〜過去〜 魔物と妖精
◇◇◇◇◇
―――私は、魔物
老婆のようなくすんだ灰色の髪、鉛色のような鈍よりとした瞳。
私は産まれてすぐに棄てられた。多分、この奇妙な色彩をもっているのが薄気味悪かったんだと思っている。
私を拾ったのは、この村の村長。飢えない程度にご飯をくれる人。
村の人たちは私を魔物と呼ぶ。近づいたら怒られる。子どもたちは近づいてくることもあるけど、大抵は石を投げてくる。
一度大きな石が頭にあたって血がたくさん出たらしいけど、覚えていない。次の日には普通に動けていた。それからもっと私は疎ましがられた。
私を気味が悪いっていつも言うけれど、必要だからこの村におかれている。2、30年に一度くらいで豪雨がやってきて川が氾濫することがあるから、人柱をたててお沈めするんだ。だから私はそのための生け贄。そう村長が言っていたのをこっそり聞いたことがある。
私は村人と距離をおくようにしながら、動物の世話をして過ごしている。ここに居ればいつかは生け贄にされるんだろう。でも私には一人で生きていくだけの力もない。
あと10年くらいは豪雨もやってこないと思うから、それまでに何かできるようにしておこう。
そう思って逃亡のために馬たちと仲良くなっておく。馬の調教とかうまくなったらこんな容姿でも誰か雇ってくれるかなぁ………
こうして過ごすうちに私は17歳になった。もう豪雨はいつきてもおかしくない。
だんだん村長は私を狭い部屋から出さなくなってきた。いつでも生け贄にできるようにするつもりなんだろう。
そんなある日のこと。
村長のお屋敷で村人たちがあわただしく動き回っている。私がこっそり顔をだすと、村長が怒鳴り散らした。
「小汚ない魔物が出てきてんじゃねぇ!王女殿下がやってくるんだ。おまえは部屋から出てくるんじゃないぞ!」
驚いてビクリと肩を震わせると早くしろ!って村長が言って、殴られる。私は急いで部屋に戻った。じわりと痛む頬は腫れたけど、すぐに治った。
賑やかな声が聞こえてくる中、私は繕い物をして時間を潰していた。そっと窓から外を覗けば、村の成人間近の子どもたちが集められている。彼らは一人一人水晶みたいなものに触れていて、赤に変わったり、青に変わったりしていた。
それで一際明るく光った少年がローブを着たお客に何か話しかけられて、嬉しそうにしているのが見える。
何をしているのか気になってずっと見ていると、こつこつと誰かの足音がして慌てて手を動かす。
足音は私のいる部屋の前で止まった。村長だろうか?でも村長ならどすどす大きな音をたてながら歩く。
訝しげに思った矢先、こんこんとノックされた。私に対してノックする人は村人にはいない。だからお客が来たのだろうか?
私はお客の前に出てはいけない。とりあえず息を潜めて通りすぎ去るのを待っていると、扉が開けられた。急いで隠れようとするも遅く、私はお客に見つかった。
「やっぱり!誰かいると思ったのよ~」
ゆるやかに波打つ白い髪、桃色の瞳、浮世離れして美しい顔立ちの少女がそこにはいた。
「そいつを外に連れてゆくのか?」
足音もさせないで少女の後ろには驚くほど長身の青年が立っていた。赤い髪に金の瞳、褐色の肌をしている青年は少女とならんでも見劣りしない精悍な美貌をもち、異国のような見慣れない衣装を纏っている。
「もちろんよ~。―――はじめまして、わたしはティアラっていうの~。あなたも魔力の測定しましょうね~」
少女 ティアラは驚く私の手をひっぱって、私を外に連れ出した。私がティアラに手を引かれて外に出ると、すぐに村長が血相変えてやってくる。
「若い村の子たちは全員集まるように言ったはずなんだけど~、連絡がこの子には行き届いていなかったの~?」
にこにことティアラが村長にいうと、村長は何かいいかけたが諦めた。
代わりに深く頭を下げる。村長が頭を下げるなんて、初めて見た。
「……申し訳ありません、王女殿下。しかしそのものは村に借金を負っていまして…連れていくのは勘弁してください」
えっ!王女殿下!?その前に借金って何!?
