アマギと旧中立国
「―――港町ミクラ?」
影の空間内部にて、私は国王 ジェラールの言葉を反芻した。
「確か…最も魔大陸に近く、教会がある港町だったか」
魔王 アガレスが言いながら、ちらりと私に視線を送ってくる。私はかすかに頷いた。
教皇 モードレッドと対峙して数日が経った頃、私はジェラールに頼み事をしていたのだ。教皇の素性を探ってくれ、と。
あの日、王都の教会で見た教皇の異常な腕は明らかに人が手にいれることができるものではない。教皇の後ろに妖精の力を持った誰かがついているはずなのだ。そうでなければ、教皇が妖精だという可能性もある。
そうして、ジェラールが国王に代々仕える密偵たちを放ち、調べあげたところ……教皇の出身地が港町ミクラだと判明したのだ。
一般的な港町ミクラの知識としては、アガレスが言った通り魔大陸に最も近い教会のある港町だ。そして、キールが最初に降り立った町でもある。
「教皇 モードレッドはそこの教会で一生を終えるような出世の見込みがない聖職者だった。しかし、いつの間にか高位聖職者に取りいって、教皇候補に入ったのちに、例の予言を的中させている。今もなお、王家より民の信頼を得ている」
「一介の聖職者であった頃の教皇の人となりは?」
「温厚、だったそうだ。中流貴族の三男で信仰にあつかったがために教会に入ったようだ」
国王の密偵たちは優秀だ。未だ教会に取り込まれることなく姿を隠しているのだ。
それにしても、腑に落ちない。
聞く限りでは、特に野心家といった感じはない。しかし、実際は魔族と人間の戦争を起こしてまで教皇の座についている。
一介の聖職者であった頃に何かあったのだろうか?
「私はシェイドたちと一度ミクラに向かってみるわ」
私たちは急ぎミクラへと発った。
◆◆◆◆
港町ミクラの近くで覚えのある気配に気づいた。影を張り巡らし、気配の位置と正体を探ってみると、蒼馬とカレン、そしてアシュマたちのものだとわかる。
彼らがなぜここにいるのかは知らないが、さけて通った方がいいだろう。
そう思い、進路を変えようとして、はたと気づく……キールより長く生きているアシュマなら教皇のことや今回の件に関するティタニアの意向を知っているかもしれない。
「シェイド、シェリル。私は近くにいる知り合いの商人を拉致してくるわ。あなたたちは先に行きなさい」
「何故、知り合いを拉致るんだ……。とりあえず私たちも同行する。先に行ったところであまり教会の内部について詳しくないのでな」
「わかったわ」
私はアシュマの方へと向かった。そのすぐ近くには蒼馬がいる。あまり今の段階では会いたくなかったが、仕方がない。
◆◆◆◆◆
少々いざこざがあったがアシュマの拉致に成功した。彼は影の空間に閉じ込めてある。
私は次に当初の目的地であるミクラの教会へと向かった。
影を張り巡らせ、教会の裏手から忍び込む。裏口の鍵を術式で開き、すばやく中に侵入した。
教会の中心となる礼拝堂に向かい、術式を展開する。探索術式だ。それは影よりも詳細に広く調べられ、魔力の痕跡でさえも辿ることができる術式なのだ。
案の定、隠された地下と地下へと続く扉を発見した。
私たちはすぐさま地下へと向かい、そして、見覚えのあるものに行き当たった。
それは、地下通路だった。
王都にも王宮と教会をつなぐ地下通路があり、王族の緊急用の避難通路として使われていたが、何故最も魔大陸に近いこの場所に地下通路があるのだろうか。
そして、この地下通路はどこにつながっているのか。
もしここから王都までつながっているのだとしたら、それは奴隷の運搬用に使われていたに違いない。教会側は地下通路の存在を熟知しているのだろう。
私たちは地下通路を進んでみることにした。
黙々と歩き1時間くらいたった頃、私たちの前に扉が現れた。
ずいぶんと古い装飾のそれの中央には紋章が刻まれている。そして、その紋章の下に消えかかった文字があった。
おそらく古代文字であろうそれは、キールの記憶の中には存在しない。シェイドとシェリルも首を傾げている。
私は仕方なくアシュマを呼び出した。
「ホント影の中ってどうなってんの?……無駄に豪華な部屋だったんだけど」
出てきたアシュマがそうぼやくのを黙殺して、私は問う。
「あなたはこの文字読めるの?」
扉の古代文字を指差せば、アシュマの表情が変わった。
「……これは、旧ミラコスタ王国に関しての記述だな」
「旧ミラコスタ?なんなのそれは…」
