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わたしは此処にいる

 道は――泥濘。

 白い――泥濘。


 上も――泥濘。

 下も――泥濘。


 左右も――泥濘。

 ただ――前後だけ…


 例外。




 円筒の中を

 ――スムーズに

 進むには、足場が足らない。


 二足歩行を自由に行うに

 ――道幅は

 十分ではない。


 道幅自体は十分でも

 歩行可能な場所は狭い

 ――極端に狭い。


 一歩

 ――その先

 ――直線上

 また一歩。


 踵に爪先を当てる様に

 ――"蜘蛛宇宙人" は進む。


 進む


 ――手袋を嵌めた手に、ライトを持って。


 足元から立つ


 「ぐちゃり」


 「ねっちゃ」


 と卑猥な響き。


 《小片は指先で簡単に砕ける物なのに……》


 靴の裏にへばり付き

 ――靴を縁取る

 白いマテリア。


 より乾いた物は、落ちていく

 ――塊になり、落ちていく。


 《靴の面積より、はみ出た分は、そうなるのだ………》


 そこに、落ち葉の舞う様な


 「はらはら」


 は、ない。


 輝きは、ない。


 音のない――粘着質なサッド。


 空間に詰まった湿気

 ――それ程、不快な物ではない

 ――汗ばむ程、歩いていない身には……。


 "蜘蛛宇宙人" は

 ――足場を照らしながら歩く上で

 どうしてもバランスを取るのが難しいようで…

 ――しばしば

 空手を壁に突く。


 そこに手跡が残る。


 そして跡を作る時にマテリアは少量、壁から離れ

 ――塊が落ちていく。


 直下する物もあれば

 ――滑り

 ――転がり落ちる物も……。


 それは音を発しなかった

 ――または、前進を続ける "蜘蛛宇宙人" の足音で、消されていた。




 ライトで

 ――逐一

 先を確認しながら進む。


 先に見える物は

 白い円

 ――そして

 真ん中の黒。


 同一の白い円周に包まれた、丸い黒。


 ――金太郎飴の様に

 永遠に続きそうな

 道。




 しかし

 ――それほど長時間進まない内に

 ――途上

 変化が現れた。


 "蜘蛛宇宙人" はライトで照らす。


 ずっと続いていた白の円のうち、左だけ

 ――まるで突然欠けた様に………

 白では無くなった

 ――翳っていた。


 "蜘蛛宇宙人" は見間違いかと思った。




 近づけば近づく程、左にあるその場所だけ、陰を濃くしていく。




 道は左に折れているのだ。




 だからといって

 ――"蜘蛛宇宙人" にとって正面に当たる

 道が途切れている訳では無い。


 そこは分岐点だった。


 左に折れる道

 ――直線的に進む道。




 "蜘蛛宇宙人" は分岐地点に辿りつく。


 その場所は

 ――それまでの画一的道と違い

 足場が広くあった

 ――広すぎはしなかった。


 地面はそれまでと同じく、白いマテリアでぬかるんでいる

 ――壁も

 ――天井も

 ――すべて。


 新たに現れた左の道も

 ――それまでと同じ様に

 白く丸いトンネルだった。


 まっすぐ伸びている道も、白く丸く、在り続けている。


 ロールケーキの中身だけを食べた様な<筒の道>。




 "蜘蛛宇宙人" が、そこでライトを振り回している

 ――と途端、<骸骨>を見つけた。


 "蜘蛛宇宙人" から見て、右の壁の中に、あった。




 トンネルを形作っている白いマテリアの中、沈み込む様に、骸骨があった

 ――柔らかなクッションに沈む怠惰な格好で、骸骨があった。


 半分、塗れていた。


 服は着ていなかった。


 腰から下、骨はない。


 頭蓋骨は上を向いている。


 肉のない、落ち込んだソケット。


 "蜘蛛宇宙人" は、目線を追った

 ――天井に、変わった所はない様だ。


 "蜘蛛宇宙人" は、骸骨のボディを観察する

 ――肋骨の背後に、<何か>、ある。


 白ではない<何か>。


 灰色の、<何か>。


 灰色の<角>が見える

 ――直角だ。


 指で、その周囲を掘ってみる。




 そこそこ大きさがある様で、その大部分が胸骨の背後に隠れてしまっている。


 "蜘蛛宇宙人" は骸骨を


 「ぐい」


 ――とグリップして、引き寄せた

 ――そうする "蜘蛛宇宙人" に、グリップはない。


 骸骨は壁から剥がれる時、クリスプな音をたてた。




 "蜘蛛宇宙人" は

 ――剥がす時に落ちた物を再び壁に埋め込み

 ――乞われるまでもない……

 ボディを浮かせてから、<灰色の何か>を取り出す

 ――指で穿る様に、引っ張り出す。


 出てきたそれは、手の平よりも少し大きな

 ――A4サイズより小さい

 タブレットであった。


 何も書かれていない。


 "蜘蛛宇宙人" はタブレットを裏返した。


 そこも――空っぽ


 ――だと思ったら…


 文字があった。


 ヘッダーの辺り

 ――タブレットの上部左端に


 「Gottlob」


 と書いてある。


 最後

 ――フッターの部分

 ――右端に


 「q. e. d.」


 と書いてあった。


 そして、その

 ――署名の様に書かれた


 「q. e. d.」


 ――その文字の上、一本の線が横切って、走っていた


 ――否……

 よくよく見ると

 ――その線は直線ではなく

 先が折れ曲がり


 「¬」


 の形であった。




 それだけだった。




 "蜘蛛宇宙人" は、タブレットの表面を

 ――さらに丹念に

 撫でてみた。


 白いマテリアが払いのけられると、タブレットの表面は少し凹んでいる様に思われた

 ――まるで、誰かが抉ったかの様に。

 ただ工具を使って削ったというより、やすりをかけた様な、微かな凹み方だった。

 それは、タブレットの素材を利用する為に削り取るというより、文字だけ消す、そんな作為の跡だった。




 それだけだった。




 それだけだった。




 "蜘蛛宇宙人" はタブレットを骸骨の上に乗せ、先に進もうとする。




 《左へ行くか?》




 《まっすぐ行くか?》




 頭蓋骨は、左の道を、まっすぐ見ていた。


 "蜘蛛宇宙人" は、そちらに行かない事に決めた

 ――決めた時には、もう歩き出していた。



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