兪貴と演劇
これぞ、自作自演。
民衆の罵倒、怒号、悲鳴に囲まれてなお、私は首を傾げてみせる。そして、手にした首を無造作に振り回して、眼下に放り投げた。
「狂ってる…!」
国王やその側近、騎士たちが民たちを宥めるため奔走している。雅も早々に姿を消した。
そんな中で、蒼馬はこの場に残り続けている。
「キール、アンタは勇者でもなんでもない、ただの化物だッ!アンタはこの国を潰すつもりか!?」
遅かれ早かれ、妖精を殺せばこの国は、破綻する。どうせ潰れるのなら、私が使い潰すまで。
「何を言っているの?悪いのは、教皇でしょう?私はこの国のために魔王を倒してあげたんだよ。それなのに私を邪魔者扱いした教皇がどうなっても仕方ないでしょ」
「それは…、でも、こんなやり方は間違っている。アンタ、今の状況分かってんのか!?」
「なにって、建国祭のやり直しだよ。ゆきちゃんが中断してしまったから代わりに私がやってあげたんだ」
開いた口がふさがらない、といった様子の蒼馬に内心で自嘲する。
妖精の思考回路は、すべて自分中心。他者など意にも介さず、それどころか他者も自分に同意するものと信じて疑わない。
かつんと、私は蒼馬へと歩を進めた。
「なんの騒ぎなの〜?」
その時だった。間延びした声がする。ようやく私の待ちわびた者がやって来たのだ-----
ゆるやかに波打つ白い髪、桃色の瞳、浮世離れして美しい顔立ちの少女。少女の名を妖精女王、すべての精霊を支配下に置く者だ。
「ティタニア!教皇を殺してあげたのにみんなが文句言うの」
そして、もう一人。異国のような見慣れない衣装を纏っている、赤い髪に金の瞳の褐色の肌をしている青年、精霊王がティタニアの後ろに控えている。
ティタニアはキールの発言に首を傾げてみせた。
「おばかさんなのね〜。教皇が悪だと知るのはわたしたちだけでしょ〜?まずは、教皇がクラウンの下僕だったことを話してあげないとだめなのよ〜」
腐っても旧ミラコスタ王国の女王か。ティタニアは、キールほど世間に疎いわけでもないらしい。そして、他人の機微にも一定の理解があると見た。
「おばかさんて、ひどい」
私は頬を膨らませて拗ねたふりをする。そうしながら、シヴァに合図を送った。その瞬間、精霊王が影に引き込まれる。
同時に私は、剣を抜いた。そして、ティタニアの首を狙って、一閃。
ガンっ!!
しかし、それは防がれる。精霊王が銀の剣を素手で止めていた。やはり精霊の力では、足止めにすらならないか。
精霊王の後ろで、ティタニアが目を瞬かせていた。よし、ティタニア自身にそれほど戦闘力はない。
「は!?なにして…っ!」
蒼馬が驚いた声を出す。
「おまえ…キールではないな」
精霊王が低く囁いた。彼を倒さずして、ティタニアに手は届かぬ。私は一度、精霊王から距離をとった。
「シヴァ、ミーア、ティルカ、同調せよ-----」
そして、一時的に、闇・水・光の五大精霊と契約し、同調する。五大精霊と二体以上契約する例はないらしいが、そんなのに構っていられない。それになにか不調があったとしても、この身は妖精のもの。無敵だ。
ただ、ジンでも再生できなかった精霊王の業火には、気をつけなければならない。
「おまえは何者なのだ。わられが同朋がなぜおまえに力を貸す?」
「妖精に狂った精霊王を見かねたのでしょう」
キールの姿のまま、キールの声で私は答えた。
「どこが狂ってるのよ〜」
精霊王の腕にすがりついたティタニアが頬をふくらませる。心外だと言わんばかりのその態度に、精霊王も同意した。
「何者かも答えることのできないおまえを信用できると思うのか」
パチパチと、精霊王の周りに火の粉が舞い始める。
「信用されずとも構いませんよ」
対する私は、体中に水のヴェールを纏わせた。そして、銀剣の切っ先を彼らに向ける。
すると、ゴウっと音をたてて、炎の球が飛んできた。それを水のヴェールで相殺しながら、私は距離を詰める。そして、首元めがけて剣を振るう。
しかし、精霊王はそれを素手で掴みとった。すぐさまその剣を捨てて、新たな剣を袖口から取り出し、第二撃目を振るう。
ゴウっと先ほどよりも大きな炎の球が近距離で放たれ、私は跳躍した。
じゅっと水のヴェールと衝突し、水蒸気が視界を遮る。それでもなお、炎で肌が炙られる。
着地と同時に、掴みとられた剣が放たれた。すぐさまそれを弾く。
カランと音がして、弾いた銀の剣は蒼馬の近くに落っこちた。
「五大精霊を三体も同時契約だなんて、常人ではないわ〜。まずは、その正体を暴くよ〜」
ティタニアが、精霊王に抱きかかえられたまま、手を私の方にかざす。その掌から、魔法陣が生み出された。そして、魔法陣が超音波のような妙な波動を放ち始めた。
ひとまず結界を張って、様子を見る。しかし、炎の球が精霊王から放たれた。着弾するたびに、結界が薄くなっていくのが分かる。
2発、3発…と、徐々に結界が解けていく。結界に水の力を付与しても、さらに炎の球の数を増やされてしまう。これでは魔力の少ない私が押し負ける。
(ゆきさん!!あれは変化を無効にする術式です!)
