兪貴と暗殺
「さてと、そろそろ行ってきますよ」
日が沈んだ頃、私は腰を上げた。
「待ってください、これからの計画とか陰謀とか全部話してからにしてください!」
落ち着きなく部屋をうろうろしていたエルネストが、すがりついてくる。私はそれをさっと足蹴にして、部屋を出た。
「何も問題ありませんよ。夜明けまでには戻りますから」
教会の礼拝堂へと足を運ぶ。この礼拝堂には地下通路へと続く隠し扉があるのだ。
長い長い階段を下りていく。ここのものは、王都よりも長いな。階段を下りると待っているのは、大扉だ。その扉の近くには、セフィルの書いた碑文が残っている。
セフィル、彼は旧ミラコスタ王国の貴族であり、建国の女王 アウローラの王配だった。自身も妖精の身でありながら、ティタニアやクラウンとは違い、国のために尽力した。しかし、時が経つに連れ、結局は迷惑な妖精になったのだ。それは、アウローラを亡くしたからか、孤独に堪えられなくなったからかは知らないが…。
妖精というのは難儀なものである。そして、何においても無頓着だ。
扉を開けて私は、旧ミラコスタ王国王都に足を踏み入れた。松明すらなく、辺りは闇に包まれている。しかし、私は夜目がきくので、特に問題はない。
さて、舞台としてはどこがいいだろうか。私は辺りを見回す。すると、ほど近いところに教会を発見した。
老朽化具合は、凄まじいことになているが、なかなか風情ある建物だ。ここで殺そうか。
用意してきた術式が書かれた札をいくつも、そこに魔力を篭めて、張り巡らす。精霊避けの術式だ。これでシヴァは出てこれない。
精霊、魅了、憑依…どれについても対策は万全だ。
さぁ、来い。私はここでキールを殺す。
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夜も更けた頃合いに、キールはやって来た。
彼女が地下都市に到着した合図に、光が舞い散る。光は、辺りを照らし、私の姿をさらけだした。
「ミーヤ!会いたかったよ!!」
少し前まで、鏡をみればあの姿が映っていたかと思えばなにやら感慨深い。
癖のないまっすぐな白い髪、血を固めたような真っ赤な双眸、雪のように白い肌。その面立ちは非常に整っており、人形のような愛らしさを秘めている。
「お久しぶりです」
ひと月ぶりだがな。
「もう、こっちに来たのなら、早く言ってよ!」
頬を膨らませ、すねてみせるキールを私は冷めた目で見ていた。
「……なに、もしかしてまだ怒ってるの?ユキちゃんを少し借りただけじゃない。もう返したのに、ミーヤってば意地悪ね」
借りた、返した…なるほど、キールはそんな認識だったわけだ。やはり妖精は理解できない。理解できないものを差別、隔離、排除するのは、人間の性質だ。そうだろう?
