アマギと妖精王
そこは大きな広間のようだった。その広間の中心には、古い焦げ跡を残した台座があり、大剣が突き刺さっている。さらにその台座は薄紅の泉の中に鎮座していた。
そして、一人の少年がそこに、いる。
少年は黒髪に青い眼を持ち、歳の頃は12、3くらいだろうか、聖職者の衣装に身を包んでいた。
私はその少年に見覚えがあった。蒼馬とカレンと行動を共にしていた王家の影で、名前はアルカだったはずだ。
「やぁ、キール。初めましてだね!僕は妖精王、この世界の王でもあるんだ。」
「クラウン、私の名はアマギよ。」
アルカであったはずの少年は、妖精王を名乗った。おそらくクラウンに憑依されたのだろう。
そしてクラウンからは底知れぬ魔力を感じる。封印は解けてしまったと見るべきか。
「クラウンだなんて名前じゃないよ。もう!嘘の名前なんて教えて、姉様は僕に意地悪ばかりするんだから。」
事前にアシュマから私はクラウンのことを聞き及んでいる。曰く、自分の思い通りにならない事などないと本気で信じている自己至上主義者、と。
故に、クラウンに言葉など無意味。出会ったならば---
「---速やかに排除する。」
アルカには悪いが、憑依されてしまったのなら仕方がない。彼ごとクラウンには消えてもらう。
私はナイフを取り出し投擲する。その隙に距離を一気に詰めた。
ナイフは結界にはじかれてしまったが、クラウンの懐に入り込んだ私は0距離で落雷の術式を展開し、発動させる。
その瞬間、破れんばかりの轟音と眩い光が辺り一帯を襲った。
私はひとまず距離をとって、クラウンがいた場所を見据える。そこから膨大な魔力が放たれたのが分かった。私の術式が魔力量だけで無効化されたのだ。
いくらおめでたい頭の持ち主といえど、ティタニアが手を焼くほどの実力は有しているようだ。
さて、まずはその膨大な魔力量をどうやって攻略しようか。
いや、それよりも奴を懐柔する方がやりやすい。
それなら、開口一番に媚びるべきだった。今からでは遅い。
待て、何故私が媚びねばならない!?
---駄目だ、思考にまとまりがない。
まるで複雑に絡み合った頭の中の一部を無理矢理引き剥がされるような、奇妙な感覚がする。
こんな時に何だというのだ。
視界の焦点すら合わなくなってくる。
「姉様の味方する君なんかいらないや。」
膝をついた私にクラウンが、魔力の塊を放つ。しかし回避が間に合わない。
私は直撃を覚悟し、結界をはり、防御の構えになった。
だが、衝撃はやってこなかった。
突如として轟音が鳴り響く。鼓膜が破れそうな勢いでナニカが私とクラウンの間に落下してきたのだ。
「やぁ!初めましてだね、クラウン!私の名はキール。よろしくね!」
そのナニカの場違いな明るい声に私は、絶句するほかなかった。
縺れにも縺れ合った思考がこれ以上にないほどぐちゃぐちゃになっていく。
キールは死んだはず。だって、私がキールだから。いや、私は天城ゆきだ。なぜ?偽物?私は転生者。そうじゃない、私は…誰?転生?
---憑依。
憑依?なんだそれ、この私が憑依されていたとでも?ばかばかしい!
ちらりと脳裏を掠めた言葉を見て見ぬ振りして、私はぐらぐらと揺れる頭でキールと名乗る闖入者を見据えた。
「さ、ゆきちゃん。今までご苦労さま!君のおかげで私は生き存える事ができたんだ。君には感謝の言葉でいっぱいだよ!あとは君の中の半分を私のなかに戻すだけだからね!」
---ああ、私は利用されていたのだ。
キールは魂を二つに分けていた。一方が死に絶え、シヴァに預けていたもう一方が異界にまで渡り転生したのだと私は思っていた。
本当は違うのだ。死に絶えたと思われた一方が異界にて私に憑依し、もう一方はこの世界で傷を癒していたのだ。
最初から、シヴァはすべてを知っていて私に近づいた。
最初から、私はキールの意のままに動いていた。
最初から、私は転生者ではなかった。
---私はなんて無知な憑依被害者。
「…ふざけるな…。」
「ん?」
「ふざけるなよ!妖精風情がこの私を謀ったか!!」
手にしていた短剣を投げるが、狙いは大きく外れて床に転がった。
「どうしたんだい?君のおかげで私は元の力を取り戻せるんだよ?---この私が感謝しているんだよ?おかしいな、ここは喜ぶところじゃないかな?だって私が感謝しているんだよ?…ねぇ、シヴァ、どう思う?」
キールは、私の後ろに視線を投げる。そこにはシヴァが立っていた。
「そうですね、すべてキールの言う通りですよ。あなたが今まで振るって来たのはキールの力、今まで生きてこられたのはキールの力あっての事なのですから。ですが、可愛そうにその力が惜しくなったのですね。」
なんなんだ、これは。同じ言葉で話しても話が通じる気がしない。
いや、何故忘れていたのだ?この記憶の歪さに---
頭が破れそうに痛い。視界が眩んでいく。思い切り喚き散らして、抵抗しなければならないのに、体が指一本すら動かせないほどに重い。
「ちょっと!キールさん、放っていかないでくださいよ!」
続いて三つの影が落ちてきた。その影のひとつがカレンだったのは分かったが、他にまで意識がいかない。
なぜならカレンはその手に装飾に塗れた黄金の剣を持っていたのだから。しかもその切っ先を私に向けている。
「…なんの、つもりだ…!カレン!」
吠える私にカレンは哀れむような目で、剣を引く。
「怖がらなくていいよ。わたしが本当のゆきちゃんに戻してあげるからね。」
そして、カレンは私の心臓に剣を突き立てた。
視界が黒く塗りつぶされて、体が鉛と化していく。
まだ私は何も為していない…!キールに報いを……!
