ソーマと建国祭
俺を襲った衝撃はこれだけではなかった。
ゆきと再会し、カレンが攫われた後、俺は王都の教会に戻ってきていたが、なんとその教会が半壊していたのだ。
「ソーマ、あなたが無事でしたか」
俺を出迎えたのはエルネストだった。久しぶりに会ったからか、一瞬だけ知らない人に見えた。
「一体何があったんだ?……魔族の仕業なのか?」
魔族は教会に張ってある結界で侵入できないのではなかったか。
「ええ、そうなのです。幸いにして負傷者はいませんでした。カレンのことは聞き及んでおります。まずは、体を休めてください」
さぁ、とエルネストは、追求しようとした俺を無視して、教会の奥へと招き入れた。他の聖職者によってリィーヤたちも別室に案内されていく。ものいいたそうなアルカと目が合ったが、彼は何も言わず一人で歩いていってしまう。エレナがその後を追っていった。
それから数日は、ずっと部屋に押し込められていた。なんでも、魔王軍に動きがみられたらしい。
カレンもゆきも依然として見つからないため、最後の勇者である俺を失うわけにはいかないのだそうだ。
暇なのかエレナやアルカが話し相手に顔を見せにくる。リィーヤも毎日きていたのだが、この2、3日は見かけない。
教会の雰囲気が妙に浮き足立っている。建国祭という国を挙げての祭りが近く、その準備に追われているのだときいたが、なんとなくそうではない気がする。
なにかが起ころうとしている。ゆきもカレンもそのために動いているような気がしてならなかった。
◆◆◆◆◆◆
建国祭とは、文字通りミラコスタの国が成立した日を祝う祭りだ。
その日に俺は王城から教会までのパレードでやってきた国王を出迎える役目についていた。
-----ついに、建国祭がやってきたのだ。
今日の建国祭まで何の進展もなかった。もし魔族が王都を狙うなら、建国祭で浮ついた今が絶好の機会なのではないだろうか。
聖職者の衣装に少し似た、派手な貴族の服を着せられた俺は、教会の入り口にとやってきていた。そこで初めて、教皇に出会った。
歳は30代くらいだろうか、白い貫頭衣に白髪混じりの茶髪、濁った灰色の双眸を備えた男だった。教皇は俺を一瞥しただけで何も言わずに、前を見据えた。
半壊していた教会だが、今は瓦礫が撤去され、礼拝は青空のもとで行われるようだ。逆に聖職者の居住区は無事で、ひっきりなしに聖職者たちが出入りしている。ずいぶんと慌てているように見受けられた。
やがて、エルネストが早足で教皇のもとによって、なにかを耳打ちする。なにかあったのか、と訊こうとしたところで、破れんばかりの大歓声が聞こえてきた。
国王が近くにきているのだろう。ものすごい人気の国王なのだと驚嘆していたが、ふいにあがった民衆の声に俺は硬直した。
------キールが生きていた
------キールが帰還した
------キールが陛下と共にいる
口々に騒ぎたてている民衆はみな、「キール」と言っている。
やがて見えてきた、屋根のない馬車に国王の隣に乗っていたのは、ゆきだった。正確にはあの時のゆきだった。変わってしまった白い髪に紅い双眸が印象的で、涼やかな美貌をもつ幼馴染。紅のラインが入った黒の軍服を違和感なく着こなした彼女は、無表情で民衆を見下ろしている。
さらに国王をはさんだ隣には、金のライン以外は同じデザインの軍服に身を包んだ青年が立っている。
その青年が無数の魔方陣を王都全域に飛ばすのに倣って、彼女もまた魔方陣を四方八方に展開する。
魔方陣はおそらく術式だろう。
目的地についた魔方陣の一方は、長方形になり宙に浮かび、もう一方は、球体となり長方形の上に乗った。
やがて、そこには映像が映し出されることとなった。国王のパレードが教会に向かっている映像が王都中に知れ渡ったのだ。おそらく、長方形がディスプレイ、球体がスピーカーの役割を負っているのだろう。
一体何が始まるのか、俺はただただその場にいることしかできなかった。
