表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

カラマリ始まり


 しばらく海で遊んで、お昼頃。

 タクローがお腹を抑えながら歩いてきた。

「どうしたの?」

「いや……腹減ってな。飯食わないか?」

 遠くの時計を見ると、時間は十二時を過ぎていた。

「そうだね……ヒマリ、良いかな?」

「いいよ、私もお腹空いてるし」

 あははとお腹に手を当てた。

 僕も結構、身体に来ているものがある。

「じゃあ、屋台巡りかな?」

「賛成だぜ!」

「賛成!」





 落ち着いて食べられる場所を探して、僕らは海岸の端の方まで歩いてきた。奇しくも、昨日アミアと夕焼けを見た岩場の近くだった。小さな岩ばかりだったのが、端に行くにつれて段々と背の高い岩が増えてくる。この先をさらに行けば、岩に囲まれて洞窟まで佇んでいる。ただ危険だから侵入は厳禁。満ち潮になれば帰ってこられないそうだ。

「この辺でいいだろ! 腹減って仕方ねえ!」

 どかりと近くの岩に座り込む。早速プラスチックの容器を開けて、焼きそばが一瞬で空になった。

「早いって」

「そうか?」

 その上すぐに別の食べ物に取り掛かる。……見てるだけでお腹いっぱいだ。僕の焼きそばも上げてしまおうか。

「……タクロー、随分買ったんだね」

 ヒマリがタクローに呆れた声を掛ける。

「ふっ! 成長期は食わなきゃ損だぜ? ヒマリお前……そんなんじゃ成長しないぞ?」

 そんなん、と言われたヒマリは焼きトウモロコシだけしか持っていない。

「い、いいの! ……トウモロコシ好きなんだから!」

「あれ、そうだったっけ?」別段トウモロコシが好きだって印象は無かったけど。

「さ、最近好きになったの!」

「あーそうなのか。俺はてっきりダイエッ」

 そこまで言ったタクローは高速で放たれた回し蹴りによって意識を失い砂浜に倒れた。

「ふう…………あ、タクロー! どうしたの、大丈夫!?」

 なんて白々しいんだ。

 底知れない女性の怖さに(おのの)いていると――岩場の方から視線を感じた。反射的に視線を向けると、遠くで麦わら帽子を被った白髪の女の子と目が合う。

 ……そんなところで何をしているんだいアミアさん。

 アミアは慌てて両手で×(バツ)マークを作って、二回強調してから岩の裏にかがみこんだ。気にしないでください! ってことかな。

 中々難しい事をおっしゃる。

「ごめんヒマリ、ちょっと待っててくれる?」

「ん、どうしたの?」

「ちょっとね。すぐ戻ってくるから」

「ふうん?」

 首を傾げるヒマリに僕は背を向け、くねくねと岩を避けながらアミアの元まで歩いていく。アミアは麦わら帽子に、いつもと同じ白いワンピースを着てしゃがみ込んでいた。

 僕の姿を認めた途端勢いよく立ち上がって、すぐに頭を下げる。

「ご、ごめんなさい! すぐに戻るつもりだったんです!」

「大丈夫、別に怒ったりなんかしないよ。それよりわざわざ来るってことは……何かあったかな」

「いえ! そうじゃなくって……どうしても、気になっちゃって。どうしただかは分からないんです……けど」申し訳なさそうに僕を見る。「迷惑でしたか……?」

「いや、僕もちょうど心配してるところだったから良かったよ。……まだお昼ご飯は食べてない?」

「は、はい」

「じゃあ、これ。食べる?」

「食べます!」

 焼きそばを見せると、目を輝かせて頷いた。やっぱり、こういうのがアミアらしい。

「――あの、さ。アミア」

 焼きそばを受け取ってホクホク顔のアミアに切り出す。どうもスムーズに言葉が出ない。アミアが不思議そうに首を傾げる。

「はい?」

「ごめんね、一人にしちゃって。……困るかなとも思ったけど、謝らないと気が済まなくて」

 アミアは一度目を丸くしてから――こらえきれないように噴き出した。

 なんだ? 謝ったら笑われるなんて。僕は戸惑うしかない。

