ソーマと魔王
アルカを残し、エレナと地下通路をかけていた俺の前にひとりの青年が現れた。
白に近い白金の髪、紅の瞳、金ラインの軍服……間違いなくパレードで見た魔王がいたのだ。
「ま、おう…?」
勇者として倒そうとしていた相手が目の前にいる。
「助かりました。アガレス様がおられるのでしたら、ソーマさんも安全です。」
エレナが安堵する様子に俺は、やはり黒幕は教会だったのだと確信を得る。
「ハイネ、すぐに連絡しろ。」
「了解です、おチビ様。」
魔王は何故か精霊を従えていた。
「……アガレス、どうなっているの……」
突然サラが顕現して問う。
「魔王軍はこの国に囚われた魔族を救うために、この国の王と手を結んだ。まもなくこの教会は落ちるだろう。」
腐敗した教会を倒すために魔族と国王が共闘しているってところか?ゆきはどうしたのだと彼に尋ねようとしたが、それは叶わなかった。
「それよりも、ジンが来ているぞ。さがっていろ。」
ばっと振り返れば、そこにはエルネストが佇んでいる。ちょっとホラーだった。
「ティタニアの妖精か。どこまで我らを阻むのか。」
しわがれた声がエルネストから放たれた。いや、魔王が言うにはエルネストではなくジンだったか。
「下がっていろ。」
魔王は前に進み出ると、俺とエレナを結界で囲んだ。一体何をするんだ?
そう思った瞬間、魔王の体が膨れあがった。
通路いっぱいにまで膨張した体には、黒い鱗がびっしり生えていた。なんでここでファンタジーの定番たるドラゴンが登場するんだよ…!しかも味方!つーか魔王!
魔王もといドラゴンの口元から火の粉が漏れた、次の瞬間、炎のブレスが放たれる。結界越しでも息が出来ないほどの熱が伝わってくる。
驚くことに通路が熱に耐えられず、溶け出してきた。
地下通路はやがて崩壊し始め、太陽の光が入り込んできた頃に、ブレスが止む。
先ほどまでジンのいた場所は、跡形もなく吹き飛び、瓦礫に埋もれていた。
「奴が再生するまでに、行くぞ。」
再び人型に戻った魔王が結界を解く。
今、再生って言ったよね?あれでもエルネストは死んでいないということか!?再生っていうと、不燃性のスライムのイメージなんだけど!?
疑問符だらけの俺はエレナと共に、とりあえず魔王についていく。彼は教会の中心部、俺が逃げてきた方向に向かっていた。
「ゆきはどこにいるんだ?魔王はゆきの仲間なんだよな?」
「ああ、そうだ。しかし、天城兪貴が今どんな状況かは分からない。」
早足で魔王は瓦礫の上を進んでいく。俺は小走りで追いかけながら、魔王に尋ねる。
「どういうことなんだ?」
「間に合ったか。」
魔王の視線の先には、中心部へと繋がる扉がある。
俺がそれを見て走り出した瞬間だった。轟音を響き渡り、扉が吹き飛ぶ。もの凄い土埃に目を開けていられない。
土埃がおさまれば、中心部が丸見えになった。そしてサラがこんな声を届けてきたのだ。
「やぁ!初めましてだね、クラウン!私の名はキール。よろしくね!」
軍服のゆきとアルカの間にもうひとりのゆきが現れる。アルカが無事だったことに安心する。しかしキールを名乗るもうひとりのゆきはアルカをクラウンと呼ばなかったか?
混乱する俺の目の先で、さらに信じられないことが起こった。
行方不明だったカレンがキールに続いて現れたのだ。しかもそれだけではすまなかった。
「怖がらなくていいよ。わたしが本当のゆきちゃんに戻してあげるからね。」
カレンはそう言って手に持つ剣の切っ先をゆきに向ける。
「うそだろ…?」
ゆきは明らかに調子が悪そうで、体がぐらついて、まともに立つのが精一杯という状態だ。
カレンが剣をひいて、ゆきの心臓に狙いを定めた。
「やめろ!カレン!!」
俺は全力で走るが、間に合わない。
伸ばした手の先で、装飾に塗れた黄金の剣がゆきの胸を貫く。力が吸い取られていくようにゆきの髪が黒く変わっていく。
「ゆき…!」
膝をつき倒れ臥したゆきから剣が引き抜かれた。ようやく辿り着いた俺はゆきを抱き起こす。
「おい!ゆき!」
ゆきはぐったりしていて、動かない。
「大丈夫だよ、蒼馬くん。」
カレンの言葉に俺は、ゆきの胸に傷ひとつないことに気づいた。どういうことなのか?
「この剣でゆきちゃんを刺せば、すべてが元通りにな…」
カラン、と音をたてて、剣がカレンの手からこぼれ落ちる。
「カレン…?」
尋常じゃないほどカレンが体をふるわせている。目の焦点も合っていない。
「わ、わわわたしが?ゆきちゃんを、さ、刺した…?刺したのは、わたし…!?あ、ああ、あああああ!?」
「おい!?カレン!どうなってるんだ!?」
頭を抱えて蹲るカレンに俺は絶句するしかない。
一体何がどうなっている?
ゆきを地面に横たえ、カレンによりそうも、その尋常ではない様子にどうすることも出来ない。
「ごめんね、カレンちゃん。後は休んでいていいよ。」
フッとカレンの体から力がぬける。顕現した光の五大精霊 ティルカがカレンを抱きとめた。
「なぁ、カレンに何があったんだ!?おまえなら知っているだろう!?」
詰め寄った俺を止めたのは、意外なことに魔王だった。
「緒方蒼馬、天城兪貴はどうした?」
「え!?」
横たえたはずのゆきはいつの間にかいなくなっていた。
もうほんとに何がなんだか分からない。気絶していいかな…?
「何をしているのだ、アガレス。異世界の三人を保護するのが貴様の役目だろう。」
キャパオーバー気味の俺の前に、カレンが好みそうな気怠げな美少年が現れる。
「セフィル、おまえの仕業ではないのか?」
「我は知らぬ。ティタニアが来る前に二人だけだが異世界に返すしかあるまい。」
少年の名はセフィルというらしい。ってか、ちゃんと元の世界に帰れるんだ…。
「異世界に帰還する術式の発動は一度きりだ。天城兪貴はどうするつもりだ。」
ゆきを放ってカレンと二人でなんか帰れない。
「人格も記憶も何かもを失った者が、元の世界に戻ったところでどうなるというのだ。」
反論しようとした俺だったが、続くセフィルの言葉に、唖然とするほかない。この流れだと人格も記憶も失くした者はゆきにならないか?
「話が違うだろう!異世界との干渉に最も憂いていたおまえが、あれだけこの世界の私情に巻き込んでおいた天城兪貴を見殺しにするというのか!?それはあまりにも身勝手だ。それではおまえもキールやティタニアとなにひとつ変わらない…!」
俺の代わりにという訳でもないが、魔王が激昂しだした。
「あやつらと同列に扱うな。」
顔を顰めて、セフィルは吐き捨てるように言う。
「猶予を設ける。半年以内に三人を揃えよ。帰還の術はそう長く維持できない。」
セフィルはそう魔王に言ったあと、空を見上げた。
つられるように俺も空を仰げば、空間に罅が入りぱくりと割れる。そして中から、二人の人影が現れた。
同じようにそれを見ていた魔王が呟く。
「ティタニアのお出ましだ。」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
----はからずもすべての妖精が一堂に会することとなった。
いや、それは仕組まれていたことなのかもしれない。アガレスは密かにそう思った。




