑した顔を見て、深雪は驚いた顔をし、そしてにっこりと笑った。
「うちの名物の一つですよ。すっごくおいしいんですから」
そう言って、大貴の腕を引っ張るようにして店に向かった。
この場であの話の続きをされても、きっと理解することはできないだろう。深雪の言葉が気になって、脳を揺さぶられている。二つのことを思考するには、脳みそが足りない。適度に噛み砕いて、自分なりに咀嚼しないと何かを考えることはできない。
でも、全ての話が終わったとき、いったい何が起こるのだろうか。真弓の話を聞いた段階では、この村は復讐を心に誓っていると考えていた。自分は狙われているのだと。だけど、村の様子を見る限り、自分は歓迎されているようにも感じる。それが演技とはとてもじゃないが思えない。とてもじゃないが、復讐を考えているようにも思えない。
それに、深雪の言葉。梅の言葉に対する解答。
確かに、大貴は見た。深雪の口が、四つの文字を形作るのを。
「ごめんね」




