ソーマと帰還祭
キールの帰還記念祭、略して、帰還祭。
キール発案のキールを祝う祭りが、開催された。
とうとう開催日までキールに会うことはできなかった。
まさに神出鬼没。
帰還祭の運営に少し口を出してはいたが、それ以外、どこで何をしているのか、全く不明だった。
不安な気持ちを押し隠して、俺は、帰還祭に臨む。
騎士や大臣が立ち並ぶ王城の大広間に俺もまた、参列していた。
中央では、国王ジェラールと勇者キールが談笑している。王城の鐘が鳴ると、二人は、大広間から続いているバルコニーへと移動した。
王城の外には、たくさんの国民が集まっていた。
おそらくこの中には、教皇をまだ信じている救済軍もいるはずだ。賢者ミーヤ、雅さんもこの場に来ているだろう。
わあああああああああああ----
ジェラールとキールが姿をみせ、国民から歓声が上がった。
二人はそれに答えるように手を振り返したあと、キールが術式を展開した。
「やあ、みんなー!」
思わず身構え、バレないように自分に結界をはる。しかし、その術式は拡声器にしかすぎなかったが、次の瞬間、国民の歓声がやんだ。誰もがキールを見上げて、次の言葉を待っている。
「これから帰還祭を始めるよー!!」
両手を振り回すキールに拍手が贈られる。なんなんだ、この茶番は。
俺は、キールが国民に向けて魅了を使ったことを悟った。いとも簡単にキールはその場を支配し、自分の望むシチュエーションを作り上げたのだ。
そもそもキールは、ミクラの地下都市で、ゆきに殺されたはずだ。
あれは、誰なんだ?
キールじゃないとしたら、変化に長けている魔王アガレスか。だが、彼があんなにもキールらしく振る舞えるだろうか。
無邪気に残酷に傲慢に、人間を操れるような性格を完璧に演じきれるとは、思えない。
アガレスの人となりを完璧に把握しているわけではないが、彼の印象からは、キールに似つかわしくない。
「我が国のため、悪しき教皇を倒した勇者キールを讃えて、帰還記念祭を開催する。皆、存分に楽しみ、キールに謝辞を述べてくれ!」
ジェラールの言葉に拍手と歓声が一際大きくなった。そして、俺には長くないかと思われるほど、歓声が鳴り響き続けている。
しばらくして、うんうんと満足そうに頷いたキールが、踵を返そうとした時だった。
「----お待ちください!!」
国民の中から、大きな声が上がった。キールと同じように拡声器を使ったようで、歓声をかき消すには十分な声量だった。
俺は、思わず国民が見える位置に移動する。
すると、国民をかき分けて、最前列に割り込んでくる一団がいた。
黒い髪に挑むような黒い眼差しで、彼はキールを見据える。
「私は、ミーヤ。救済軍の聖人でございます」
名乗った彼、雅さんは、綺麗な礼を披露した。涼やかな声音と流麗な仕草で、その場にいる者の視線を釘付けにする。
その彼の近くには、白金の髪をした少年と黒髪の少年が寄り添っている。アガレスとアルカだ。
「ミーヤ?へぇ、賢者と同じ名だね。君も私を祝いに来てくれたのかな?」
騎士たちが救済軍と名乗る一団を警戒し、彼らをひっそりと囲み始めていた。
「いいえ、我々は真偽を問いに参りました」
ゆっくりと首を振るミーヤにキールがムッと頰を膨らませる。
「真偽って、なに?私をお祝いするより大事なことなの?」
「はい、ホルテ教徒としてもっとも大事なことなのです。勇者キール、あなたに問います。我らの教皇様はいづこにおられますか?」
魅了にかかっていない救済軍の一団が、祈るような気持ちでキールを見上げた。
彼らの大多数は、教皇だけは不正に関わっていないと信じてる真っ当な信者なのだ。
「教皇?どうして、私を殺そうとした教皇なんてどうでもいいでしょう?」
ざわりと信者たちが動揺する。
「教皇様があなたを殺そうとした証拠はありますか?王都教会の一部の者が、あなたを陥れようとしたのかもしれません」
「もう!私がそうだと言っているんだよ!だって、教皇は妖精なんだから!!」
「妖精?」
「そうだよ!教皇は悪い妖精だったのさ!だから……」
キールは、影の空間に手をやり、そこから取り出したものを掲げた。
「-----教皇をやっつけてあげたよ!!」
掲げられたのは、教皇の首だった。
その瞬間、信者から悲鳴が上がる。魅了にかかっていたはずの民衆でさえも教皇の首に驚き、ざわめきだす。
やがて、半狂乱になった信者が暴れ、巻き込まれた民衆が悲鳴をあげ、逃げ惑う。広場全体が蜂の巣をつついたように騒ぎだす。
「嘘だろ…」
騒ぎを楽しそうに見下ろしながら、キールは首を振り回している。その後ろ姿を見ながら、俺は呟いた。
信じられなかった。ここまで、理解のできないバケモノがいたなんて…。
だが、それをこれ以上放置するわけには、いかない。
俺は、剣を抜いて、キールに近づいた。
----この狂った妖精は、俺が止めるしかない。