「す、すみません。言うだろうなーと思ってたら本当に言ったので……!」

 笑いすぎて出た涙を拭いながら切れ切れに言う。

 僕は分かりやすいのか。なんだろう……変なところで落ち込んでくる。

「大丈夫です!」きっぱりとアミアは言った。「全く気にしてないって言ったら嘘になりますけど……でも大丈夫です!」

 もうその事は割り切ったと真っ直ぐな笑顔を見せる。

 なんだか情けなくなるな……僕より男らしいじゃないか。

「――でも、ひ、一つだけ気になることがあるんです」

 アミアは、今度はとても言いづらそうに視線を横に逸らす。

「何?」

「じ、重大なことなんです!」

「は、はい」謎の気迫に気圧(けお)される。

「えっとその」周りに誰もいない事を確認して、「な、ナギサさんはあのご友人の(かた)とごにょごにょ」……それでも声が小さくて最後が聞き取れない。

「……えっとごめん、最後の方だけよく聞こえなかった。あと、友人ってどっちだろう、それとも二人?」

「女性の(かた)です!」

「ヒマリが……どうしたの?」

「ヒマリさんって言うんですね……」

 アミアは何秒か葛藤するように焼きそばの容器を握りしめる。

 焼きそば飛び散りますよ。プラスチックの悲鳴が聞こえてきそうだ。

 本格的に焼きそばが爆散しそうになった辺りで、アミアは突然顔を上げた。

「な、ナギサさんはヒマリさんとお付き合いをされているんでしょうか!?」

「へっ……?」長い言葉に戸惑って、一瞬固まってから、もう一度脳内で言葉を再生して、「へっ……?」もう一度言った。

 アミアは顔が真っ赤だけど、言葉を取り下げる気は無いようだった。緊張で焼きそばの容器を握り潰し、じっと僕を見つめている。

「とりあえず……焼きそば君を(いた)わってあげて」

「え――あ、うわわ!」

 慌ててアミアは焼きそばを放り投げ、何度か弾き飛ばしてから、見事無事にキャッチした。

「はあ……危なかったです」

 安堵のため息をついて、大事そうに焼きそばを抱えこむ。

 質問はちょっと、正直なところ驚いた。なんだよその台詞。まるで――

 僕は出来るかぎり平静を装う。

「まあ……あれだね。僕とヒマリは付き合ってないよ」

「ほ、本当ですか……?」

「本当ですよ。でもどうしてそんな――」

「ナーギーサー? 誰と話してるのー?」

 ヒマリの声。岩からヒマリの影が伸びている。

 残念……時間かな。

「じゃあ僕はそろそろ行くね」

「はい……!」

 麦わら帽子にぽんと手を乗せて、僕は手を振る。

 アミアはにこにこと、とても嬉しそうな顔で手を振りかえしてくれた。





「あ、ナギサ! 誰かいたの?」

「ううん? 誰もいないよ」

 僕は何食わぬ顔で首を振る。

 ヒマリは「え?」と疑わしげに僕を見る。

「話し声が聞こえたと思ったんだけど……」

「気のせいじゃないかな?」

「えー、怪しいなぁ……」

 じとーっとした視線を向けられる。

 冷や汗を気取(けど)られるわけにはいかない。

「た、タクローは?」

「タクロー? ちゃんと思った通り復活したよ」

 思った通りってなんだ。

「それより……本当に誰もいなかったの?」

 ゆっくりと言ったヒマリは、驚くほど真剣な目をしていた。

「え――いや」

「この前一緒に帰った時、ナギサ途中で突然慌てだしたよね……あれはなんだったの?」

「なんでも……なかったよ」

「嘘」

 ぞっと背筋が冷えた。

 ヒマリは視線を逸らさない。僕は視線を逸らせない。口の中が渇いている。戸惑いと恐れと躊躇(ためら)いと申し訳なさで、思考がごちゃごちゃに絡まっている。

「何年一緒にいたと思ってるの……? 実はね、朝に会ったときから思ってたの。ナギサがいつもと少し違うって。たまにぼおっとするし、何か心配事があるみたいに見えた。でも今はそれが無いの。……どうして。言って?」

