兪貴と復讐者
魔王城に転移してすぐ意識を取り戻した私は、アガレスに詰め寄った。
「どういうことだ!」
私の怒りに呼応するようにパチパチと白い火花が散る。どうなっているのか、疑問に思うと同時に立ちくらみがおき、床に倒れてしまう。
「兪貴、一度落ち着け」
倒れた私をそのまま寝かせようとするアガレスに怒りが募るばかりだ。
腹の傷さえ気にならないほど、怒りの感情が渦巻いていた。
「悪魔とはなんだ!?おまえはそれを知っていながら、黙ってたな!?」
また、パチパチと小さな火花が散った。
「あらあら、随分と気性の荒いコねぇ。狂気が伺えるほど冷静なコだって聞いてたのに」
野太い声とアンマッチな口調に私の気がそれる。声のした方を見やれば、豪奢なドレスに身を包んだ大男がいた。確かこいつは、アシュマの商会の一員だったはずだ。
「はあい、アタシはルーディよ」
バチリとウインクを決めてくる強烈なオカマがなぜ今ここにいるのか。違和感がありすぎて、思わず黙り込む。
「さすがだな。存在が意味不明すぎて、兪貴が落ち着いた」
アガレスが感心したように言いながら、私を寝かせた。
「失礼しちゃうわ!アタシがアガレスを呼ばなかったらアンタは今頃、殺されてたのよ」
「アシュマについての資料を読んだだろう?あれを書いたのは、ルーディだ」
アガレスの補足に合点がいった。どうも資料に記載された時期が合わないと思っていたのだ。旧ミラコスタ王国の崩壊当時のことまで詳しく記載されていたから。
ここは戦いの余韻を忘れて、話を聞くべきだろう。私は大きく息を吐いて、荒れ狂う心を鎮める。
「ルーディは、旧ミラコスタ王国時代、騎士として王族に仕えていた竜人だ。そして、ミラコスタ王国の初代アウローラ女王の父であり、俺の祖父だ」
・・・情報量が多い。
確か、旧ミラコスタ王国は、ティタニアとクラウンの兄弟喧嘩の果て、王国が物理的に真っ二つに割れたのではなかったか。その余波で、王都周辺は壊滅し、王国は滅亡。
そして、例の資料によると、兄弟喧嘩の発端は、アシュマではなかったか。
「守ってた王国も王女だった伴侶も殺されたかわいそうなアタシは、暗躍してたクソ野郎につきまとっていたのよ。」
ルーディは淡々と話して、私の前で膝をついた。その目は、憎悪に塗れていた。
「ーーあのクソ野郎を殺せる機会をずっとずっと伺っていたの。あなたもこの機に乗るでしょう?」
思わず口角が上がる。ずっとひた隠しにしていたアシュマへの憎悪に塗れた目とかち合い、共鳴するように私の中の憎悪が燃え上がっていく。
また、パチパチと火の爆ぜる音がきこえた。
「とはいえ、今のあなたの実力じゃクソ野郎にはかなわないから、少し鍛えてあげるわ。」
アシュマの剣の腕は相当なものだ。だが、真に警戒すべきは、精霊封じの術ではないか。
それに、この体では鍛えてもそう代わり映えしないだろう。
「精霊避けのカラクリを解く方が先ではないか。それに鍛えてどうこうする時間はない」
「そういうのは、そこの孫や賢者に任せればいいのよ。あんたは地力の底上げが必要なの。薄っぺらい今の戦い方で勝てるわけないでしょ!時間がないっていうなら、3ヶ月で習得してもらうわ。」
薄っぺらい、と評されたのは初めてだ。
「長い。1月なら付き合う」
「じゃあ、死に物狂いで習得してみなさいよ。あんたには、旧ミラコスタの騎士剣術を叩き込んでやるから」
旧ミラコスタの騎士剣術?あまり実用ではない雰囲気を感じる。
「ーールーディ、今夜は休ませる。話はまた後でいいだろう」
隣で治療を施していたアガレスが、口を挟む。それと同時に強烈な眠気が襲ってきた。
アガレスの仕業だとわかったが、抗う間も無く、意識は沈んでいった。
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ティタニアを殺してから、約一週間後のこと。
私は魔王城の一角で、剣を振っていた。いや、振るう前に小さな結界で関節を固められる。すぐに魔力で結界を相殺した。
しかし、一瞬の硬直をルーディは見逃さなかった。
突き出された剣が腹を貫き、体が傾ぐ。せり上がってくる血を飲み込んで、ルーディの剣を持つ腕を掴み、引き寄せる。
そして、剣を突き刺す。
が、勢いが足りず、ルーディの硬い皮膚を引っ掻くだけに終わる。
「まだまだ結界の感知が遅いわ。作られる前に相殺しなさい」
腹に突き刺さった剣を引き抜かれ、私は仰向けに倒れこんだ。一瞬遅れて、腹の傷が塞がっていく。
私は、すでに痛みを感じるとかそういう段階を超えていた。ジンに憑依されていなければ、もう何度殺されたかわからない。
ルーディは、思っていた数倍強かった。私の剣を薄っぺらいと評するだけのことはある。
特に厄介なのが、旧ミラコスタの騎士剣術。この騎士剣術を極限にまで修めた者は、魔導騎士と呼ばれ、ルーディも魔導騎士の称号を持つらしい。
騎士剣術は、剣の型自体には、珍しいものはなく、ただ質実剛健で手堅い剣術だ。しかし、そこに結界が付け加えられることで、格段に難易度が上がる。
旧ミラコスタの騎士剣術は、結界で相手を拘束し、圧倒する。魔術師と剣士の両方の資質が問われる剣術だった。
結界を作られる際にその場所に魔力が集まる前兆がある。そこに魔力をぶつければ、結界になる前に潰せるのだが、ルーディの結界を作るスピードが異常だ。1秒もかからず結界が作られるのだ。しかもそれは、小さければ小さいほど、早くなる。
ひたすら結界を打ち消すだけなら、かろうじてついていける。
しかし、戦闘中にまで常に繊細な魔力感知を要求されると、難しい。どうも私の意識が相手に集中しすぎているようで、周囲に気を分散できないのだ。
私は、一度魔力感知の範囲を自身の間合いと同じところまで、狭めてみる。
口に溜まった血を吐き出し、立ち上がると、それに応えるようにルーディが剣を構えた。
距離を詰めようと一歩踏み出した瞬間、それを阻むように魔力が放たれる。それを感知して、結界になる前に相殺する。
その際、一切ルーディから目をはなしていなかった。しかし、ルーディは不自然な加速を見せて、一気に距離を詰めてくる。間合いに入った瞬間、その軌道をそらすべく、複数の結界を作るが、それは形になる前に全て相殺された。
上体を反らすと、そのすぐ上を剣が通っていく、一瞬でも遅れればまた串刺しになっていただろう。
ルーディの冷静な青い目が、眼下の私を捉えていた。叩き斬られる!
後退を阻むように結界が作られる。私はそれを無視して、手元に作った結界を押し出して、横へと転がるように避けた。
衝撃が地面を伝ってくる。ルーディの剣が土煙を上げて、地面を抉っていた。
「少しはマシになったかしら?感知範囲を狭めたようだけど、それでいいわ。私相手なら足りないけど、あのクソ野郎なら事足りるでしょ」
気づかれていたようだ。ということはさっきの不自然な加速は、私の感知範囲外に作った結界を使っての加速だったか。
私は、体制を整えて、剣を構え直す。
そして、日が暮れるまで、ルーディとやりあったが、最後まで彼に傷をつけることはできなかった。




