カレンと魔王城
わたしは、ずっと王宮の与えられた部屋にいました。そして、毎日毎日あの日のことを夢に見ます。
あの日、建国祭の日に、わたしは剣でゆきちゃんを刺しました。
どうして、それがゆきちゃんのためになると思い込んでいたのか、分かりません。大好きだったゆきちゃんは、あの日以来、行方がわからないままです。わたしが刺したことが原因でゆきちゃんは死んでしまったかもしれない。そう思うと、怖くて怖くて、もう目も耳も何もかもをふさいで、わたしなんてなくなってしまえばいいのにって、思うんです。
あの日のことをずっと考えて、今日もまた一日が終わります。そういえば、蒼馬くんの姿を最近見てません。どうしてでしょう?
探しにいこうかと、久しぶりに寝台を出ました。すると、立ちくらみが起こって、わたしは立っていられず、バランスを崩してしまいます。
「ふさぎ込んでいると聞いたが、どこへ行く」
しかし、わたしは転倒することなく、誰かに支えてもらいました。
わたしを支えてくれたのは、12、3くらいの少年です。白に近い白金の髪に紅い瞳の美少年でした。おもわず鼻を押さえてしまいます。大丈夫、鼻血は出ていない…。
ふわふわな銀髪にウサギさんみたいな紅い瞳、貴族のお坊ちゃん風の衣装に身を包んでいて、膝小僧丸見えです。ストライクです!
「おい、聞いているのか?」
「は、はい!」
訝しげな声に急いで返事する。この美少年、見た目の割に中身が成熟している気がします。
それにしてもこの美少年は、どこから来たのでしょうか?王城に出入りできるのだから、衣装通り貴族であってそうです。
「荷物はどこだ?」
「……え?」
「おまえが異世界から持ってきた荷物はどこだ?」
なぜそんなことを聞くのでしょうか?
ますます首を傾げてみせると、美少年にため息をつかれました。
「ここはまもなく戦場になるだろう。異世界勇者たるおまえが矢面に立たされるやもしれない。さっさと出て行くに限る」
戦場…?
「とにかく、ここを出て行く準備をしろ。一度出てしまえば、もう王城には戻れないだろうからな」
どういうことでしょう?もう魔族との戦争は、ゆきちゃんが仲介したことで終わって、もう平和になったんじゃなかったっけ?
わたしの知らない間にまた魔族と戦争を始めたということなのですか?
詳しいことを聞こうとしましたが、美少年の早くしろオーラには逆らえず、いそいそと荷造りします。
荷造りと言っても、着てきた制服と学校鞄を持てば、それで終わりです。
蒼馬くんの分も持って行きます。そういえば、思い出しました!蒼馬くんは、勇者一行に混じって、ゆきちゃんを探しに行ったはずです。大丈夫でしょうか?
「準備できたよ。あの、蒼馬くんは…」
「なら、さっさと行くぞ。ソーマには、サラがついている」
美少年に手を掴まれた瞬間、辺りが真っ暗になってしまいました。
そして、すぐに眩しい光がわたしを迎えます。
最初は停電したのかと思いましたが、先ほどまでいた王城の部屋がより豪華になっていて、別の場所に移動したのだと気づきました。家具の配置も、窓から見える景色も全く違っています。
「しばらくはここで大人しくしていろ。まぁ、別にこの建物内なら好きに出歩いても問題ないがな」
「ちょ、ちょっと待って!ここはどこなの?」
出て行こうとした美少年をわたしは慌てて引き止めました。
いきなりこんなところで放置されても困るのです!
「ここは、魔大陸にある魔王城だ。俺の名は、アガレス。困ったことがあれば、俺の名を出せ」
美少年 アガレスはそれだけ言うと、部屋を出て行ってしまいました。
それにしても、一瞬で魔王城とは…。
当初の目的地にスキップ機能で来ちゃいましたよ。達成感も何もあったもんじゃありません。
とりあえず、荷物を置いて、わたしは扉を開けてみます。部屋の外は、長く広い回廊が続いているだけで、特に何かあるわけでもないようです。
もうこうなったら、魔王でも探してみます?
魔王の名前は確か……ア、アキレスでしたっけ?なにぶんぼんやりとしていた時に聞いたので、あんまり覚えてないです。でも、アキレスっぽかった気がします。
とにかく魔王は置いといて、アガレスくんを探しましょう!彼から詳しい事情を聞くのです!!
