カレンと異世界
どうやらわたしは異世界トリップなるものに遭遇したらしいのです。
わたしの名前は藤崎カレン、女子高生です。
幼なじみの緒方 蒼馬くんと天城 ゆきちゃんとは幼稚園から高校、さらには異世界まで一緒してます!
わたしたちを召喚した教会の方々は親切にして下さいますが、ちょっと元の世界に帰れるのか心配です。
異世界逗留1日目
魔王に脅かされているこの世界の事情は深刻なものでした。できるなら力になってあげたいのですが、ただの女子高生にそんなことできませんし……教会のエルネストさんはわたしたちに魔王を倒す術を教えて下さると言いますが、どうなることやら
「安心して、君たちには十分に魔王を倒す魔力が備わっているよ。私がその魔力の使い方を教えてあげよう」
金髪碧眼でイケメンのエルネストさんはにこりと微笑みます。乙女ゲーに出てくるレベルの美形です。まぁ、わたしの好みからは若干外れますが……。
「胡散臭いわね……」
ボソッとゆきちゃんが小さく呟きます。ゆきちゃんはかなりの毒舌家なのです。
それに、よく人の本性を見抜きます。ゆきちゃんが胡散臭いと言うのならエルネストさんは要注意人物に認定しとかないとダメです。
「そういえば、あなた方のお名前を聞いていなかったね」
エルネストさんに名前を訊かれました。
こういう時に一番最初に答えるのは蒼馬くんです。紳士ですから、何事もリードするのです。
「オレの名前は緒方 蒼馬 」
「オガタソーマ、さんですね」
この世界では日本語の名前は言いにくいみたいですね。
「蒼馬、でいい」
「それは助かります。――そちらのレディたちにもお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
レディだって!
気障なセリフだけど、王子様然としたエルネストさんが言うと様になります。
ゆきちゃんはドン引きしたのか、鳥肌たててますけどね。
「わたしは藤崎カレンって言います!カレンと呼んでください!」
「……東雲」
わたしは明るくフレンドリーな感じを心がけましたけれど……ゆきちゃんは冷たく――しかも、母方の名字を名乗りました。エルネストさんはゆきちゃんに名前も教えたくないほど嫌われたようです。よくあることなのでわたしも蒼馬くんも気にしません。
「カレンさんと…シノ、ノメさんですね――今日は皆さんお疲れでしょうからお部屋に案内致します。どうぞこちらに…」
そう言ってエルネストさんはわたしたちを休むよう気遣ってくださいます。
「…疲れたのは貴方たちのせいでしょう…」
全くその通りだと思うけど………ゆきちゃん、それを言っちゃおしまいじゃない。
◇◇◇◇◇
2日目、わたしたちは魔術というものを初めて見ました。魔術師の方々が次々に魔術を繰り出すその様は壮観でした。
手のひらから火の玉が現れたり、突風が起こったり、水が凍ったり……などなど日本では考えられない現象にわたしは絶句し、実感しました。
本当に異世界なんだなぁって―――
急に日本のあまり好きではない自分の家が恋しくなりました。
「……帰れるのかな」
気がつけばぽつりと呟いていました。
「どうにかなるだろ」
すると、蒼馬くんに頭をがしがしかき回されてしまいます。ゆきちゃんは何も言いませんでした。ただ、遠くの何かを見据えているような常ならぬ雰囲気を醸し出していました。
「属性魔術を扱うには精霊との契約が必要となるので、まずは精霊の召喚から始めよう」
エルネストさんは地面に不思議な幾何学模様を描き、わたしたちにその中に入るように言います。
「私は貴方たち教会を信用していないの。だから、私は私自身がそこに入って安全だと分かるまで入る気はないわ。」
ゆきちゃんははっきりと拒絶を表しました。
これにはエルネストさんや魔術師の方々も困ったような顔をします。
「私たちの世界にはなかったものをいきなり信じることなど出来ないわ。そのことも踏まえて異世界から私たちを召喚したのでしょう?」
堂々と言いはなったゆきちゃんに誰もが押し黙りました。そして、精霊の召還はうやむやになり、ゆきちゃんと魔術師や聖職者の間にははっきりとした隔絶が出来てしまいました。
その時わたしは気付いたのです。ゆきちゃんはこの世界に勝手に召喚されたことを許してはいないんだってことを―――
◇◇◇◇◇
異世界逗留3日目、
わたしたちは教会を出て王城に来ていました。
女の子が憧れそうな白塗りの大きなお城です。これを見て、かくれんぼのしがいがあるなぁと思ってしまうのは子どもっぽいでしょうか?
お城の次は王様です。大きな広間では24歳だという若い王様が出迎えてくれました。それに、美しい赤髪と青い瞳の超絶美形様です。名前はジェラールだと、名乗って頂きました。
でも、美形王様にぽうっとなっていたのはわたしだけのようでくいくいと蒼馬くんにひっぱられながら広間をあとにしました。
お城に王様と続いた後は騎士様です。王城内にある訓練場では若き騎士様方が美しい筋肉を出し惜しみせず、さらけ出して鍛練しています。しばらくその様子をうっとり眺めていると、逞しい筋肉のオジサマが近づいてきました。
「おまえらが噂の勇者サマたちだな。俺の名はバルク、騎士団長をやっている。」
オジサマ、改めバルクさんはニカッと素敵な笑顔を下さいます。白髪が少し混じる蜂蜜色の髪に精悍な面差し、騎士団長というにはお偉いさんなのだろうけど、傲ったところのない壮年の男性です。
「ど、独身ですか!?」
思わずそう尋ねてしまうくらい好みです。尋ねた瞬間、蒼馬くんに頭をはたかれましたが……悔いはありませんよ?
バルクさんは苦笑しつつも妻がいると答えてくれました。残念です。
その後、国一番の実力者だというバルクさんに剣の扱いを教わりました。やはり、ゆきちゃんは見ているだけで参加しませんでした。
◇◇◇◇◇
異世界逗留4日目の朝、わたしたちはかつてない衝撃に目の前が真っ暗になりました。
深刻な表情をしたエルネストさんが朝の食堂で言ったのでした。
―――魔族にゆきちゃんが襲われて行方不明なのだ、と………
どうやらゆきちゃんは結界で守られていない教会の外に出たのだそうで、それを見咎めた魔術師が注意しようとした矢先、真っ黒な影のようなものに包まれてしまったそうなのです。
そして、そんなことができるのは魔族しかいないようなのです。
わたしたちは言葉を失い、呆然と立ち尽くしました。
そんなわたしたちにエルネストさんは言います。
「この世界は今、魔族に脅かされているんだ。シノノメさんのように拐われてしまう人も少なくない。魔族はやがて、人間を支配下におこうとしている。どうかこの世界の人々のために魔族を束ねる魔王を倒してくれないか、私はシノノメさんのような目に合う人をもう見たくないんだ」
わたしたちはこの日、魔王と対峙することを決意しました。
◇◇◇◇◇
決意してからのわたしたちはためらいもなく精霊と契約しました。
光の五大精霊であるティルカとわたしは契約し、蒼馬くんは風の五大精霊、サラと契約することに成功しました。
その後、魔術をエルネストさんに習い、剣術をバルクさんに習って、わたしたちは性急な成長を遂げました。
―――異世界に来て一月が経っていたことなど気にもなりませんでした。