〜過去〜 囚われの妖精王
僕を前にすればどんな者だって喜んで、膝まずいて、頭を垂れた。
僕は大国ミラコスタの王子だ。
手始めにたくさん呼び出した精霊は、みんな僕に従った。
すりよってきた貴族たちは、僕の前にひれ伏した。
両親の国王夫妻だって、僕の言うことをきいた。
なのに、なのに、どうして姉様は僕の邪魔をするだろう?どうして姉様は僕の言うこと訊いてくれないの?
◆◆◆◆◆
ミラコスタの国の短命種の王子と長命種の姫の間に双子が生まれた。
王女はティアラ、王子はクラウンと名付けられた。
その王女ティアラは後に女王となったが、彼女については在位時代に空前絶後の大災害があったことしか知られていない。
これは、まだ魔物が王城に連れてこられる前のこと―――
クラウンは長命種の特徴でもある魅了の力が並外れて強かった。
そのためか、彼には誰もが従った。誰も諫める者などいなかった。
ある日、クラウンは精霊に出会い、精霊界の存在を知った。そして、精霊界にいる精霊の王に会いたがった。
精霊の王に会って言うのだ。その王座を渡せ、と言えば精霊の王は聞き届けてくれるに違いない。そう信じて疑わなかった。
クラウンの周りにいる人々は誰もが彼の願いを叶えようと、精霊たちを捕まえた。しかし、精霊たちには人間が精霊の世界に渡る方法などわからない。
それでも、人間たちは精霊たちを捕まえ続け、その行為は激化の一途を辿った。
精霊たちは乱獲され、使役され、奴隷同然に扱われていく。
そうまでしても、一向に望みは叶えられず、クラウンは癇癪をおこすばかり、ついに、周りの人々はこう口にした。
「ティアラ王女殿下にお伺いしてはどうでしょうか?」
当時、王子の双子の姉 ティアラ王女はミラコスタ国最大の賢者といわれていた。
クラウンは賢しい姉が苦手であったが、自分が直接お願いすれば、叶えてくれると信じて疑わなかった。
だから、クラウンは一人ティアラのもとへと向かった。
そうして、いつも書庫にいることの多いティアラを中庭で見つけたクラウンは早速、声をかけた。
「お久しぶりです、姉様。珍しいですね。お外にいるなんて…」
薄桃色の髪に同色の瞳をもつ、自分と全く同じ顔をした姉は、いつものようにのほほんと間延びした口調で応える。
「そうだね〜。今日はきみに姉らしく忠告を与えようと思ったんだよ〜」
「忠告?」
「うん、精霊王がね〜ご立腹だよ〜。きみは今の精霊たちの処遇を理解しているの?きみの一言がどんな影響を及ぼすのか、ちゃんとわかっているのかな〜?」
「精霊王!?姉様!どうして精霊王のことを教えてくれなかったのです!」
クラウンはティアラのいうことなど全く聞いておらず、ただただ精霊王に食いついた。
ティアラは笑って言った。
「愚か者のきみに話す訳ないでしょ〜」
彼女は生まれて初めて貶され絶句する弟を尻目に立ち上がり、書庫の方へと歩いていく。
しばらくして我に返ったクラウンは、瞳を憤怒と憎悪で染め上げた。
「僕のお願いをきいてくれない姉様なんて死んでしまえばいいんだ」
◆◆◆◆◆
自室に戻ったクラウンは早速取り巻きたちを集めた。
貴族や騎士、捕らえられた精霊までもが彼のもとに馳せ参じ、頭を垂れる。
「僕に逆らった姉様を殺して、精霊王を捕まえるんだ。姉様が精霊王を隠しているんだ」
魅了の力を意識して強め、クラウンは命じた。
彼の魔力にあてられた取り巻きたちは幽鬼のような朧げな目と足取りで、次々とティアラのもとに向かっていく。クラウンはそれを満足そうに見遣りながら、悠然と彼らの後を追ったのだった。
