番外編 魔王陛下の執務室は、薔薇色に包まれました。
息抜きがてらの番外編です。
時系列的には、前話から数日後…といったところで、魔王陛下の執務室でのお話です。
本編に関係はないので、読まなくても問題はありません。
「今更だ」と、私は吐き捨てた。
今更もとに戻ったところでどうしろというのだ。
キールの憑依により自身の容姿を変えられ、17年間を過ごしてきた。鏡を覗き込めば、兄とそっくりの顔が映る。兄より女性的ではあるものの、性別不詳の美貌にため息をついた。
こんな目立つ顔だとは思わなかったのだ。もし日本に帰れたとして、私の顔は整形したと誤摩化せるが、もとより10センチ以上も伸びた背丈までは、どうしようもない。
身長165センチの出るとこでたキールの体型から、身長180近くのスレンダー体型に私は変わっていた。日本人女性で180センチって、どんな成長期だ。
「帰っても誤摩化すのが面倒だ」
もう一度ため息をつくと、正面にいたアガレスが、視線をよこしてくる。
「少しの間、雲隠れすればいいだろう」
そう言うなり、白金の髪をポニーテールという美形にしか許されぬ髪型をした魔王は、手元の書類へと視線を戻した。
「それはそうだが……」
だが、それは高校生活をこのまま棒に振るということだ。いや、この容姿で花の女子高生を騙るわけにはいかない。客観的に見て私の姿は、20歳過ぎのホストが妥当だろう。ついでに店のナンバーワンになれる気がする。
「いっそのこと、ホストになってやろうか。女だけど」
「ホスト?なんだそれは?」
「甘い言葉と容姿で女をもてなして、金を貢がせる職業」
若干なげやりになりながら、私は答えた。
「男娼のことか」
ぞんざいな説明でも、アガレスは納得したようだ。
それよりもこの異世界は、なかなかにヘヴィーだと思う。奴隷に、娼婦・男娼、人身売買……まず日本では身近になかったものだ。
しかも、そのほとんどの元締めがホルテ教という最大規模の教会だから、どうしようもない。
そして、今、そのホルテ教の中心に立っているのは、私だ。
当面のところ、適当に膿をひとつところにかき集めて、あとはこの世界の住人に任せるべきだろうと思っている。
この膿をきっかけにミラコスタ王家が力を持ちすぎても困るし、さじ加減が難しいところだ。だが、その辺りのことは兄がどうにかしてくれるだろうと楽観している。
私は、異世界に干渉できる妖精を殺して、憂鬱だがさっさと元の世界に帰るべきなのだ。
私たちが帰った後にアガレスに召喚陣を破棄してもらえば、それで異世界との繋がりは消える。もう異世界の連中に煩わされることはない。
だが、そこまでが長い。私はまたため息をついた。
そして、視線を感じて、正面の魔王を見遣る。
「なんだ?」
「…男娼にしては、とうが立ちすぎていないか?」
ホスト云々をまだアガレスは気にしていたようだ。まじまじと私の顔を見てくる。
男娼といえば年齢制限は特になかったと記憶しているが、この世界に関しては稚児が当てはまるのだろう。
そこで、執務室の扉がノックされたのをきっかけに、私はひっそりとほくそ笑んだ。
体を乗り出して、アガレスの顎をすくう。そして、低い声で私は囁くように言った。
「そんなに俺を見て、どうしたの?今夜は君が俺を指名してくれるのかい?」
「は?指名?」
きょとんとして、アガレスは問い返す。私は間にあった机に乗り上げ、アガレスの背もたれに手をついた。
「とぼけるなんてひどいな。俺を選んではくれないの?」
もう片方の手で顔の輪郭をなぞり、白金の髪を一房すくってみせる。台詞と共に、眉尻をさげて悲しそうな顔をつくることも忘れない。
「ゆ、兪貴?」
アガレスは、非常に困惑している。遠くで誰かの荒い鼻息が聞こえた。
「ああ、ようやく名前を呼んでくれた」
私は微笑んで、アガレスに顔を近づけ…耳元で囁く。
「-----今夜の俺は、君だけのものだ」
ちゅっと音をたてるサービスもつけておいた。それに、アガレスはびしりと固まり……
「ふぉおおおおおおおおお!!」
色気もなにもあったものじゃない雄叫びのような悲鳴があがった。もちろん、悲鳴の犯人は、カレンだ。
カレンは鼻血をたらし、目を血走らせている。喜んでくれたようで何よりだ。
私は何事もなかったように体を離して、もとのソファに座り直す。
カレンが執務室の扉をノックするのに気づいて、ひと芝居打ってみたのだ。アガレスもホストに興味を持っていたようだし、見た目は男と男の絡みにカレンも喜ぶし、一石二鳥だろう。
そう私が満足していたところに、カレンと共にいたらしいシェイドが叫ぶ。
「アマギ!魔王陛下になんてことを…!陛下は純真でいらっしゃるのだぞ!!」
純真て…。
アガレスはとうに100年以上生きている。そこではたと、私は思い出す。ミラコスタ王国の2代目国王は、生涯独身を貫いたと、最近読んだ歴史書に書かれていたはずだ。
「……その顔で初心とかないな」
「アリだよ!魔王陛下がピュアだなんて、すっごく萌える…!」
失笑の私に対して、カレンは更に興奮していた。とりあえずカレンに近くにあった布巾を手渡してやる。まずその鼻血をどうにかしろ。
「……純真…初心……ぴゅあ……」
アガレスはというと、ぷるぷると体を震わせていた。
「陛下の幼少期より見守っておりましたが、陛下が女子と一夜を過ごすことはついぞなく、色事に関しては全く免疫がないのです。ああ、嘆かわしや」
いつの間にそこにいたのか、宰相が目元を押さえている。だが、その口元には笑みが浮かんでいた。
「アガレス……本当に相手をしてやろうか?」
悪ノリした私は、そう申し出てやる。
「……うるさい!!」
目元を赤らめたアガレスの怒号が、執務室に響き渡ったのだった。
ありがとうございました!




