わたしは此処にいる
"蜘蛛宇宙人" は、無視した。
<continuum hypothesis>について相手に説明する事が出来たが、そうしてやらなかった。
「そうだ…」
――上から目線で、そうして<やらなかった>。
――――――――――――――――――――――――
何度もレベルを下げてやった。
何度も教えてやった。
その時、相手から対価が返って来なくとも
――別に
良かった。
<無>が返ってくるなら、別に構わなかった。
しかし――必ず損が返ってくるのだ。
相手だけ得をする――しかし、得するだけではないのだ。
得した<奴等>は
――その<得>を持って
攻撃を仕掛けてくるのだ。
石器を使う "それら" は、与えられた<火>を応用する
――火を使って武器を尖らせ、与えた者にその刃を向ける。
人々はそうする――そして、人々は共感される。
そして共感こそが、"それら" の基準なのだ。
その基準の中、"蜘蛛宇宙人" は人々から常に弾かれる道を選んだのだ。
――――――――――――――――――――――――
"蜘蛛宇宙人" は "運転手" に恨みはなかった。
憎しみはなかった。
しかし、相手は持っている事を知っていた
――感情を。
そして――"蜘蛛宇宙人" は、それをどうする事も出来ない。
ダンジョンの中――たった二人。
"鳥頭" に過ぎない――それでも、足がある。
嘴に過ぎない――それでも、声がある。
無限ループを歩むピーディース。
空虚に己を響かせるボイス。
出ると渡り――
かき消える。
そして――
ダンジョンを何も動かさない。
発生に伴い、白マテリアの小片が剥がれたり、落ちたりする。
しかし、それがダンジョンの構造を変える事はない。
システムを明らかにする事はない。
"蜘蛛宇宙人" は、
「continuum hypothesis」
という単語を
――ティップとし……
ダンジョンのモデルを少し理解していた。
《それで十分だ………》
"蜘蛛宇宙人" は、無視をしていた。
言葉を返さなかっただけではない――
視線そのもので、無視した。
そして――
手に持ったスコップをコンクリートに横たえた。
スコップは、漏斗状の地点(A)地面に溜まった雨の中、沈む……
――音もなく
――浅く。
それから
――"蜘蛛宇宙人" は
ライトを膝で挟んだ。
両手がフリーに為る。
最後に――タブレットの縁を両手で掴んだ。
背後から、声が降り注ぐ。
「ねぇ、"ルィェ" さん――
その『こんてぃにゅー』とかいうヤツの意味、知ってんでしょ?」
「俺はどうも英語は弱くてね」
「ほら、俺って、理系だから」
「うちはね
――貧乏だったから
学校に行けなかったんです」
「俺だって
――金さえあれば
英語くらい…」
「俺は "ルィェ" さんが子供だった頃にはもう、お父さんの会社で働いていたんです」
「学校に行っていた頃だって、頭が悪い訳じゃなかった」
「クラスで一番とった時だってあった」
「俺だってね――金があれば出来たんですよ」
「金さえあれば……」
"蜘蛛宇宙人" は思い出していた――
"華"氏 が以前、言っていた。
「こんなの誰だってすぐ思いつくよ――
時間さえあれば。
俺は他の事に忙しいから、やんないけどね。
俺だって時間さえあれば………」
"金"氏 も言っていた。
「わたしも生まれた環境さえ良ければもっと頑張りましたよ――
環境さえ良ければ……」
"ジュネス・ドレ" が言っていた。
「兄貴には俺の気持ちなんかわかんないよ!
努力しないで何でも出来るヤツには、
出来ない俺の気持ちなんか
わかんない!
自分だって、才能さえあれば――」
――――――――――――――――――――――――
皆、"蜘蛛宇宙人" の努力を否定しているのだ。
何もせず――
否定しているのだ。
肯定するには、セルフを否定しなければならないのだから。
雨より熾烈な言葉達。
かわききったセンテンス達。
"それら" が認める事などない。
"それら" が認める事など――ない。
――――――――――――――――――――――――
"蜘蛛宇宙人" は待った。
タブレットには、文字が在った。
在り続けていた。
そして――それを灯す光が在った。
在り続けていた。
"蜘蛛宇宙人" は膝で挟んだライトを
「ぱち」
と消した。
突然、地点(A)は暗くなった。
「よ…どしたんで……」
と、声だけ響く。
しかし
――場所は
完全な黒にはなっていない。
"蜘蛛宇宙人" の手の中には
――まだ
微かに光が灯っていた。
その
――タブレットから漏れる
<微かな光>の中に、まだ文字が――
リンガリング………。
なくなる気配はない。
「ふ」
と、限定された領域を示して燈り
――同じ場所にて留まる
光と
――その光の中で自身の存在を示す
文字が
――暗闇の中
浮いた。
浮き続けた。
上昇する。
「らんぐさむ……」
――と。
一定の速度で。
平面的<微かな光>とその中の文字
それら二つの
――持続する
直線的、垂直な浮遊は
――空中
――ある地点に到達すると
軌道がずれた。
それでも
――カーブを描きながら
上昇を続ける。
そして
――ある一点で
移動は止まった。
そこは
――大規模な黒の中
"蜘蛛宇宙人" の頭上に位置していた。
エイペックスを照らしていた。
場所に音は、何もなかった。
間。
突然、光と文字が動き出した
――来た道と同じルートを辿るのだ。
サッチ――リターン…。
より速く――
より速く――
そして――
動き続け――
加速し続け――
割れる音。
そして地点(A)は――
アブソリュートな暗闇
――だけと為る。
暗黒。
その中でただ潜む "蜘蛛宇宙人" の頭の中には――
地点(B)に在った<頭蓋骨>
――のイメージが在った。
"蜘蛛宇宙人" は闇の中で
――頭の中で……
白く
――丸い
頭蓋
<それ>
――を見つめていた。
そこには<哀しみ>が在る。
しかし――
誰も見る事はない。
誰も読む事はない。




