ソーマと密偵
魅了を目の当たりにしたその日は、俺はすぐさまキールから離れて、教会に戻った。
ヘルマンはミーヤの行方を知らないといったが、どうも嘘くさい。もし彼がエルネストと繋がりがある腐敗教会の筆頭なら、王家に反旗を翻す噂を流しているミーヤを嬉々として匿まうだろう。腐敗がバレたら処罰されてしまうのだから、当然腐敗を探る王家を邪魔に思っているはずだ。
それにしても、ミーヤの目的が見えない。ヘルマンが言ったエルネストを助けたとはどういうことなのだろう。ミーヤは建国に尽力した賢者だと聞いている。普通自分の建てた国が腐敗した教会に脅かされているとなれば、王家側につかないか…?
考えたって、答えはでない。なら、直接ミーヤに会うまでだ。俺は信徒のふりして何食わぬ顔で、教会に入り込む。信徒は礼拝堂までしか入れないが、俺は聖職者の隙を見て、奧へ奧へと侵入した。ただ闇雲に教会の敷地内をうろうろするしかない。だが、すぐにヘルマンの後ろ姿を見つけた。
彼についていけば、ミーヤに関して何か情報が手に入るかもしれない。慎重に彼の後をつけようとしたその時だった。
「……何してるの?」
すぐ傍で声がして、俺は飛び上がった。ばっと振り返れば、そこには----アルカがいた。
「え…っ?」
歳は12、3くらいの黒髪に青い眼を持つ少年が以前と同じように、聖職者の衣装に身を包んでそこにいたのだ。
アルカはクラウンに憑依されていたはずだ。しかもそのクラウンの行方は不明だと聞いていたのに…。
「呆けてないでこっちに来てよ」
アルカは、俺の服を引っ張って、手近な部屋に引き入れた。
「……アル、カ?」
俺には、クラウンに乗っ取られたままなのか、そうじゃないのか、分からなかい。
「それ以外に何に見えるんだ…。いっておくけど、君のとこのアマギが僕の中のクラウンを殺したんだよ」
「それはよかった…って、今、妖精を殺したって言わなかったか!?」
妖精は殺せないはずじゃなかったか?
ゆきが妖精を殺す方法を見つけたということになる。じゃあ、クラウンと教皇、ジンが行方不明なのは、ゆきに殺されたからか…?
やっぱりゆきの記憶や人格は、消えていなかったんだ。
「僕は、クラウンから引き剥がされて、三日ほど記憶を失っていた。今も、記憶のないフリしてアマギの傍で仕えているんだ。だから、一つ忠告しておく、アマギはキールを暗殺するつもりだ。今夜は決してキールについていってはダメだよ」
アルカは真剣な表情でそう言った。
「僕の記憶が戻っていることなんて、アマギはとっくに気づいているかもしれない。その上で、僕を泳がせている。あれは、妖精より質が悪い。明確な理由と目的をもって行動しているはずなのに、その理由も目的も僕にはまったく見当がつかないんだから」
「ゆきが、妖精よりヤバいってこと?」
そんなことはない。ゆきは憑依被害者、誰よりも理不尽な目に合っているんだ。妖精たちみたいに勝手気ままに理不尽を振りまくようなまねはしない。
「君が信じられないのも無理はないかもね。でも、一つ言っておくと、今まで君が知っているアマギは憑依されたアマギだ。今の憑依されていない本当のアマギを君は知らない。そして、アマギは一見、妖精をおびき寄せ抹殺する計画で動いているように見えるけど、他にも別の目的を隠していると思うよ」
さっきも言った通りその目的がまったく分からないけど…と、アルカは付け足した。
アルカに言われて俺は気づかされた。そうだ、俺の知っているゆきは、憑依されたゆきで、憑依されていないゆきは知らないのだ。その本来の姿や声だって俺は、知らないのだ。
愕然とする俺をアルカは少し憐れんでいたのだと思う。その部屋の隠し通路を使い、俺をこっそり外に連れ出してくれた。
「今夜はキールについていってはいけないよ。これからの連絡は、エレナを通すから。僕があとどれだけの情報を流せるかは、わからないけどね」
「アルカ……」
