兪貴と契約
「ゆき…。雅さんじゃないのか。地下都市で会った時も、全部、ゆきだったのか」
影の空間内で、蒼馬は私に詰め寄る。
「そうだ。それは、天城 兪貴だ」
私の代わりに答えたのは、アガレスだ。彼は蒼馬を制して、私の足を治療する。
「アガレス、私は今一度、ティタニアと相対する。魔王軍をうまく使え」
「ティタニアと?ゆき!おまえは何を考えてんだよ!教皇の首を晒したり…、おかしいぞ。今は、教会が分裂してるっていうのに、そんなことをしたら」
「確実にこの国は荒れるな」
淡々と答えれば、蒼馬の顔が歪んだ。なぜそんな顔をするのか。
「俺は、この異世界に呼ばれたことを理不尽だと思うし、こちらの都合を無視して、勇者の役を押し付けてきた教会はおかしいと思う。だけど、それがなんでこの国を荒らすことに繋がるのかわからない」
今まで流されるままに行動してきたと思えた蒼馬だが、ちゃんと不満はあったらしい。
「私が何もしなくても向こうからやってくる」
「向こうってなんだよ」
「アシュマ。このまま元の世界に逃げ帰ったとしてもあれは、必ず追ってくるだろう。ならばここで迎え撃つまでだ。私をこの世界に喚んだつけが廻ってきただけだ」
よし、足は治った。私はまたキールの姿に変化し、紅いガラス玉を握る。
「わけわかんねぇよ!おまえがキールにずっと憑かれていたのは知ってる。でもそれはキールを殺した、それで終わりじゃないのかよ!」
立ち上がった私に追いすがるように蒼馬は叫んだ。
「私を喚ばなかったとしても、この世界はいづれ滅んでいたさ」
それ以上言い募る蒼馬の相手をする気もなく、私は影の空間から舞い戻った。
「あぁぁぁまァアギイイ!!」
その瞬間、ティタニアが憤怒の形相で、絶叫する。
術式が展開され魔力の弾が打ち込まれた。数は5。規模は家屋一つ分といったところか。
小さな結界に弾力を付与し、足下に配置する。上空に逃れ、ひとつふたつと、魔力弾をやり過ごした。
魔力弾は民家へと、打ち当たり、あたり一体を大破させる。当然、人々の悲鳴があがった。
そして、誰もが教会の上階を見上げる。
髪を逆立て、私を睥睨するティタニアを女王と知る者はここにはいない。
彼女はただの化物だ。
そして、キールに扮した私も化物とならねば…。
「キール様!」
比較的人が密集している広場の方へ、私は移動する。
「あの化け者はなんなのですか!?」
「あれはね、悪い妖精さ!」
「妖精?」
「そう!私と同じ不老不死の妖精さ!けど、ティタニアってば私を殺そうとするんだよ。だからティタニアは悪い妖精なんだ」
人々に困惑が広がっていく。その次の瞬間、魔法弾が飛んできた。
それは、私を掠めて、着弾する。
人が密集している広場へと-----
沸き上がる悲鳴と土煙。
今ので、10人は死んだだろう。死傷者はその2倍といったところか。
「ほら見てよ!私を殺そうとしたでしょ」
笑うキールの言葉を聞いている者は、もういない。ほとんどの者はパニックを起こしている。
それでも、彼らはひたすらに縋った。
「キール様!お助けください!!」
「お願いです、勇者様!!」
「助けて!キール様!!」
それを私は斬り捨てる。
「どうして?私は魔王からあなたたちを救ってあげたじゃない。今度は、あなたたちが私をティタニアから守ってよ!」
無邪気に首を傾げて見せると、堪えきれなくなった男の一人が叫んだ。
「無理に決まってんだろ!!つべこべ言わずにあいつをどうにかしろよ!」
すっと笑みを消して、私は男を見据える。跳躍し、一息に男との距離を詰めた。
「君、いらないね」
「は?」
持っていた剣で男の首を刎ねる。またもや悲鳴が上がった。血飛沫を浴びながら、私は、民衆に言う。
「私を守らない人なんていなくてもいいよ」
剣をふるって、血を落とした。
「早く、ティタニアを倒してきて。行かないなら、殺すよ」
「う、……あああああああ!?」
「化物…!」
「キール様!嘘でしょう!?勇者のあなた様がそんなことを…」
もんどりうって逃げる者、罵る者、未だ縋る者。いい感じだ。このまま残虐さを前面に出していこう。
手始めに、足に縋り付いてきた老婆の首を刎ねる。
ただ、泣き叫ぶ幼子の首を刎ねる。
逆上してきた男の首を刎ねる。
血飛沫で全身が真っ赤に染まる頃、私の周りには、逃げる者と悲嘆に暮れる者だけになった。
逃げた人々が美味くキール化物説を広めてくれるといいのだが…。
