雅と帰還祭
私は、ニルダ=バラーダと共にミクラの教会にやって来ていた。肝心のニルダ=バラーダの私兵は、いくつかの小隊に分けて、アシュマのコネをつかってそれぞれ別の場所で国境を越えさせたので、直にミクラへと集結するだろう。
ミクラの教会で私を出迎えるエルネストは、それはもう見事な演技だった。彼のような男を部下に欲しいものである。
「ミーヤ、よくぞお戻りに…。そちらの御方は、もしや…?」
「ええ、彼女は、クレート国のニルダ=バラーダ第一王女殿下にあらせられます。教皇がミラコスタ王国国王の手にかかったとことを聞き、我ら救済軍にご助力していただけるそうです」
私が隣のニルダ=バラーダを紹介すると、エルネストは恭順の意を示す礼をとった。
「私はホルテ教の高位聖職者の一人、エルネストと申します。この度は、王女殿下のご助力をいただけるなど至福の極み、我ら救済軍一同が厚く歓迎させていただきます」
「エルネスト殿、私は教皇様をお救いするために駆けつけた身、そのような礼は無用で頼む」
「はっ、では失礼致しまして…王女殿下、こちらへ---」
エルネストが顔を上げて、教会内へと王女を案内した。
こうして順調にクレートの王女とエルネストの顔合わせが済む。私の傍にいるアシュマに特段訝しむ様子は見られない。
-------こうして、着実に【救済軍】の勢力は、拡大していった。
して、次に行うのは、デモである。
これは既に郊外の街では、始まっているのだが、王都にまで進行するほどの余裕はない。基本的に、農民たちは生まれたその地を離れることはなく、貧しいがゆえに、農耕に忙しいためだ。村から村へ、街から街へと、非常に長い時をかけ口伝で、”国王による教皇の不当な拘束”が広まっていくしかない。
新聞があれば便利なのだが……。
私は、個人にあてられたミクラの教会の一室で、一人思案していた。アシュマは商会の用事があるとかで、傍にはいない。内戦勃発の線が濃厚な今、武器商人にとっては仕入れ時なのだろう。
まあ、それはおいとくとして……今の状況における国王派と教皇派の割合は、五分五分といったところだろうか。
この辺で、各街の指導者である聖職者たちの意思のすり合わせを行っておこう。どいつもこいつも腐っているため、各々が勝手な言い分で利を取り合いかねない。
そのすり合わせの会合は、半月後が妥当だろうか。
開催地は、ミクラ教会の地下。あの地下都市を利用しない手はない。
私は、さっそく各街の聖職者にあてた手紙を書き始める。もう二度と使うことはないと、思っていたこの異世界の文字だが、覚えておいて損はなかったようだ。
そうして、使いにくい羽ペンを使い、文章を練っていると、執務室のドアがノックされた。
「ミーヤ、いますか?」
そう問うたのは、エルネストだ。軽く返事をして、中に入るよう促す。彼は扉を開けると、部屋を見回し、安堵の息をついた。
「アシュマは、商会の方です」
「……そのようですね。妹より伝言です。アシュマに気取られるなと、念をおされましたので…」
妹とは、兪貴のことだ。苦虫を噛み潰したかのような顔をしているエルネストは、兪貴が相当苦手らしい。確かにそれはわからないでもない。兪貴の纏う素の雰囲気は、こちらの背筋が凍る。
でも、兪貴のなにより怖いのは、表情も雰囲気も自在に操る演技力だ。あれは、笑って人を殺せる人種だろう。我が妹ながら戦慄する。
「祭りをひらくそうです。まだ国王は動かしていないそうですが、大体、ひと月後かと----」
「わかりました。ひと月後ですね」
今は、キールに成り代っている兪貴は、ミラコスタ王国に出入りするだけでなく、魔王城でも側近として着々とある計画の準備を進めているのだ。
妖精殺しと平行で進めている計画のために----
私の方では、それに必要なものをアルカに調べさせている。祭りが始まる頃には、アルカも帰ってくるだろう。
王家の影である彼は、いわば諜報員だ。それも、まったくアシュマに警戒されていないのだから、使わないともったいない。
「ああ、そういえば…近々教会の長たちを招集して会合を行う予定です。それの準備をお願いしますね」
下書きの手紙を手渡すと、エルネストがその内容に目を落とす。
「会合ですか…?」
「そう場所は、この下。地下都市です。あそこにも教会があったでしょう?そこを綺麗に掃除しておくよう指示をだしてください。灰が溜まっているそうですから」
「あの場所を使うのですか。……了解しました。準備します」
若干、不満げな顔をしたものの、エルネストはすぐに表情を取り繕った。そんな彼に私は、お願いしますと、営業スマイルを添えてその背を見送ったのだった。
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-----2週間後。
ミクラの教会に長たちが集まった。
その長たちの数は、全教会の約半数といったところだ。遠方のため来れなかった者も数えると、ついに教会派が国王派を上回ったのだ。
…とはいえ、今回の会合で”国王による教皇拘束”の真偽を確かめようとしている者もいるだろうし、集まったすべての長が【救済軍】に賛同しているわけではない。
それもそのはず、長たちは皆、疑問に思っているのだ。教皇と一切連絡がとれないのだから。
だから、薄々エルネストが腐っていると分かっていても、彼らはここに来るしかない。
「……ミーヤ、本当にこんなに集めて大丈夫なのですか?しかも会合はあの場所を使うのでしょう?」
会合前、最終打ち合わせをしていた中、エルネストは不安そうに私に言った。
長たちがこれほど集まっていることは、国王も知るところだろう。それに、国王の手先もここに紛れているだろう。それでも、今、ミラコスタ王国のトップは動けない。
「問題ありません。今私たちが何をしようが、国王は動けませんから」
キールに扮した兪貴が、国王や大臣を魅了し、その支配下に置いている。そして、魅了された彼らは、祭りの準備に忙しい。
”キールの帰還記念祭”なんて言う馬鹿げた祭りが、ひと月後に行われる。そして、兪貴はその場で、救済軍の切り札を持ち出すのだ。私は、その場に長たちを連れて行けばいい。楽な仕事だ。
「さあ、時間です。行きますよ----」
私は、エルネストを連れて、会合へと向かった。




