ソーマと勇者
異世界逗留 3週間目、
俺とカレンはだいぶこの異世界に馴染んでいた。
剣術も魔術もバルクやエルネストに合格を貰えるほどに上達したのだ。
そして、今日。
勇者の仲間となる人たちとの顔合わせがあった。
元傭兵でバルクの娘であるリィーヤ、教会の派遣する聖職者 アルカ、最後はメイドのエレナだった。
そばかすの散った可愛らしい少女 エレナは有り体に言えばお世話係らしい。馬車や宿の手配から野宿時の食料調達まで、なんでもこなすサバイバルメイドなんだそうだ。
―――とにもかくにも、この勇者パーティーで地方に出没する魔族を討伐することとなった。
◇◇◇◇◇
魔族討伐を控えた前日、俺はバルクと演習場にいた。
「ソーマ、魔族については知ってるな?」
俺は頷く。魔族は魔術師が使う肉体強化と結界以外に魅了と変化、治癒の魔術が使えるのだ。
「稀に魔族は術式を扱うことがある」
術式とは以前に聞いたことがある。作るのに何ヵ月も必要なものだったはずだ。
「術式は魔方陣の中にあらゆる法則を駆使して魔術効果を発揮させる」
バルクがカチャリと腕の鎧を外した。
「よく見てろ」
そして、その鎧の甲に手をあてる。するとなにやら幾何学模様の円陣が浮かび上がった。
「俺は魔力はあるが、魔術は全く使えん。術式は魔力をこめるだけで魔術が発動するようになっている。これは、騎士団長専用の通信術式だ。わずかでも模様の配置が違えば術式は発動しない。かなり貴重なものなんだ」
―――それでだ
バルクは木陰に立て掛けてあった細身の長剣を俺に渡した。
抜いてみろ、と言われるままに剣を抜くと、よく手入れされたくもりのない刃に幾何学模様が刻みこまれている。魔方陣の術式に似ているが、文字のように流れる模様だった。
「その剣はキールの形見なんだ。おまえが使ってくれ」
「キールって、前の勇者の?」
なんかえらいものを受け取ってしまった。腕の中の剣がずしりと重みをましたように思えた。
「ああ、あいつとは共に魔王を倒しに行ったんだ。あいつは妖精っていわれるくらい綺麗でな……当時はエルネストと二人してあいつの気を惹こうと必死だったよ」
驚きの事実である。でも、オヤジの青春なんてあまり聞きたくないのだが……。
「魔王と相討ちで死んじまったけどな。―――まあ、それはおいといて……あいつは契約した精霊もさることながら術式を一瞬で作り出す天才だったんだ。その剣に刻まれているように円陣にもならず完璧に作るんだ」
「そうなのか……じゃあ、これはなんの術式なんだ?」
「刃こぼれ防止と錆び防止」
……………えらく実用的だな。こういう勇者の剣ってもっと凄い能力がついてるもんじゃないの!?助かるけどもっ!