「……困ったね〜」
書庫の一角でティアラは結界をはっていた。彼女の結界のまわりには、貴族や騎士、精霊たちが纏わり付き体当たりを繰り返している。
「「「……殺せ、王女を殺せ!捕らえろ、精霊王を捕らえろ……!」」」
彼らは呪詛のようにクラウンの命を唱えながら、自らの体を顧みず、結界に突進し続ける。
しかし、それは間もなくしてぴたりと止まった。そして彼らは道をあける。
その道の先には案の定、クラウンがいた。
「どう?姉様、これは僕のいうことを聞かなかった罰なんだよ。でも、もし精霊王に会わせてくれるんなら、助けてあげてもいいよ」
はぁーーと、ティアラはため息をつく。そして、一切の表情を消した。
いつものほほんと微笑んでいる姉が、冷めた目でこちらを見据えていることにクラウンは気圧され、狼狽えた。
「君の魅了の力はわたしには効かない。わたしは忠告した。魅了の力がどんな影響を及ぼすのかと、忠告した筈だ。しかし君はわたしの言葉を聞かなかった。故に、わたしは君を見捨てることにした---」
ティアラがクラウンに向けて手をかざした。彼女の掌に不可思議な幾何学模様の円陣が浮かび上がる。その円陣が発光した瞬間、すべてが消えた。
王城にいたはずだというのに、クラウンは何もない真っ白な空間の中でティアラと対峙していた。
「……ここは?……何をしたんだ?」
クラウンは呆然とあたりを見回す。しかし、白い空間が延々と続くばかりだ。
「ここは精霊界である聖域へと続く空間だよ〜」
へらりといつもの口調でティアラが答える。彼女の後ろにはいつの間にか5人の男女がそろっていた。
一番ティアラの近くにいた褐色の肌の大柄な男が口を開く。
「我らは、精霊の長。我は、精霊王。精霊界を乱す貴様を断罪すべく顕現した」
精霊王の言葉に色を失っていたクラウンが喜色を浮かべる。
「精霊王!会いたかった!僕はクラウン、この国の王子なんだ。君の王座を僕はもらってあげよう!」
さあ、差し出せ!と、言わんばかりに彼は両手を広げた。六対の冷たい目がクラウンを見据える。
「どうやら貴様は状況をわかっていないようだ。ここまで愚かだと、頭が痛い。始まりの妖精よ、此奴は真に汝の血族か?」
「血族だよ〜。馬鹿だけど、気づいてないんだ〜」
精霊王と姉の小馬鹿にしたやり取りにクラウンは憤慨する。
「精霊王!姉様!どうして僕の言うことをきかないんだ!?」
「何故、貴様に命令されねばならぬ?貴様に価値などないというのに」
「僕に従うのは当然のことだろう!」
「……話にならんな」
精霊王は息を吐くと、右腕を掲げた。そして----
「---燃えろ」
次の瞬間、クラウンが絶叫した。彼の右半身が炎に包まれている。なりふり構わず、地面を転げ回り、火を消そうとするが、全くおさまらない。
しばらくして火が消えた頃、クラウンは息も絶え絶えだが、生きていた。その右半身は焼け爛れていた。
「迷惑かけたね〜」
ティアラは精霊王に言った。
「いや、お前のせいではない」
「でも放っておいたわたしにも責任がちょっとだけあるだろうし、お詫びに法を作ってみるよ〜」
「法?」
「人間は精霊と契約しなければ精霊を呼び出せず、その契約は双方の同意により成されるっていう法を世界の法に追加するんだよ〜」
「そんなことが可能なのか?」
「たぶんできると思うんだよね〜。下準備が必要だから後日ってことになるけどね〜。とりあえず、愚弟は地下牢にでも持っていくよ〜」
そう言うなり、ティアラは術式を発動させ、王城へと戻っていった。