「ちょっと…きいてるの!?私がこんなに反省してるのに、ミーヤは許してくれないわけ!?」
思い通りに事が運ばなかったら、逆ギレか。ほんと、子どもみたいだな。
「ああ、いくら赤子だったとはいえ、こんな阿呆に憑依されてた自分が可哀想です」
思わず本音がこぼれでてしまった。
「…むー、何言ってるのっ。ミーヤは難しい話ばっかりする」
「おまえが馬鹿だからだろ」
開き直って、馬鹿にしてやれば、彼女はぽかんと口を開けたまま呆ける。
「本当に気持ち悪いな。ベタベタ媚びた声出しやがって、シヴァといい、ミーヤといい、顔のいい男なら誰でもいいのかよ。あげくに未だ、私が誰か気づいてないときた。シヴァが顕現できないことだって気づいていない。このような阿呆に策を練った私が馬鹿みたいだ」
本当に、簡単だ。手に隠し持っていった銀ナイフで、おそらく生涯初だろう罵倒に目を白黒させているキールの右腕を斬り落とす。
「せいぜい死の恐怖を楽しめ」
あっけなく片腕が宙を舞い、切断部から血が噴き出す。
「ああああああ!?」
悲鳴をあげて、キールはのたうち回った。
「痛い痛い痛い!まだ治らないの!?」
周囲に血が飛び散るのもおかまいなく、キールは痛みのままに暴れ回る。仮にも勇者が無様だな。
「治りませんよ」
私は優しく教えてやる。そして、転げ回るキールの腹を踏みつけ、その脚に剣をぶっ刺した。
「-----------!!!!」
非常に不快な悲鳴が大音量で発せられ、耳に痛い。
「し、シヴァ、シヴァ!!わたしを、助けてよ!なにしてるの!?」
キールは、ただひたすらにシヴァに助けを求めた。自分でどうにかしようという気はないらしい。まぁ、術式を展開する余裕も、剣を振るう腕もないのだから、仕方ないか。
悪あがきされるのも面倒だし…
「うあああああ!?」
もう片方の腕も斬り落としておこう。ついでに脚もと思ったら、先に突き立てた脚の切り口が灰と化していた。なるほど、銀の武器で心臓以外を傷つけると、その傷口だけが灰になるのか。再生はできないようだ。
飛ばした腕も灰になっている。
片脚だけになったキールが、必死にその片脚を動かして、私から距離をとろうとあがいた。しかし、腹を踏みつける力を強くすればそれは叶わない。
「や、やめてよ…ミーヤ!どうしてこんなことするのさ…!」
「さぁ?」
私は笑顔で首を傾げてみせた。そして、精霊避けの術式を解除する。もうすでに、キールに力は残っていないだろう。
それ故、魅了の効果も薄くなる。自身の意思でねじ伏せられるくらいに----
「彼にきいてみてはどうでしょう?」
彫像の如く整った顔には、一切の感情が浮かんではいなかった。恐ろしいほど冷たい雰囲気をまとった闇の五大精霊 シヴァが顕現する。
「…シヴァ!遅いよ!」
私が脚を退かせば、キールはシヴァのもとに這いずっていく。もう魅了で従えることもできないのに---
「心臓を突き刺せば死にます」
私は、彼に銀の剣を放った。17年憑依されていた程度の私より、何百年と魅了されてきたシヴァの方が、よっぽど止めを刺すには、ふさわしい。
そして、何百年と連れ添ってきたシヴァに殺されることで、キールにどれだけの絶望を与えられるのか。考えただけで愉しい。
「天城 兪貴、感謝する」
「え、ユキちゃ」
シヴァは剣を受け取るなり、這い寄ってくるキールの顔を蹴り上げた。さらに、残った片脚を斬り捨てて、踏みつぶさん勢いでその仰向けになった腹にむけて脚を振り下ろす。
「--------------っ!!!」
獣の断末魔のような声が響き渡った。
「やめてやめて!どうして…皆、私の邪魔するの!?」
その台詞はクラウンも言っていたな。息も絶え絶えにキールはシヴァや私に訴えかける。
「ミーヤじゃなくて、ユキちゃんなのを間違えたこと、怒ってるの!?似ているんだから…仕方ないじゃない!体が痛いのっ!ねぇ、ユキちゃん…その体、また貸してよ」
キールは私と目を合わせて、その紅い双眸を光らせた。憑依するには、相手と目を合わせる必要がある。その際、妖精の目が発光するのは実験済みだ。そして、憑依の対策も万全だ。妖精はすでに他の妖精に憑依されている者には、憑依できない。
「無駄ですよ、さっさと死んでください」
--------私は嗄れた声でそう言った。
それと同時にシヴァがキールの心臓に剣を突き立てる。キールは凍り付いたかのように動きを止め、数瞬後、灰となった。
これにて妖精 キールの討伐完了。残りの妖精は、あと4体-------




