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わたしは此処にいる

 手袋を嵌めた手にはライト

 ――そして

 何も持たない方の手を、壁に突いて進む "蜘蛛宇宙人"

 ――そのヒトの胴と

 ――空手の方の腕

 ――その間

 ――腋に直角を作った時

 ――さらに盛り上がる

 ――パフスリーブ肩。




 「ω」




 道。


 通過してきた道と同じ様に見える道。




 「ω」




 "蜘蛛宇宙人" に、恐怖は、なかった。


 トンネルの中、

 息苦しくは無い

 ――暑くも

 ――寒くも

 ――ない。


 音は無い

 ――自分が立てる以外は。


 風はない

 ――感じない。


 痛みは

 ――もちろん

 ない。


 湿気はある様で…

 ――"蜘蛛宇宙人" は、締めた腋に汗を感じる。


 水滴にならない――べたつき。


 それは焦燥感故に生じた現象ではなかった。




 歩く。




 「ω」




 歩く "蜘蛛宇宙人" は

 ――ちょうど通過したばかりのL字型曲がり角……

 ――そこにあった


 「Ω」


 を思い出す事はない

 ――それは

 ――歩き続ける "蜘蛛宇宙人" が考える事に於いて

 ――優先順位の低い素材であったから………。




 歩く。


 空手が壁に、跡を残す。


 「ω」


 を残す

 ――歩幅に合わせて。


 プリントする時、


 「えにぇ」


 と音がする。




 「ω」




 壁から "蜘蛛宇宙人" の手が離れると

 ――"蜘蛛宇宙人" の身体は前進し

 ――跡だけは、同じ場所に留まる……

 跡を付けない手に握られた先から長く伸びる光、その届く範囲から手形はすり抜け

 ――落ちこぼれ…




 闇の中。




 そしてまた新しく、


 「ω」




 歩く "蜘蛛宇宙人" は、笑わない。


 "蜘蛛宇宙人" は、壁に残した手の跡

 ――その両サイド

 に、点を付けたりしない。


 ウムラウト記号を付ける遊び心もない。


 ただ

 ――黙々と

 進むだけ。




 「ω」


 「ω」


 「ω」


 「ω」


 「ω」


 「ω」




 「!」




 先で<何か>が動いた気がした。




 立ち止まる。




 ライトを照らす

 ――注意深く照らす。




 何もない――黒と白以外は。




 「ふ」


 と、"蜘蛛宇宙人" は背後を確認する。


 それまでの道程と、それからの道程

 ――見えている部分に

 変わった所はない様だ。




 その時になって

 ――はじめて

 "蜘蛛宇宙人" は、一抹の不安を覚えた

 ――不安には、冪等の法則が働いている

 ――しかし…

 ――"蜘蛛宇宙人" の<それ>は例外……

 ――自乗した時、名前を変え………

 ――別のクラスに為るのだから。




 "蜘蛛宇宙人" は歩を再開する

 ――ペースが落ちていた。




 「ω」


 「ω」


 「ω」




 再びトンネルの白い円の中、左だけが陰り始めた。


 次の分岐点が見えたのだ

 ――実際

 ――また

 ――左の方向へ、道が折れている

 ――それが進む度に、確認される。




 無限ループの可能性を考える事はない

 ――まだ……

 ――そして…

 ――無限ループ的状況があろうとも……

 "蜘蛛宇宙人" は、それに嵌る様な<タイプ>ではない。




 「ω」




 歩けど、正面先に白い壁が現れる事はない

 ――白い外円に囲まれた黒い丸

 ――経済学者なら『不可視の手によって塗り潰された』と表現するだろう、黒い円。


 「ω」


 「ω」


 「ω」


 「ω」


 「ω」


 「ω」


 「ω」


 ――そして曲がり角。




 道は

 ――骸骨のあった分岐点と同じ様に


 「⊥」


 の形になっている。


 そこで "蜘蛛宇宙人" は、同じ問題に立ち向かう――




 <まっすぐに進むか?>




 <左へ曲がるか?>




 <見る>だけでは、“先に何があるか”、予想がつかなかった。

 しかし

 ――単純に考えると

 ――そこを左に折れると

 骸骨のあった分岐点で "蜘蛛宇宙人" の選ばなかった道 [左の道]、

 “その先に繋がっているかもしれない”

 と、"蜘蛛宇宙人" は予想していた。


 そして目覚めた地点

 ――デッドエンド

 に於いても "蜘蛛宇宙人" が選ばなかったあの道 [左の道]、

 そちらに

 “近づく事があるかもしれない”

 とも考えていた。




 "蜘蛛宇宙人" は立ち止まっていた。




 そのT字路の曲がり角

 ――左へ折れる道

 ――その両側にある曲がり<角>の部分

 には

 ――前の分岐点にあった

 「Ω」は、なかった。


 "蜘蛛宇宙人" は、不思議に思う。




 その時

 ――突然

 声が聞こえた。




 叫び声だった。




 山彦の様に

 ――幾重にも

 響かなかった。


 具体的に何を言っているか "蜘蛛宇宙人" が把握可能な程、音はクリアではない

 ――距離も、ある。


 連続した「あ」の一塊

 ――その様に、聞こえるものだった。


 不明瞭なその中に、ひとつ明確なものがある。


 <苛立ち>があるのだ。


 怒声

 ――苛立つ者が苛立ちを表現する時、誰もが隠しながらも滲ませる救助要請

 ――求めながらも遠ざけようとする背反

 ――そして第三者がその苛立ちを読み解く時………

 ――《対岸の火事……》

 ――表現による暴力

 ――その熾烈さだけを受け、解釈する…

 ――《<解釈>だけ、する……》

 ――迂回して、その背後にある物を見ようとはしないが………

 ――そして単純に

 ――表層を

 ――<深く>見ようとする……

 ――いくらペネトレイトしようとも…

 ――骨まで到達しないにも関わらず……

 ――髄などもっての他………

 ――その先など……

 ――そしてそれがどの様に

 ――どの様な形で

 ――発されようと…

 ――他に届ける時

 ――デジタルに加工すれば……

 ――0とSの集合体である事を見ないものだ………

 ――見ないものだ…… [言うまでもなく、Sの総量は0の倍ある]

 それが、そこに、あった。


 その<苛立ち>は

 ――トンネルを通って

 "蜘蛛宇宙人" に

 ――ダイレクトに

 届いた。




 "蜘蛛宇宙人" は怯まない。




 左の道

 ――その奥

 から、声は来た。




 再び――「苛立ち」。




 《奇声》。




 "蜘蛛宇宙人" は、駆け寄ろうとはしない。




 声は止んだ。




 "蜘蛛宇宙人" は、ライトを


 「パチ」


 と消した。



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