兪貴と魅了
王宮よりキールがエルネストを探しに、遣わされた。そう知らされたエルネストは、ぎくりと顔を強張らせた。
「悪の親玉が、そう慌てないでください。」
「いや、しかしですね。キールは非常に厄介な相手ではないですか!」
私はやれやれと首を振ってみせる。
「いいですか?キールは実に簡単に殺せます。あれは武力の塊、頭を使いません。しかし、シヴァが頭を使いますので、まずは彼から封じます。」
「封じる、ですか。」
私は頷いて、アルカに視線を移す。
「ジンの術式で精霊避けがあったはずです。これを使います。」
私は用意していた紙切れを見せる。そこにはジンの術式が記載されているのだ。
「ずいぶんと用意がいいのですね」
ふふん、と私は得意げに笑ってみせた。
「さてさて、そこで問題になるのが大義名分です。キールを殺す理由を作らねばなりません」
「愚民共は、盲目的にキールを支持しています。キールを殺す名分など、あるはずもない!」
「なら、暗殺しましょうか」
キールは行方不明のまま、新たな事件を起こせば、自然と人は新しい方に目がいく。さらに言えば、すでに事件を起こす手筈は整っているのだ。
キールは蒼馬と共に、ヘルマンのいる港町ミクラの教会にやってくるだろう。蒼馬がいるならサラと連絡がとりやすい。キールが一人になったタイミングで暗殺実行だ。地下都市におびき寄せてもいいな。
「そんなことができるのですか?」
エルネストが疑わしそうな目で見てくる。
「できますよ。憑依されていた私には、あれの行動パターンを読むことができますしね。さ、ミクラに戻りますよ」
私は立ち上がり、外套を羽織った。そして、部屋の外で待機していたアルカを呼ぶ。
「さぁ、あなたにもやってもらうことがありますからね」
「はい、ミーヤ様」
アルカを連れて、私はこの地を後にした。
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ミクラに戻って早々に、勇者一行は現れた。ヘルマンたち聖職者と接触する前に殺した方が得策か。それともキールの残虐性を見せつけた方がいいか。悩みどころだ。
うーん…あちらには、蒼馬もいることだし、ここはキールに醜態を晒してもらおう。
ミクラにやってきたのは、キール以外に蒼馬とエレナ、リィーヤがお供としてついてきている。彼らは夕方頃にこの地にたどり着くと、一晩宿で過ごした後、まっすぐヘルマンの教会にやってきた。さすがお花畑な頭をしているだけある。裏で証拠集めしようとか、噂の出処なんて気にもしない。まぁ、私の方はその方が助かるのだが…。
キールは教会に来るなり、長を呼んだ。ヘルマンやこの教会の聖職者たちがぞろぞろと一行を出迎える。私も聖職者の中に紛れ込んだ。
「これはこれは、キール様!ご無事で何よりです。王都の教会でのことは聞き及んでおります」
ヘルマンは、卑しい笑みを浮かべて媚びる。周りには何事かと民たちが集まって来ていた。
「そう、なら知っているよね。魔族と人間の戦争はすべて教皇が引き起こしたことなんだ」
キールの言葉に民たちがざわめく。当事者たるキールが事情を説明して回っているとは、実に効果的だな。
「そうなのですか…?」
しかし、ヘルマンはそれに首を傾げた。さすがは狸、なかなかの役者だ。
「私は、とある御方より、此度の戦争の原因は、妖精の仕業だと伺っております」
自分の言葉に疑問をもたれ、キールがむっと顔を歪める。
「それ、誰に聞いたの?」
「エルネスト様を救いし御方にございます。その功績により近々、聖人の称号を授けられる御方でもありますな。かの御方は、災厄をもたらす妖精を長年追っているそうで、この国に入り込んだ妖精の存在を教えてくださいました。妖精とは、人間を魅了し、意のままに操る術を得ているとか…キール様はご存知ではありませんか?」
民が固唾を呑み込んで見守る中、キールはあっさり肯定した。
「もちろん知っているよ!だって私は妖精だからね!でも、勘違いしないでほしいな、悪い妖精の教皇から私が皆を助けてあげたんだよ?」
----だから、君たちは私に感謝するべきなんだよ!