ジンが私の中で知らせてくる。時間稼ぎはもういいらしい。私は水の力を消した。
すると、次の球を喰らうと同時に、完全に結界が解けた。
結界で時間を稼ぎ、ジンにあの魔法陣の解析をしてもらったのだが、変化の術が解けるだけなら問題ない。
そうして、結界を解かれた私は、ティタニアの術式をもろに浴びた。
視界の端にうつる自分の髪の色が黒になる。目線も上がり、手足のリーチも変わっていく。剣を握り直し、体の感覚を確認する。
「……雅さん?」
後方で蒼馬がそう呟いたのが分かった。
「賢者ミーヤ、あなただったのね〜。でもあなたは、戦えないはずでしょ〜?」
「さあ?どうしてでしょう?」
再び水のヴェールで身を纏い、剣を構える。
「ただひとつ言っておくとすれば……ティタニア、あなたが邪魔なのです」
「わたしは邪魔なんかしてないでしょ〜。あなたがわたしの国の後に、新たな国をつくることだって、許してあげたし〜。ミーヤは、何が不満だって言うの〜?」
私はティタニアの方を向きながら、シヴァとティルカ…そして、サラに合図を出した。
「不満がない方がおかしいでしょう」
そう言って私は、水のヴェールを盾に精霊王へと、まっしぐらに突き進む。
当然、炎の球が放たれ、水のヴェールが相殺されていく。しかし、それにより発生した水蒸気を隠れ蓑に、私は、飛び上がり、剣を振り上げた。
精霊王が、ワンテンポ遅れてティタニアが、私を見上げる。
「ティルカ!!」
叫ぶと同時に、眩いばかりの閃光が両者の間に飛び散った。その前に、私は、闇の力で目を覆ってある。
「きゃあ!」
ティタニアの悲鳴が聞こえた。そして、精霊王の短く呻く声も----
目元の闇を取払い、私は、精霊王を捉えた。そして、その脳天へと剣を振り下ろす。
血の代わりに噴き出したのは、紅い粒子のようなものだった。体を一刀両断された精霊王は、粒子を噴き上げて、倒れ臥す。触れた紅い粒子には、暖かみがあった。
やがて、すべての体が粒子となって消えゆくと、最後には紅いガラス玉が残った。
「ホムラ、どうしたの〜?」
自分を抱きかかえる手がなくなったからだろう。閃光に視界を奪われたティタニアが、不思議そうな声を出して、精霊王を呼ぶ。
私は、剣を銀製のナイフに持ち替えて、その首を搔っ切ろうと、横に薙ぐ。
----その瞬間だった。ぶわりと強烈な炎が足下から巻き起こる。
咄嗟に転がりながら、退避するものの、足が火にまかれた。すぐに水の力で消火したが、回復が遅い。完全に両足をやられたようだ。
出火元は、紅いガラス玉だ。
しかし、近くにいたティタニアには、傷一つなく、炎に守られていた。精霊王め、鬱陶しい。
(今のは最後の悪足掻きにすぎない。臆するな)
シヴァがそう教えてくれる。しかし、足の回復を待っている間に、ティタニアの目も回復するだろう。そして、それはティタニアの方が早い。
最悪だ。大やけどを通り越して、焦げた両足は、立つこともままならない。というより、少しでも動かせば、簡単に崩れるくらいの炭になっている。
そうこう考えているうちに、ティタニアの視界が戻った。そして、彼女は、その惨状を見て絶叫する。
「わたしのホムラ……。どうして、わたしのホムラを…!」
今ばかりは、間延びした口調も消え失せ、怒りに燃えた目で、私を睥睨していた。
対する私は、上体だけを起こして、笑ってみせた。
「あなたを殺すのに、それが邪魔だったので排除させていただきました」
ティタニアの目が険しさを増す。
「-----あなた、ミーヤじゃないわね」
そして、次の台詞に私は少々、面喰らった。キールよりも現状理解に優れているとは、知っていたが、まさか気づかれるとは思わなかったのだ。
「ミーヤは、わたしたちに接触することすら避けていた。なのに、あなたは真っ向からわたしたちを排除してくる。ねぇ、あなたは誰なの。なぜ、ミーヤの姿をしているの」
険しい表情とは裏腹に、ティタニアの口調は落ち着いていた。それに、彼女の頭上には、術式が浮かび始めている。
それなのに、私と言えば、ようやく骨らしきものができたところだ。このままでは結界を張るしかないが、今の魔力量ではうすっぺらい紙切れのような結界になるだろう。
いかなる術式であろうと、この足では無理をしても逃げ切れまい。
さて、どうする。足以外に逃げ切る術は、用意してあるが、このまま放っておくと、周りの人間も巻き込みそうだ。
いや、巻き込むべきだろう。
「あなたはどこまで知っているというの。もう一度、問うわ。----あなたは誰なの?」
ティタニアが問う。それと同時に術式の魔法陣が完成した。
「私が誰か、なんてあなたはよく知っているはずです。だって、私をこの異世界に喚んだのは、あなたでしょう?」
「---っ!?まさか、あなたはシノノメ…いいえ、アマギ ユキ…!」
「----ご名答」
私が、肯定して、口角をつり上げる。
そうして私は、蒼馬を連れて、影の空間に逃れた。無論、紅いガラス玉も忘れずに---
それに気づいたティタニアの怒号が王城に響き渡った。