とりあえず貴重な術式入りの剣ってことで納得しよう………。
◇◇◇◇◇
翌日、夜明けと共に俺たちは教会を出立した。
魔族が出没するのはセヒラ地方と呼ばれ、隣国との国境線があるあたりだ。貿易商がよく襲われるらしい。入り組んだ山岳地帯で魔族でなくても、山賊が住み着きやすいそうだ。
王都には一、二度遊びに行ったことがあるが、俺たちが王都から出たのは初めてだった。日本では田舎でしか見られないどこまでも続く土の道。左右に広がるのは草原や森林。カレンと俺は風景を楽しみながら、馬車に揺られていた。
―――異世界逗留 23日目、
途中の街の宿で一泊したあと、俺たち一行はセヒラ地方へと辿り着いた。
「緊張するね、蒼馬くん」
俺たちは自ら商人に扮して、魔族をおびきだす作戦を決行していた。
馭者席にはリィーヤとエレナが乗っていてエレナが手綱を握っていて、馬車の中にアルカが乗って、俺とカレンは馬車の後ろに引っ付いている荷車の方に潜んでいた。
「ああ、無理はするなよ……危なくなったら隠れたらいいからな」
カレンは先日、光の五大精霊 ティルカを具現化することに成功した。しかし、そいつはとんでもなくヘタレだったのだ。
戦闘訓練ではカレンの後ろに逃げ込む始末……。
カレンも同じ様にティルカのことを思ったのか、俺たちは同時にため息をついたのだった。
◇◇◇◇◇
人間の大陸であるミラコスタ国とナイア国の境目に数羽のグリフォンが降り立った。グリフォンは魔大陸で移動手段として使われている怪鳥である。
「アフガントさん!」
グリフォンが降り立ったことに気づいた男たちが岩穴から出てくる。簡素な出で立ちをした男たちは剣を携えており、皆魔族であった。
グリフォンから降りてきたのは軍服に身を包む男たちだ。白ラインが入っている者が二人、アフガントと呼ばれた男には深緑のラインが入っていた。
「首尾はどう?」
アフガントが男たちに尋ねた。壮年のリーダー格らしき男が前に出て答える。
「ダメですね、ハズレばっかりですわ。その代わりスッげぇ儲かってますが―――」
「ふーん……それならいいけど。他には?」
「そう言えば!シェイド様がシェリル様を連れて王都へ潜入なさりました!」
「シェイドが?…それは意外。あいつが規則違反するなんてね」
アフガントが面白そうに肩を揺らした時、一人の男が走ってきた。
「お頭!……あっ、アフガント隊長!商隊を発見しました!荷車の数は三ですけど、どうします?」
「護衛は?」
「見える限りでは騎馬が六人です」
壮年の男が指示を仰ぐようにアフガントをみた。
「ハズレだろうけどここを通る者に例外はなし。身ぐるみすべて剥ぎ取るまでだよ」
◇◇◇◇◇
遠くの方から喚声が聞こえた。
これって……別の商隊が襲われている?
俺はすぐさま立ち上がり、馭者席に叫ぶ。
「先の方で争っている音がする!商隊が襲われているかもしれない!」
わかりました!とエレナは返事して、馬車の速度をあげる。
「……おかしいよ。わたしたちの他にここを通る商隊はいないはずなのに」
カレンが緊張した面持ちで俺の横に並んだ。
「それはおいおい聞くとして、まずは敵に集中するぞ。俺たちが実戦で動けなかったらどうにもならない」
「そうだね、ここは平和な日本じゃないんだもんね」
間もなくして二、三十人もの魔族に囲まれている商隊を見つけた。
「……数が多すぎる!」
聞いたところによれば、魔族の数は多くて十人だったはずだ。イレギュラーな事態にエレナが馬車を止めた。
「初戦にはこれは重すぎる。一旦、退くのが賢明だ。出直すぞ」
戦い慣れているリィーヤが俺たちに言った。でも、襲われている商隊を見捨てる踏ん切りがつくはずもない。俺はサラに問うた。
俺が怖じ気づかなければ助けられるのか、と。
―――……できる……
返ってきた答えは、是。俺は一人でも商隊を助けに入る。安っぽい正義感だと言われようとも……ここで逃げたら一生後悔する。
「――わたしは逃げないよ」
俺が告げようとした言葉はカレンにとられてしまった。
「俺も逃げない、俺たちが勇者ならその期待に応えないといけないだろう」
「しかしだな……」
リィーヤはやはり難色を示した。エレナもいい顔をしていない。けれども、思わぬところから助け船がきた。
「行かせてもいいんじゃない?現実は見るべきだと思うよ、自らの才に溺れたくなければ」
馬車の中から顔を出したアルカが冷めた口調で言った。
黒髪に緑の瞳をもつアルカは術式が使え、若くして上位の聖職者の地位にいる少年だ。
「お願い、リィーヤ。わたしはあの人たちを助けたい!」
カレンの訴えにリィーヤは渋々折れた。
「わかった。……だが、次に退けと言ったときは従ってくれ。私は君たちを死なせるわけにはいかないんだ」
俺たちが頷くと、馬車は魔族たちへと突っ込んでいった。