そして、魅了が発動する。キールを中心に民たちが泣いて喜び、キールを讃えだしたのだ。私は魅了が放たれる一瞬だけ蒼馬たちに結界をはった。おかげで彼らは、正気のままだ。むしろ、民たちが突然キールを崇めだしたことに困惑している。
ついでにいえば、ヘルマンたち教会側の人間には、すでに微弱な魅了にかかっているので、問題はない。
魅了についても私は調べ済みである。魅了は、妖精の意思一つで発動することも解除することもできるのだ。ただ、魅了は結界で防げるし、既に他の妖精に魅了されている者には上書きすることができないのだ。
魅了にかかった者は、かけた妖精を異様に盲信する、あるいは異常なほどの愛情を持ってしまうのだ。その盲信・愛情といった執着心の強さとてかけた妖精のさじ加減で決まる。そして、一度かかった魅了を解く方法はひとつだけ、そのかけた妖精を殺すこと以外には、わかっていない。
さてさて、これで妖精の存在を知っていて正気の者たちには、わかっただろう。妖精は間違いなく異常だ。これほどまでに、人間離れした異様な力を持つ者を誰が恐れられずにはいられよう?言葉一つで他者を支配してしまうのだから---
「化物…!」
聖職者の一人が思わずといった風に声を漏らした。蒼馬たちとて疑惑の目でキールを見ている。
「あれ?どうしたのさ?」
状況を理解できていないキールの傍らにシヴァが顕現した。
闇の五大精霊 シヴァ、キールに魅了された闇の長。傲慢でプライドの高かった彼でさえ、魅了の前では跪くしかない。彼はもう何百年と魅了にかかったままだ。その屈辱たるや、如何ほどだろうか?
ああ、とても面白いことになりそうだ。
「キール、まずは妖精を知る御方について尋ねなければ」
そっとシヴァが耳打ちする。
「それもそうだね。ねぇ、ヘルマン、君の言う御方って誰なの?エルネストもそいつと一緒なんだね?」
「はい、キール様。かの御方の名を”ミーヤ”と申します。エルネスト様もご一緒でございます。しかし彼らの居場所は私にはわからず…」
ヘルマンは言葉を濁した。ここまではすべて打ち合わせ通りだ。
「ミーヤ?聞いたことがあるけどなんだっけ?」
「ミーヤ様といえば建国の賢者と同じ名前です」
首を傾げるキールにすぐさまシヴァが補足する。なんでキールってあんなにも頭悪いんだろう…。この分じゃ、キールの記憶を私が盗んだことすら気づいてなさそうだ。
「あ、そのミーヤかあ!通りで聞いたことあると思ったよ!!彼が来ているんだね」
キールは上機嫌に笑う。
「ミーヤってばなにしてるんだろう?早く私に顔をみせるべきなのにねー」
そして心底ふしぎそうな顔をして、踵を返す。もうここに用はないらしい。まだなにも解決していないのだがな…。
蒼馬たちも慌てて、キールについていった。ただサラだけが私に気づいてこっそりと傍にやってくる。
「これをキールに」
私はあとで届けようと思っていた書簡をサラに渡した。
「……分かった……」
サラは頷いて、すぐさま蒼馬の元に戻っていく。
今、正気の五大精霊は、風のサラと水のミーアだけだ。契約者の中に隠れることでこれまでやり過ごしてきたそうだ。だが、精霊王たるホムラが妖精女王に支配されているため、彼女らとていつまで正気でいられるか…。
本当に妖精はろくでもない存在だ。
だけど、私は今からそれを殺すのだ。気分が高揚している。今の私は無理ゲーをクリアする感覚に近い。
さぁ、準備をしよう。念入りに念入りに------