「最後の中立国 ミラコスタ。その最後の王の名をティアラという」
「ティアラ?……確か、ティタニアの王女時代の名だったわね」
キールの記憶によれば、ティタニアはとある国の王女として生まれたはずだ。女王にまでなっていたとは知らなかった。
そもそも妖精は得てして無関心で気まぐれである。
互いの素性など詮索しようとは思わないのだ。そのため、ティタニアのことはほとんど知らないといってもいい。
「---ティタニアとは何者なのだ?」
シェイドが口をはさむ。しかし今は彼にかまっている暇はない。
「絶大な力をもった気まぐれではた迷惑なやつのことよ。詳しくはアガレスに聞きなさい。------それで、アシュマ。古代文字は読めるの?」
軽く答えて、私は話を戻した。
「ああ、……中立国ミラコスタ。この国が滅んだのは、長命種と短命種の対立からではない。妖精の争いに巻き込まれ、王都は地下へと沈んだ。--セフィル……だとよ」
「セフィルとは何者なの?」
「ティタニアさえ把握していないが、聖域では古い妖精だろうって見方だ」
「じゃぁ、妖精の争いって何のことなの?ティタニアとジンでは争いにならないでしょう?」
ティタニアとジンでは格が違いすぎる。ティタニアに勝てるのは、精霊王かキールだけだ。
それに並ぶ妖精など記憶上にない。
「この扉の先に…旧ミラコスタの王都とともに封印されたやつがいる。名はクラウン。ティタニアの実弟だ」
妖精は殺せない。その不文律を覆せるのは、キールただ一人。
だからこそ、封印するしかない。
「クラウン……その者が蘇ったということはないの?」
「ジンはクラウンについている。しかし、ジンは術式と体を奪われているから、たいした力はないだろう。この封印を解くには多大な魔力が必要とされるが……ジン程度の魔力じゃ到底及ばないな」
ジンは体を奪われている……?
それは私の知らない情報だ。ジンが魂だけになったとしたら、次にすることは?
もちろん新たな体を手に入れることだろう。では、それを手近ですますとしたら……?
ジンの契約精霊は、土の五大精霊のゼノ。
ゼノはエルネストの契約精霊としてキールを殺した。
何故ティタニア派の精霊が同じくティタニア派のキールを殺したのか?
それは、ゼノの意思ではなかったからに違いない。
----ジンはゼノの体を乗っ取っていたのだ。
私は行き着いた答えに憮然とした。もしそうであれば、すべての見方が変わってくる。
「ジンが…ゼノの体に憑依していたことを知っていたのか?」
アシュマに私は問いつめた。彼はむけられた殺気に頬を引きつらせながら、首を横に振る。
「憑依なんてジンができるわけないだろ。そもそも憑依なんて誰ができるってんだ。キールならできたかもしれないが…」
「だが、ジンが生きている可能性があったからこそ、ティタニアはキールを向かわせたのだろう」
問い詰めるべきはティタニアか。とりあえず、私は殺気をひっこめて扉に向き直る。
「ジンは確実にクラウンとやらの封印を解く気ね。いや…もう既にその一部は解かれているわ」
私は扉を躊躇なく開けた。
そして、扉の先に広がる光景に私たちは息をのんだ。
王都と同じ規模の街がそこには広がっていたのだ。
「これは……」
「旧ミラコスタ王国、王都ミクラ。ティタニアは王都ごとやつを封印した」
「扉の古代文字通りの光景ね。クラウンはどこなの?」
問われたアシュマは、街の中心を指し示した。
そこにあったのは、今の王城とほとんど変わらない形をした城だ。すぐさま城へとむかい、探索術式を展開する。
「中はもぬけの殻だわ。となると、封印されたクラウンは地下通路を使って移動させられたはず……。移動先は、封印をとくほどの多量の魔力が補える場所」
地下通路の先が王都だとすれば、たくさんの人が集まるその中から気づかれないよう微量の魔力を吸い取ることが可能だ。だが、人よりも魔族の方が効率よく魔力を吸収できるはずなのだ。
それを考えると、最も魔族を捕まえやすいここミクラにいるほうがいい。
ミクラから移動したのが、キールのいなくなった時期だったとしたら?
もしキールの倒した前魔王が、クラウン側だとしたら?
まだ前魔王が、ジンの力により誰かに憑依しているとしたら?
すぅっと絡まった糸が私のなかでほどけていった気がした。
「……すぐ王都に戻るわよ」
そう言った後、私はアシュマに笑ってみせる。アシュマが何かを感じたのか、後ずさる。
「おまえは人質だ」
表情とは裏腹に、驚くほど冷たい声がでた。




