雅と隣国王女
私の名は、天城 雅。かつて、13という中二病真っ盛りの年頃にこの異世界にやってきた建国の賢者である。
生まれたばかりの可愛い妹を愛でていたはずなのに、気がつけば、どこぞの屋敷の噴水に落ちていた。
その屋敷の持ち主は、領主のセフィルだった。彼の元に身を寄せていた現女王の従姉妹であるアウローラという少女に出会ったことで、私は今のミラコスタ王国建国の道を歩き始めたのだ。
私がその異世界転移で過ごした年月は、ざっと10年。元の世界に戻れば、肉体も10年前と同じように戻っていたが…。
今回は早く帰れそうである。異常に逞しくなった妹がなんとかしてくれるだろう。逞しくというより、戦慄の血みどろ思考を持っていたが、私自身がその原因の一端を担っているので文句は言えまい。
天城 兪貴の計画通りに事が進めば、ミラコスタ王国は滅亡するだろう。
かつて自分が作った国が破壊されるのを黙って見ているだけではなく、その破壊の手助けをするとは思わなかった。しかし、もう私の作った国も進化し、その建国当時の面影はまったくないし、驚くほどに未練もない。
私は今、隣国クレートに来ていた。クレート国はミラコスタに次ぐ大国であり、国教を同じくする。ホルテ教をクレート国民の大多数が信仰しているのだ。
そして、なによりもクレートの民は圧政に苦しんでいる。それに心を痛める力なき王族が一人。第一王女 ニルダ=バラーダ、彼女に王位をちらつかせ、できあがった勢力を取り込む…それが私の仕事だ。
私は、さっそく教会の使者を装い、彼女に接触した。エルネストに書かせた証書を持っていれば、信用してもらうのも容易い。
「初めまして、私の名はミーヤ、ミラコスタ王国の教会にて聖人の称号を得た者です」
燃えるような赤い髪をした15,6の少女が胡乱な目で私を見下ろした。そういえばアウローラもこれくらいの歳で女王になった。
「その聖人が、私のような者に何の用だ?」
答える声には、自虐の色がまざっていた。歳よりも成熟した雰囲気をもつこの少女が、クレート王国第一王女 ニルダ=バラーダだ。
「単刀直入に言わせていただきますと、ミラコスタ王国にてホルテ教の最高聖職者であらせられる教皇様が国王ジェラールに不当に捕縛されました。私共の力では、教皇様の安否を確認することも叶わず…それゆえ、ニルダ=バラーダ王女殿下のお力添えをお願いに参りました」
「私にそのような力はない。泣きつくのなら、クレートの国王陛下にしろ」
教皇の危機に顔を顰めたものの、にべもなくニルダ=バラーダは斬り捨てた。しかし、私は笑って言葉を紡ぐ。
ニルダ=バラーダは、一番ミラコスタに近い領地を持っている。その領だけは、今のところ圧政を免れているが、それがいつまで続くかわからない状態だ。そして、王女たる彼女が圧政からの解放を叫べば、他の領主や圧政に苦しむ民から絶大な支持が得られるだろう。彼女は気づいていないが、他領の民はもう革命を叫ぶしか道は残されていないくらい困窮している。
「王女殿下には力があります。もしお力を貸していただけるようでしたら、必ずやその旨を教皇様にお伝え申し上げましょう」
ホルテ教は、トップは腐りきっているが、その権力は類をみない。ホルテ教を国教に定める国々においては、教皇が国王の拝命権をもつのだ。
教皇がクレート国で、現国王を廃しニルダ=バラーダを新国王に据えると宣言すれば、革命も起こることなく、武力で王権を奪取することもなく、最も平和的に王位が譲渡されるのだ。
結局、その日の接見で返事を得られることはなかった。
しかし、後日に謁見の確約がとれている。焦ることはないだろう。私としては、隣国の介入という事実だけが欲しいのだ。
ミラコスタ王国は、王都と郊外とで徐々に軋轢が生まれてきている。そこに、郊外に味方するように隣国の小規模といえど軍が入り込んで来たのなら、確実に救済軍を排除せざるをえなくなる。
----------兪貴の目的の一つは、戦乱の拡大だ。
兪貴はこの異世界を血色に染め上げるだろう。
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「おまえはいつ聖人なんて者になったんだ?」
ニルダ=バラーダの領地で私たちは、宿をとっていた。謁見の最中もずっと私の後ろで控えていたアシュマが問うてくる。
「おまえに答えてなんの意味がある」
冷たく言い捨てれば、アシュマは興味深そうに笑った。冷たくされて喜ぶなんてマゾだ。最近のアシュマは気持ち悪すぎて、吐き気がしてくる程だ。
アシュマは、天城 雅である私を天城 兪貴を認識している。そのため貴族の青年のような格好をしている私が、アシュマには男装した女に見えているのだ。今も、親しげに私の腰に手を回してきた。
私と兪貴の入れ替わりがバレていないのは何よりだが、なにが悲しくて男が男に腰を抱かれなければならないのか。この点に関してだけは、兪貴を恨んでもいいだろうか…?
「冷てぇな、俺とおまえの仲じゃねぇか」
どんな仲だ。私に黙って兪貴はいかがわしいことでもしていたのだろうか。兄は交換日記までしか許した覚えはありませんよ…!
「黙れ、妖精風情が」
そう言って手を振り払えば、アシュマはそれ以上絡んでくることはなかった。
「んで?結局のところどうなんだ?俺にはうまくいってんのかどうかもよくわかんねぇ」
隣国に来て実感したが、アシュマはただの商人じゃない。
第一王女の謁見にこぎつけるだけのコネを持った豪商だった。だから、私が何をしようとしているかくらいわかるはずなのだ。
それでもとぼけるのは、私に侮られたいのか、それとも私を試しているのかのどちらかだろうか。
「ミラコスタ国内では、私の手駒が動いている。私は国外で救済軍の拡大を狙うだけだ」
「手駒って、エルネストのことか?」
あいつにやらせても大丈夫か?とでも言うように、アシュマは問うてくる。
「あれでも教皇の側近だ。無能ではないだろう」
エルネストだけなら荷が重いだろうが、向こうには兪貴がいるのだ。それだけは隠し通さなければならない。
数日後、再びニルダ=バラーダとの謁見で、私はホルテ教への協力を取り付けることができた。
そして、私が召喚されて一月が経とうという頃、ニルダ=バラーダとその私兵を率いて、私はミラコスタ王国に舞い戻ることとなる。
こうして私は、ミラコスタ王国滅亡の引き金を----引いた。