それにしても、このシチュエーションってあのお話に似ている気がします。女の子がウサギさんを追って穴に落ちてしまう不思議なお話です。アガレスくんは見た目はウサギさんぽかったですし、ここはわたし風に、カレン in デーモンランドとでも言いましょうか…。
おお、なんかかっこいい!
「よしっ、カレンinデーモンランド、ここに開幕です!!」
わたしはびしっと拳を握って宣言しました。
「あのー、ちょっといいですか?」
しかし、扉のすぐ近くで同い年くらいの少女が一人、気まずそうな顔で立っています。見られてたようです。お恥ずかしい。
彼女はまだらな金髪に白いラインの入った軍服を着ていました。どうやら魔王軍の一員みたいです。
「私は魔王軍の一兵卒、シェリルです。魔王様よりカレンさんの案内係を仰せつかりました。どうぞよろしくです!」
「えっと、こちらこそお願いしますっ」
魔王…わたしがここにいること知ってたんですね。アガレスくんは魔王の命令でわたしをここに連れて来たようです。
「では、さっそくですが、魔王城の探索に行きましょう」
シェリルがそう言ったのに頷いて、わたしは長い回廊を歩きだしました。
魔王城は、ミラコスタ王国の王城よりも遥かに広く、目を回すほどです。
庭や食堂をまわり、訓練場で筋肉にうつつをぬかして……わたしは、図書室に辿り着きました。
異世界翻訳は、話すだけでなく文字にも適応されていて、どんな文字でも日本語に見えるという不思議仕様なのです。
図書室は、こじんまりしていて、誰もいませんでした。しばらくここにいることを告げると、シェリルが出て行きます。訓練に参加するんだそうです。
わたしは気になった本を手に取ります。何故かここには、アシュマと書かれた本が多く置かれていたのです。
アシュマといえば、美丈夫な商人のお兄さんが思い浮かぶですが…実は、アシュマさんて、有名人だったりするんでしょうか?
とりあえずアシュマシリーズ1刊を読んでみます。
”アルシュナ商会、会頭 アシュマ。彼のミラコスタ王国国外での行動を書き記す。”
おお!やっぱりアシュマさんって有名人だったんですね!アルシュナ商会は全大陸展開とも書かれています。
"アルシュナ商会の裏の顔は武器商である。この商会の暗躍により、幾度となく戦争が巻き起こっていることが判明。それについて詳しく記述していく。"
……これって、アシュマさんは悪の商人だったということでしょうか?
ぱらぱらとページをめくっていくと、年号表のようなものがでてきました。それを見れば、アルシュナ商会は、何百年も前から存在していることになります。
そういえばアシュマさんもキールと同じ、妖精なのでした。
「妖精…」
思わず言葉がこぼれました。それと共に悪夢も思い出されて、胸がぎゅっと締め付けられます。
「それに興味があるのか」
しかし、突然声がして、悪夢が去って行きました。振り返れば、厳めしい顔つきの老人がいます。
「それは魔王陛下が記した、とある妖精についての記述だ」
老人は言葉を続けました。この老人は魔王軍の軍服を着ていないけど、なんか貫禄があります。誰なんでしょう?
「おまえのことは聞いている。フジサキ カレン、異世界より召喚された勇者だとな。儂は魔王軍の宰相だ」
なんと、宰相さんでしたか。しかもなんか色々知っているっぽい!
「あの、とりあえず魔王さんが書いたとは、どういうことなんでしょう?」
「魔王陛下は魔王になる以前、このアシュマという妖精について調べていたのだ。我々魔王軍の上役は、妖精の存在を知っている。その矛先がもう二度と我らに向かぬよう、儂らはヤツらのことを調べ尽くしたのだ」
妖精ってろくでもないんですね…。
「この魔王城なら妖精から守ってやれる。異世界の娘よ、儂らの世界の事情につき合わせて悪かったの。もうすぐ元の世界に魔王陛下が戻してくださる。それまで、ここでゆっくり過ごすといい」
宰相さんは厳めしい顔から一転、眉尻を下げて私の頭を撫でていきました。とっても優しい人だったみたいです。教会や妖精たちが勝手にわたしたちを召喚したのにも関わらず、宰相さんは何故かその召喚について責任を感じているようです。
そんな風に思っていてくれる人がいるなんて、思いもよらないことでした。それでも気遣ってもらったことがわたしにはとても嬉しかったのです。
-------この日から、わたしは悪夢を見なくなりました。