 いつの間にかヒマリは僕の肩を強く掴んでいた。その腕が不安で震えていた

 何も言えない。凍りついたみたいに、僕は全く動けない。

「……どうして黙ってるの?」

 揺れる瞳は、僕の蒼白な顔を映している。

 話してしまおうかと思った。話せばいいじゃないか。やましいことは一つも無い。

 ――なのにどうして、僕の口は開かない?

「……わかっ、た」

 そっと肩から手が外された。諦めたように、落胆するように、ヒマリは口を引き結んで背を向ける。

 ああ。何年一緒にいたと思っている。それは僕も同じだ。

「……聞こえたんだ。声」

 口から出た声は僕のものじゃないみたいだった。何日も声を出していなかったみたいに、かすれていた。

 ヒマリは背を向けたまま、洞窟がある辺りに目を向けた。

「――感情なんて消えちゃえばいいのにね。ううん、そこまで行かなくても、抑えられればいいのにね。……どうしてなんだろう」

「……いつか、必ず話すよ」

 ヒマリが笑う気配がした。振り向いて、いつも通りの声で「許してあげる」と笑顔を見せる。「……洞窟なら、誰にも見つからないかな」

「え?」

「ううん、なんでもない」

 ヒマリは首を振る。

「おー、ナギサー」言葉の意味を尋ねようとした時、タクローが現れた。「なあ、俺さっきまで何してたか覚えてねえか? 何か思い出そうとすると頭に痛みが走るんだよなー」

 記憶無くなってるじゃん!

「えー? 何もおかしいことは無かったよー? ねー、ナギサ?」

「はい! 何もございませんでした!」

 ……思った通りってそういうことなのでしょうか。

 そんなことを美しい笑みのヒマリに聞けるわけもなく、僕は黙って頬を引きつらせるのだった。





 ――それは夕日が空を覆う帰り道のことだった。

 冷えてきた風を受けながら、僕らは三人でコンクリートを歩く。

 その頃はもう、僕らは疲れてくたくたになっていた。

「ああ……もう疲労度有頂天だぜ」

「よくわからないよそれ」

「じゃあ怒髪天(どはつてん)

「怒ってるみたい」

「んあああ!」タクローが髪をかきむしる。「ナギサ! なんで誰も俺とお茶を飲んでくれないんだ! 一杯くらいいいじゃねえか!」

 結局ナンパは全て失敗したらしい。

「何て誘ったの?」後ろのヒマリが聞く。

「お姉さん。今ならお茶に俺がついてきますけどいかがですか?」

「…………」「……それは無理じゃないかな」僕ならいらない。

 ぐあああとタクローは頭を抑える。

「じゃあ、僕はここで」

 分かれ道で、僕は二人に手を上げる。

「おー、ナギサはもう帰るか? もう少し遊ぼうかと思ったんだが」

「うーん、ちょっと疲れてるから。また今度遊ぼうよ」

「……ナギサ、大丈夫? 結構顔色悪いよ?」

 ぎくりと僕は後ろを振り向く。ヒマリは心配の色を(にじ)ませた目をしていた。

「大丈夫、だ、よ――」

 言った途端、歯の根が鳴り始めた。がちがちとうるさくて止まらない。

 ここまで耐えてきたのに……っ!

「おい!?」「ナギサ!」

 鼓動がやけに大きく聞こえる。体中に鳥肌が立ったようにぞわりとした感覚。

知られたくない知られたくない知られたくない。怯えて見上げた二人の顔が、揺れてぼやけてぐるぐると判別がつかない。何か叫んでいる。でも何も聞こえない。僕は大丈夫だから。そんな声が出ない。


 ――後少し、だったのに。


 闇が僕の意識をからめ捕る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