俺の視線の先で国王ジェラールが、口を開く。
「この建国祭でひとつ、皆に知らせたいことがある。我ら人間は永きにわたり魔族と争ってきた。しかし、それはすべて仕組まれたことだったのだ。キールの死の知らせもまたしかり。つい先日、キールを仲介人として私は魔王アガレスとの間に不可侵の条約を結んだ。そのことをまず我が民たちに伝えたい。」
その驚くべき言葉は王都中に響き渡った。
ゆきがどこから取り出したのか書状を掲げていた。疑似ディスプレイにそれがアップで映される。
当然の如く民衆は突然の思ってもみなかった国王の台詞に戸惑っている。かく言う俺だって事態を飲み込めないでいた。国王は民衆に続ける。
「---今日この時を以て、我ら人間と魔族における戦争の終結をここに宣言する。」
民衆の戸惑いは、大きくなる一方だ。魔族と実際に戦っていたのは15年ほど前のことで、今ではほとんど停戦状態だったと聞いている。時々魔族が地方に出没したと噂にきくだけで、王都に住む者たちにとっては所詮他人事なのだ。
教会に目を向けたゆきが前に出る。
「--さて、この戦争を仕組んだ者共の名を告げようか。」
恐ろしくも冷ややかな、見るものすべてを戦慄させるような笑みを浮かべ、ゆきは正面…つまり教会を指差した。
「魔族と人間が争っていた原因は、---教会にある。前魔王を操り、私に殺させ、そして私を害したのはすべて教会の仕業である。さらに教会は前魔王に放逐させた力の弱い魔族を攫い、この国の貴族に奴隷として売りつけた。前魔王が死んだ後、当然魔族は自らの同族を救うためこの国に乗りこんでくる……これに何も知らぬ国民が対抗して出来上がったのが、人間と魔族の戦争だ。」
あたりはしんとして、ゆきの迫力に呑まれたように静まりかえっている。
「そして、教皇モードレッドの予言はすべて自演自作であり、国民の信頼と金を奪うための手段にすぎない。国王にかわり実権を握り、美しく頑丈な魔族の奴隷を渡し貴族を懐柔し、教皇はこの国を掌握した。教会内部は既に腐敗し、もはや欲にまみれた愚者しか存在しない。この国はもう腐っている。だからこそ、今ここで私は、教会を完膚なきまでにぶっ潰す!私の邪魔をする者は同罪と見なし切り捨ててやろう。」
こんなにも酷薄な笑みを浮かべたゆきなどみたこともない。あれほどまでに激情に駆られたゆきなど知らない。殺気を迸らせそのすべてを教皇に向けた彼女は、本当にゆきなのか?
金ラインの軍服の青年が、彼女を宥めてさがらせる。彼もまた教会を見据えた。
「--我が名はアガレス、魔王だ。既に魔王軍が奴隷にされた魔族を回収する許可は得ている。無論貴様ら教会の聖職者どもの捕縛の許可もな。よって、実力行使で始めさせてもらおう。」
魔王の登場に驚く間もなく、王都のあちらこちらから悲鳴や怒号があがり始めた。
「我が騎士団もそれに続け。教会の者達を一人残らず捕らえるのだ。抵抗する者に容赦はいらない。」
国王の命により馬車のまわりにいた騎士達が教会に乗り込む。その先頭に立つのはバレクだった。騎士達の中にはリィーヤも混ざっている。
聖職者たちが逃げ惑う中、エルネストが声をあげた。
「何をしているのです。ゲイル、教会を侵そうとする者共を始末なさい。」
民衆に紛れていた武装した集団が騎士達に襲いかかる。
一瞬にしてそこは、阿鼻叫喚の巷と化していた。
「教皇様、ソーマ。こちらに…」
エルネストが教会に避難するよう促す。俺はもうどうすればいいのかわからなかった。
ゆきは別人みたいに教会を敵視し、カレンは何者かに攫われ、俺たちを勇者として召喚した教会は、腐敗していると指摘されても何も反論しない。何を信じればいいのかまったく見当がつかなかった。
とりあえず、ここにいたままでは確実に巻き込まれるため、教会内に逃げよう。そして考えるのだ。教会に残るのか、ゆきと対峙するのか、はたまたカレンを探しにいくのか、決めなければならない。
俺は頭を抱えたくなるのを堪え、その場から逃げた。




