お見舞い木曜日。
普段であればまだ眠っている時間。
枕元の時計が示している時間を確認し、二度寝しようとベッドに潜り込もうとして、虫麻呂は自分の体調が悪いことに気づいた。
そして次の瞬間、トイレに駆け込んでいた。
トイレで胃にあるものをあらかた出したものの悪寒は収まらない。目はすっかり覚めてしまっていた。
まずは水を飲もう。
冷蔵庫から水の入ったペットボトルを出してコップに注ぐ。
一杯飲んで、すぐにおかわりをする。
ちょっと脱水症状でているか……。何かに当たりでもしたかな。
昨日の夜、仲間と外で食べた料理だろうか。
それともノノさんが持ってきてくれたキャットフードを食べたのがマズかったのだろうか。
一緒にご飯食べた仲間は大丈夫だろうか。
時間的には失礼のない時間になっていたので虫麻呂はスマホで一緒にご飯を食べた仲間にそれとなく連絡をとってみる。
オハヨー
普段、虫麻呂のほうから連絡をとることが少ないせいか、あっという間に返信がくる。
オハヨウゴザイマス!どうかしましたか?
昨日はごちそうさまでした!オサイフ落としたんですか?
よかった、他のみんなは大丈夫そうだ。そんなに僕がメッセージを送るのが珍しいのか。
虫麻呂さん大丈夫ですか。熱でもあるんですか。
どした?お腹でも壊したか?
約2名ほど妙にするどいヤツらもいる。
別になにも。ちょっと今日、会社休む。
メッセージを送って身体を動かしてみる。ちょっと関節が痛い。
悪寒もするので体温計で熱を測ってみる。
ピピピッと計測が終わったそれが示す数値をみて虫麻呂はこめかみに手をあててぐりぐりする。
38.5度はちょっと高い。
これはちょっとつらいかもしれないな。
病院でニンニク注射打ってもらうか。
ここから一番近いのは上馬かな……。
ピンポーンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
玄関のチャイムが鳴り響く。いったい何ごとかと虫麻呂はインターホンのボタンを押す。
「はい。」
「虫麻呂死ぬなやああああああああああああああああああああああああああああああ」
さあ、病院に行く準備をしよう。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピポポポポピンポンピポポポポピンポ
「卓球かッ!」
しかたなしにインターホンのボタンをまた押す。
「はい。」
「あ、朝早く失礼します。木田です」
「え、木田さん?」
「あと、渋谷のトーレスです」
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トントントントン……。
キッチンからの包丁の音を聞くのはもしかして生まれて初めてではないだろうか。
「まったく、調子が悪かったら夜中でも電話するのが友情ってもんだろ。勝手に倒れやがって」
「いや、倒れてないから」
「お医者さんも言ってたろ。あと5分、遅かったらどうなってたかわからないって」
「そんなこと言われてない」
あれから。
木田さんと春村の襲撃を受けた僕は速攻で病院に連れていかれ、食中毒との診断を受けたわけで。
その場で点滴を打ってもらったので今は多少マシな気分になってベッドに寝かされているわけで。
「今日は一日横になっててくださいね」
木田がキッチンから顔をのぞかせて言う。
「そうそう。色のついた水は今日はやめとけよ。水、今日は水な」
春村も妙にまじめくさって言う。
木田は冷蔵庫に入っているありあわせの食材でなにか作り置きの料理を作ってくれているようだ。
ぱたぱたと動き回る姿はふだん、フロアで見かける元気な姿と変わらない。
「スーツ姿にエプロン……。オトコのロマンだねえ」
「そういうお前もけっこうロマンだぞ」
春村はスーツにエプロン、頭に三角巾を巻いている。
ついでに言えばおかゆの入った土鍋をミトンで持っている。
「……今日は悪かったな」
「みんなを代表してきたんだ。それなりに介抱させてもらうさ」
そう言いながら春村は土鍋の中のおかゆを軽くかきまわす。
「ま、今日は寝ていてくださいな」
「そうだな……。」
休むのも、仕事、か。
「ふー、ふー。虫麻呂。はい、あーーーん」
春村はおかゆの入ったれんげを虫麻呂の口もとに持ってくる。すごくいい笑顔だ。
そんな春村の笑顔から思わず目をそらすと虫麻呂の視界に木田の姿が入る。
木田はキッチンから身を乗り出してやっぱりいい笑顔でスマホをこちらに向けて構えていた。
なんとしてでも完治しないと。
虫麻呂は心に強く誓った。
【おわり】