私の意識は、闇に沈んでいった。
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私の思考が高速で稼働し始め、鮮明になる。私が生まれてからのすべての事象が走馬灯のように流れ、あるべき場所におさめられていく。
そして呟く。
「何この状況、めんどくさ。」
よし、フェードアウトしよう。
術式を発動させ、私はこっそりその場から逃げ出した。
しかし、逃げた先には、この世界最大のバケモノが待ち構えている。レベル1でラスボスが出現とかクソゲーか。
「アマギは脱落だと思ったが…まだ動くとは意外だな。」
さて、面倒だがこいつを撒くのは、手間がかかる。ならば!いい感じの悪役になってごまかすしかあるまい!
さっそく私は長い黒髪を搔き上げて、不敵な笑みを浮かべてみた。
「黙れ、バケモノ。私は本来の天城 兪貴だぞ。それがこの程度で終わるとでも?」
私はアマギをより傲慢にした天城兪貴を作り出す。傲慢に傲慢に…ラスボスの後の裏ボスになりきるんだ!
「これは驚いた。まだ続ける気があるとはなァ…」
よし、食いついた。バケモノの目は、新たな玩具を見つけたとばかりに好奇心に満ちている。
このバケモノは刺激に飢えている、何百年と生きておきながら、尽きることなき自らの寿命に辟易している。
だからこそこの世界を玩具箱に見たてて、遊び惚ける。なんともはた迷惑な奴だ。
「どういう意味だ。貴様ごときがこの私を阻むというか。」
殺気を込めて見返せば、バケモノは嗤った。
私を無知だと嘲笑し、情報を高く売りつける算段だろう。そしてバケモノはこう言うのだ、手伝ってやろうかと。そうして私がこの国を引っ掻き回すのを特等席で楽しむつもりなのだ。
私としてはさっさとこの国からおさらばして田舎暮らしを堪能したいのだが、バケモノに引っ付かれるのも面倒だ。
「おまえはキールに復讐するつもりだろう?しかしそもそもの元凶は妖精女王だ。傍観者セフィルもおまえのカレンを唆しているようだぞ。」
「つまり貴様は私に妖精をすべて殺させようと?なるほど、そうして最弱の妖精たる貴様がこの世界を手に入れるという計画か。浅はかだな。」
ふん、と鼻で笑ってやる。おまえの策などお見通しだとも言いたげにだ。
「無論おまえにも利点がある。俺と契約できるというなァ。」
私は眉をひそめてみせる。
「契約?精霊でもない貴様とどう契約するというのだ。」
「俺は妖精でありながら精霊の性質が扱える。キールだけが妖精殺しの性質を持つのと同様に、俺だけの特有の性質だ。これは妖精女王すら知らないことだ。それを教えるくらいに俺はおまえを買っているんだ。」
バケモノめ、平然とガセ情報を売りつけてきたな。キールの記憶・知識をフルコピーしておいた私には、このバケモノの正体を導きだすことなど容易い。
「いいだろう、貴様に力を貸してやる。しかし、その性質が使える代物でないなら、即座に貴様を切り捨てるから覚えておけ。」
そう言い放てば、低い笑い声が返ってくる。
「交渉成立だ。---我、アルシュナが汝、天城兪貴との契約をここに完了する。さて異界の人間よ、共に妖精を狩るぞ。」
このバケモノにしばらくつき合うことになるなんて---あぁ、面倒だ。
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怠惰な憑依被害者は、享楽主義のバケモノと世界を震撼させる。
すべては、彼女の思うがままに世界は回りだしてゆく。
天城兪貴を阻むものは、この異世界に”ない”----




