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夏の冷えた海へ


 朝、例のごとく早く起きて、海に向かう。

 ボトルメールの返事は無かった。

 僕はため息もそこそこに、急いで家に戻る。


 アミアはまだ寝ていた。

 寝たふりをしているのかもしれないと思った。

 残念な気持ちと安堵する気持ちが同時に生まれて、僕は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「……朝ごはんはテーブルに置いておいたから、温めて食べてね。お昼ご飯は冷蔵庫にお弁当を作ってある、これも温めてから。よかったら食器は洗っておいてくれると嬉しいかな」

 もぞ、と布団が動いた。

 僕は何か言おうとして、何を言うべきか分からなくなる。

 代わりにため息が出た。

「……行ってきます」

 結局それだけを言って、僕は部屋を出た。





「おはよナギサ!」

「おうおう、遅いぞー!」

 待ち合わせ場所である見知った公園に行くと、既に二人は着いていた。二人ともサンダルを履いて、薄い服を着ている。ヒマリは木陰で服に手で風を送っていて、タクローは袖を限界までまくりギラギラ輝く日光を黒い肌に受けていた。

「ごめん少し遅れた。……えっと、タクローは丸焼きにでもなるつもりなの?」

阿呆(あほう)! 日に焼けた男の方がイケてるから焼いてんだよ! ナギサお前も焼くか?」

 ぐっと差し出した腕はもう日焼けで真っ黒だ。……それなのにまだ焼くのかと思わなくもないけど。

 ちらりと自分の腕を見る。確かに細いし白いし、はっきり言って情けない。

 ……ちょっとだけなら。

「……ナギサ、別に付き合わなくてもいいんだよ?」

 ヒマリが木陰から出てくる。

「い、いや別に日に焼けたら僕もかっこよくなるかなとか考えたわけじゃなくて」

「本音漏れてるよ?」

「う」

 僕のぴたっと止まった表情にヒマリが噴き出す。

「タクローもそれ以上やったら細胞絶滅するよ?」

「何!? ……いや、脅しには屈しないぜ。俺は焼く! 焼き続けるんだぁぁぁ!」

 主旨を見失っていないか心配だ。

「まあタクローは放っておいて……ナギサ行こうか?」

「うん」

「俺はっ! 肉体をっ! 焼き続けるっぅぅう!」


 僕らは海に向かった。

 歩きながら、アミアは今頃朝食を食べているのかなとぼんやり思った。





 予想していたことだけど、早朝とは違って海辺には人が大勢いた。海の家とか、商店街の人たちの露店も賑わっているようだ。

 ヒマリは手で顔に影を作っている。

「うわー、いっぱいだね」

「そうだね。夏場は毎年だけど、すごいや」

 時間は朝の十時頃。まだ人は増えてくるだろう。夏場の観光客はいつも多い。小さい町ではあるが、海は綺麗だと評判が良いそうだ。

 海が綺麗なのは、海の民が暮らしている事と関係があるのかもしれない。今度アミアに聞いてみようか。

「それにしても、タクロー僕らの場所分かるのかな……」

「俺ならここにいるぞ?」「タクローなら横にいるよ?」

「うわっ!? しかも何でもう着替え終わってるの!?」

 いつの間にか横には黒く焼けた巨体があった。しかも水着に着替え済み。

「ふ……一分一秒たりとも時間は無駄に出来ねえからな」

「ちなみに何の?」

 無駄に恰好をつけて、タクローは目を閉じる。

「愚問だな。女の子を探す――泳ぐことだ」

 十割ほど出てる。

「まあ、そんなことだろうと思った」

 呆れ顔でヒマリは腰に手を当てる。

 タクローは全く気にせず、僕らに手を上げた。

「じゃあ俺は行ってくるぜ! ――ヒャッホォォォォォオ」

 叫び声を迷惑にまき散らしながら、あっという間に人込みに吸い込まれる。

 足速いなぁ……。

 取り残された僕たち二人。

「……私たちも着替えよっか」

「……そうだね」

 何もしていないのに、なんとなく疲労を感じた。





 更衣室を借りて、水着に着替える。

 外ではじりじりと眩しい太陽が大活躍だった。砂浜もそれに熱されて、サンダルの隙間から躊躇なく足の裏を襲ってくる。

「――ごめん、待った?」

 ヒマリの声がして振り返り、僕は一瞬熱さを忘れた。

「えと……似合ってる……かな?」

 恥ずかしさから体を縮めるようにして、照れるように小さく笑う。

 ヒマリは黄色い、フリルの着いたビキニを着ていた。覆われた以外の白い肌を太陽に晒して、頬だけはほんのりと赤く染めている。

 左の腕を右手で落ち着かないのかしきりに(さす)って、少し肩を縮めて、僕の足元あたりを見て。

 小さい頃から一緒にいるけど、こういう物を着たヒマリを見たのは初めてかもしれない。

「ナギサ……話、聞いてた?」

 上目使いで、少し咎めるように言う。

「へ」僕はその言葉で我に返った。「えっと……ごめん、聞いてない」

 ヒマリはもう、と頬を膨らませた。

「その……似合ってるかな、って」

「あ、ああうん。似合ってる。すごく似合ってるよ」

「本当……?」

「本当。お世辞じゃないよ」

 必至の僕に、ヒマリはぷっ、と笑みを漏らす。

「あはは……嬉しい。ありがと。自信が持てたかも」

 熱さが戻ってくる。思い出したかのように、がやがやとした喧噪が耳に入る。

 目を合わせるのが気恥ずかしい。何か言わないといけないと思うのに、ちょうどいい言葉が出てこない。

 と、後ろから騒がしい声がした。

「――おうおうおうおう! 何ぼーっと突っ立ってんだお二人さん!」

「うわ! タクロー!?」

 突然現れたタクローは大きな声を出して僕の肩に手を乗せる。

「泳がねえとすぐに日が暮れちまうぜ!? それだけだ! じゃあな!」

 早口で言い切って、素早くタクローは人込みに消えた。

 僕とヒマリは顔を見合わせた。気まずい空気が一掃された気がする。

「……じゃあ、行こうか」

「――うん! 行こ!」

 早速ヒマリは砂浜を駆けだして、ナギサ速く! とはしゃいだ様子で僕をせかす。

 その後を追いながら考える。

 タクローは空気の読めない男では無かった。

 もしかすると、僕たちを気遣ってあんなことをしたのかもしれない。タクローはそういう男だった。

 そこまで考えたところで視線を感じた。振り返ると、遠くでタクローが僕に親指を立てている。大丈夫そうだな、と歯を見せた。うんと僕は頷いて見せる。

「ナギサどうしたのー!」

「ううん、人が多いなって」

「……他の女の人を見てるんじゃないよね?」

「ち、違うって!」

「なら良かった」満面の笑み。「ナギサはそんなことしないもんねー?」

 ちょっと怖いのですが。

「ふふ、冗談!」

 くるりとヒマリは背を向けて、だだっ広い海に足を踏み入れた。

「冷たーい!」

 僕の足にも波が寄せる。「ほんとだ。冷たくて気持ちいいね」

 海がひんやりと、熱された足の温度を下げていく。

 ……アミアもついて来られればよかったんだけど。

 今更か。

アミアは家で何をしているんだろう。一人で本を読んでいるのだろうか。眠っているだろうか。テレビを見ているだろうか。

「ナギサ、入らないの?」

 何もせず立っていた僕に不審そうな声をかける。

「――あ、いや。入るよ」

 僕はごまかすように笑って、()()()()()()()()()()()()()()()()、冷たい海に足を踏み入れた。



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