アルカはすぐに教会に戻ってしまう。俺はそれを引き止めることもできず、ただ立ち尽くした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
気づいたら、宿に戻っていた。外を見れば、もう日が沈んでいる。
今夜はキールについていくな、そう言うアルカの声を思い出した。
俺には、知らないことが多すぎる。いや、気づいてないだけかもしれないが…。とにかく、俺はそんなに頭が良くないんだ。分からなければ、本人に直接聞くしかない。
惚けてたって何も始まらないから-----
俺はすぐさま立ち上がって、キールの部屋に向かう。
「キールはいるか?」
扉をノックして問いかけると、同室のエレナが出てきた。
「ソーマさん、このような時間にどうしたのですか?キール様なら少し前に散歩に行ってくると出て行きましたが…」
「そうなのか。どこに行ったかは、聞いていない?」
「申し訳ありません、外に出るとしか、聞いておりませんでしたので…」
俺は、エレナに礼を言って、宿を出た。
「サラ、キールを探してくれ!」
そして、サラに呼びかける。顕現したサラは、少し困った顔をしていた。
「…分かった…」
それでも彼女は、俺を先導するように、ふわふわと港町を飛んでいく。そうして俺は、港町を走り回った。
走って走って走って、気づく。港町を二周くらいしかしたんじゃないか?と-----
「サ、サラ!案内する気ないだろ!」
息を荒げて、叫べば、サラはようやく止まった。
「…うん…」
あっさりと頷かれ、俺は地面に座り込む。
サラは今夜キールが殺されることを知っていたようだ。そして、俺を近づかせたくないのだろう。
「俺は、妖精は間違っていると思う。だから、妖精がいくら殺されようが、当然の報いだとも思ってるし、邪魔なんかしない。俺はゆきに会いたいだけなんだ」
そう伝えれば、サラはゆっくりと手を伸ばして、俺の中に入り込んだ。
同調したのだろう。
視界がさあっと開けて、体が軽くなる。そして、サラがより近く感じられる。
「…ミーヤは、地下都市にいる…」
俺の口が勝手に言葉を発した。サラが俺の体の主導権を握り、空を舞う。
周囲の風を操り、俺は夜空を飛んだ。そうして、すぐさま港町ミクラの教会ある礼拝堂に到着すると、扉を開けて、中に入りこむ。
中には誰もいないようだった。礼拝堂の一番奥の部屋に迷うことなく進む。その部屋には、地下へと続く長い長い階段があった。
またふわふわと飛んで、地下へと降りていく。そこには隠し通路があり、その薄暗い道は見覚えがあった。
ここは、俺がジンや教皇に連行された王都教会の地下によく似ているのだ。
サラは、地下通路を進んでいく。すると、ほどなくして大扉に突き当たった。
その扉は、ひどく古びており、近くには何か文字が刻まれている。
扉の文字は無視し、サラは手を伸ばして、扉を押した。ギギギと、擦れたような音を立てて、扉は開く。そして、俺は息を呑んだ。
扉の先には、街があった。
「こ、ここは…?」
俺はサラに問うた。丁度高台にいるので、ここから街が一望できる。ところどころ壊れた建物があるものの、今のミクラと変わらない規模の街がそこにはあった。
「…旧ミラコスタ王国王都。ティタニアがクラウン共々沈めた街…」
そういえば、ティタニアは旧ミラコスタ王国最後の女王だった気がする。ということは、自分で自分の国を沈めたのか…!
妖精の思考回路が全く理解できない。だが、それでもひとつ物申したい……人間には迷惑すぎるだろ!
妖精の所業に唖然としていると、こつこつと足音を響かせ、後ろから誰かがやってきた。
俺は、振り返って、絶句する。
「緒方 蒼馬さんですね?お久しぶりです」
「…み、やび、さん……?」
恐ろしく美しい人がそこにはいた。
天城 雅。名前の通り優雅な雰囲気を纏う絶世の美人であり、天城 ゆきの実の兄である。
ミーヤ=天城 雅。
俺の頭の中にそんな等式が出来上がった瞬間だった。




