わたしは此処にいる
多くが戯れる中、真面目にやる程、笑える事はない。
真面目にやる事程、笑える事はない。
真っ暗闇の中で、"蜘蛛宇宙人" は立っていた
――耳を澄ませて
――息を止めて
ただ、立っていた。
声はもう、来なかった。
足音もない
――近づいてくる足音はない。
目覚めてからそれまでずっと続いていた常態を
――例外を挟んで
取り戻してから "蜘蛛宇宙人" は、先程耳にした声が
《聞き違いではなかったか…》
――そう、思い出す。
実際、音の発生源を "蜘蛛宇宙人" は目撃していない
――その事を思い出す。
そして "蜘蛛宇宙人" の耳に届いた様に思われた音は
――山彦の様に
同じ物を再生したりはしないのだ
――そしてそこには振動すら、残されていないのだ。
それは、<前提>のようなものだった。
"蜘蛛宇宙人" は
――暗闇の中
歩きだそうとする。
ライトは、付けなかった
――その時、気がつく
――《手袋の中、汗を掻いている……》
白のマテリアで汚れた手で、白のフェイクファーを触れる気にはなれなかった。
"蜘蛛宇宙人" は本来の目的通りに使用していないライトを
――闇の中
より強く握りしめた。
一歩、前へ。
自分の立てる音が、うるさく思われた。
目は、突然の黒にまだ慣れていない
――周囲は白である筈なのに、白が微塵も見えないのだ
――手袋の白さえ、よく見えないのだ。
暗闇の中で瞼を押し上げていようが
――いるまいが
同じ事だ
――が、"蜘蛛宇宙人" はその時、目を閉じていた。
そして、裸の手を、胸の前方に突き出していた
――恰もゾンビが徘徊する様に。
視界から明瞭さが奪われていても
――行くべき方角は分かっていたから
また一歩前へ、踏み出す。
力強く、
一歩。
泥濘。
足の下の滑り。
見えないと
――トンネルの中
敷き詰められた様に在る白マテリアの泥濘を
――見えていた時より
具体的に感じられる様な気がした
――靴を穿いている為、その感覚自体、錯覚なのだが………。
転びはしない。
「そろ」
「そろ」
と前に進む。
手を壁に突こうにも、壁と自分の距離感がいまいち掴めない。
ただ進む。
目を開けた。
目は慣れない
――いつまで経っても。
あまりにも動作がぎこちない為、這うようにして進む事も考える
――ただ
――膝を濡らす必要性を感じなかった……
――何にしろ
――立ってはいても
――<進む事>は出来るのだ…
――最低限……。
状況が可視であると
――歩行可能範囲がいくら狭くとも
“歩を進めるのは容易だった”
と "蜘蛛宇宙人" は歩きながら思う
――“いまより”。
一歩が、より注意深くなっていた。
突然
――途中
立ち止まる。
背後から、音は来ない
――前からも、ない。
再び "蜘蛛宇宙人" が歩き出す
――突然、爪先に何かあたった。
鈍い音。
"蜘蛛宇宙人" は
「びく」
と立ち止まった。
その<何か>は遠ざかっていた
――音の名残を残して。
無生物の様だった。
重さのあまり無い、小さな物だった。
"蜘蛛宇宙人" は腰を落とさず、手探りした。
三歩進んだところで、<それ>を踏みつけた。
明らかに白のマテリアと違う素材で出来た物だ
――“固い”
――それは、靴の上からでも、わかった。
触れてみる。
細長い棒
――金属に近い素材だ。
その棒を握って、長さを確かめる。
長すぎはしない。
棒の先に、突起があった。
それは棒と同じ素材で出来ていて、
《棒より幅がある物だ》
――と思ったら
先に向かうに連れて、細くなっていった。
先端は尖って、終わっていた。
"蜘蛛宇宙人" は黒の中で、耳を澄ませる。
背後から追いかけてくる声はない。
音はない。
風もない。
手袋を嵌めた
――蒸れた
手で、ライトを灯した。
背後を確認する。
トンネルの奥、誰も来ない
――先からも
――誰も。
"蜘蛛宇宙人" は、握った物を見た
――スコップであった
――スペードの部分には、白のマテリアが点々、こびり付いている
――スクープ部分にある<それ>は、白い苔の様に見えた
――ただ、動きは、ない。
スコップを手にして
――裏返したりして
思い浮かぶ疑問は
「何故ここに?」
ではなく、
「誰がここに?」
であった。
しかし、それを考え始めると、問題は手の中握る<スコップ>に関してだけでは収まらない事を "蜘蛛宇宙人" は理解していた。
"蜘蛛宇宙人" が置かれた状況に於いて、問題はすべて繋がっていて、ひとつである。
<スコップ>がそこに在る事、そしてそれに対する疑問は結局、その<問題>を別の言い方にしただけで、本質的には同じ事だ
――そしてそれを明らかにするには
――その時点では
――材料がまだ、不足していた。
スコップを吟味しながら "蜘蛛宇宙人" は、表情を変える。
「Ω」
――の事を思い出したのだ
――しかし、来た道を戻ろうとは思わなかった様だ。
<スコップ>を
《持っていれば、何かの役に立つだろう………》
すぐに "蜘蛛宇宙人" は歩き出す
――片手にライト
――もう片方にスコップ。
スコップを
――杖の様に使い
地面を突くと
「ぐさ」
と大袈裟な音がした。
そして、"蜘蛛宇宙人" は思う。
《この、壁の白い [マテリアの] 層は、そこそこ厚みがありそうだ……》
そう考え終わらない内に、次の曲がり角が見えた
――また、左が翳っていた。
そこは
――「Ω」のあった場所と同じく
L字型になっていた。
そして
――前と同じく
道は左へ折れていて
――正面、まっすぐ進む事は出来ない。
白い壁がある。
《まっすぐは、行き止まり
――曲がるしか進む方法はないのだ》
――ダンジョンの構造上…。
よって、"蜘蛛宇宙人" はそうした
――そこで、そうした。