「お馬鹿ね〜。そのままキールの威を借りて、国を利用すればよかったのに」
「案外早く頭が冷えたようですね」
魔力弾が飛んでこないと思ったら、冷静になったらしいティタニアが上空にいた。
「黙りなさい、異世界人!私のホムラはどこなの!?」
ティタニアはまだ暴れていて欲しかったのだが…仕方ない。
紅いガラス玉をティタニアに見せつけるように、掌の上にのせる。
そして、それを握りつぶした。
パリンと予想よりも軽い力で、それは砕け散り、破片が掌を突き刺す。
「あなた……ああ、なんてことを…!」
紅い火の粉が漏れでて、消えた。
「許さない…、よくもわたしのホムラを奪ったわね!!」
ティタニアから噴き出した、恐ろしい量の魔力が大地を震わせる。地面がひび割れ、土塊が重力を無視して、宙を舞いだした。
膨大な魔力が、ティタニアに手元に集中していく。
周囲に漏れ出していた魔力が一点に練り込まれ、濃縮されている。キールにはできなかった芸当だ。
さすが、術式をす繰り上げただけのことはある。魔力操作に優れた妖精、それがティタニアなのだろう。
だが、戦闘経験はそんなにないと見える。まっすぐ放たれるとわかっていれば、対処は可能だ。
それが、収縮し放たれる瞬間に、結界をはる。ティタニアの手元、ピンポイントに貼った結界は、すぐに壊れるが、それでも魔力の均衡を崩すには十分だ。
練り込まれた魔力の乱れが、一部を爆発させる。
「なにを…!」
繊細な魔力操作によって濃縮された魔力は、少しの乱れで崩れた。ティタニアの制御を離れ、そのまま暴発する。私は、爆発に飲み込まれる前に、影に逃げた。
「兪貴、どうした?」
影の空間にいたアガレスが問うてくる。蒼馬が詰め寄って来ようとするのが見えたが、今は相手にしてる暇はない。
「一度、避難しただけだ。すぐ戻る」
あれほど濃縮された魔力が爆発したのだ。王都の半分は焼け野原だろう。
爆発が収まり、なおかつティタニアが再生しきっていないタイミングで出られれば私の勝ちだ。
「シヴァ、様子は?」
(人間には毒になるほどの魔力濃度だ。まだ出れない)
「爆発は収まったのなら、問題ない」
影から出た瞬間、周囲の様子が一変していた。予想通りの焼け野原だ。瓦礫が点在する他、強風が巻き上がり、砂埃が視界を覆う。
(ちょっと、この魔力濃度は、あなたには毒よ!早く戻りなさい!)
私の中で、ミーアが叫ぶ。毒と言われても、私には何も感じないし、すでに妖精の肉体と成り果てている。
優先すべきは、ティタニアだ。爆発の中心に急ぐ。
砂埃のせいで視界は最悪だ。だが、爆発の中心で、肉塊が蠢いているのが見えた。それは徐々に、人の形に近づいていく。あれがティタニアだ。
銀の剣を抜き、私は肉塊を叩き切った。切った部分が灰に変わる。
もう数度、切れば、核か何かに届いたらしい。全ての肉塊が灰となり、すぐさま強風にさらわれていった。
妖精が死ねば、その妖精がかけた魅了が解ける。
「妖精王の様子は?」
(核を破壊しておきながら、よく言えたものだな)
シヴァの呆れた声が届く。だが、精霊とは自然エネルギーそのものだと言ったのは、シヴァだ。多少、人格の核であったガラス玉を壊したくらいで、どうにかなるものでもなかろうに。
(ティタニアが死んだなら、精霊たちは元に戻り出すわ。もちろん、精霊王も元に戻るわ)
ミーアが答える。元に戻るとは、どういうことだろうか。
(精霊は本来、人間と契約したりしない。それができるのは、僕ら人格を持つ大精霊だけだった。ようやく、全ての契約が破棄されるんだ)
いつになくティルカが嬉しそうに話す。
目の前で、変化が起こり出した。
地面や家々、瓦礫の隙間から、色とりどりの光の玉が、溢れ出す。
赤、青、黄、緑、白、黒-----。
それらは、大きくうねりながら、空へと舞い上った。
これが、精霊の本来の姿なのだろう。
破壊された王都に似つかわしくない、幻想的な光景を眺めながら、剣に付着した灰を払う。
そして、状況を報告すべく、影の空間に潜ろうとした、その時だった。
「----まあ、あっさりとティタニアを倒してくれたもんだ」
後ろからかかった声に、私は瞬時に振り返る。
「よう、我が契約者どの?」
そこには、雅と共にいるはずのアシュマがいた。
この妖精は、私を兪貴と呼んだ。ということは、確実に雅と入れ替わっていたことがバレているということか。
嫌な予感が背筋を冷たく流れる。
それを押し隠すように、剣の切っ先をアシュマに向けた。