私は驚いてティアラと村長を交互に見た。
「嫌よ~。わたし、この子が気に入ったから王城に連れていくわ~」
王城!?
狼狽える私をよそにティアラは話を進める。
「この子、魔力高いみたいなのよ~。借金はわたしが肩代わりするし、王城で働きながら返してくれたらいいし~。どう?」
「えっと、私なんかが王城でなんて………」
私は気後れして断ろうとしたが、そこで気づいた。これって生け贄にならなくてすむんじゃないだろうか?
「…や、やっぱりお願いします!裁縫とか馬の調教とかできるので!」
私が言うと、ティアラはよしよしと私の頭を撫でた。
「決まりね~。あなた、名前はなんていうの~?」
「ジン、と言います」
「ジンねぇ~。これからよろしく~」
「は、はい!」
そうと決まればティアラは早かった。私に荷物をまとめるように言うと、水路の開発にきたらしい彼女はすぐさま本来の仕事を済ましてしまう。
明日の朝にこの村から発つことになり、私は部屋でそわそわしながら夜明けを待っていた。水路が開発されたなら豪雨による洪水も起こらないし、人柱の存在も要らなくなる。そうしたら、村にとって私は不要となり、どのみち追いだされる。その前に厄介払いができてよかったってことになるんだろう。
――――そう思っていた私は甘かった。
「来い!」
突然部屋にやってきた村長が私でも腕を乱暴につかみ、外へ連れ出した。
私は村外れの森まで連れてこられる。そこには村人たちも松明を手に集まっていた。
突きとばされて村人たちに囲まれる。村人の一人が斧を村長に手渡した。
まさか……殺される?
「な、何を……」
私はしりもちをついたまま後ずさった。しかし周りの村人たちが私の腕を拘束し、村長の前に立たせる。
「何、だと?今まで育ててやった恩を忘れやがって」
忌々しげに村長が言った。
「……どうして?もう生け贄はいらないはず……」
「こいつ、やはり知ってやがったのか……今となってはどうでもよくなったがな。だが、王女殿下に人柱のことを言われたら困るんだよ!だからここで―――死ね!」
口封じ。
それだけのために殺されるなんて――
村長が降り下ろした斧は私の胸に突き刺さる。激痛に私の意識は暗転した。
◇◇◇◇◇
胸が鈍く痛む。
何かが私を覆っている。
重い瞼を薄くあけると、村人たちが見えた。
「早く埋めてしまえ!」
村長の声が聞こえて気付く。私は埋められているのだ。体の半分は埋められてもう動かない。私は焦った。生き埋めにされるなんて………
どうにか体をよじる。
「う、動いた!村長!まだ生きてる!!」
それに気づいた村人が叫ぶ。
「でけえ声出してんじゃねぇ!こいつは魔物だろう!さっさと埋めちまえば出てこれねぇよ」
村長の言葉に促され、村人たちは慌てて埋めにかかる。誰かが私を踏んで体を押さえつけた。体が動かせず、どんどん埋められていく。
誰か、助けて―――
魔物の私が願っても誰が叶えてくれるだろう。
息ができなくなり意識が朦朧とする中、私は完全に動けなくなった。
―――ねぇ………える?………って………
意識を再び失いそうになった時、声が聞こえた。すると、不意に息ができるようになる。私は咳き込みながら息を吸う。体も動く。
「大丈夫?」
焦げ茶の髪をふたつくくりにした同い年くらいの少女が私の顔を覗きこんでいる。
どうなっているのだろう?
私は辺りを見回す。私は真っ暗闇の空間の中にいた。
「どこ……?」
「大丈夫みたいね!ここは影の空間なの」
影の空間と言われても何がなんだかわからない。
「あなたが助けてくれたの?」
とりあえず尋ねると、少女は大きく頷いた。
「そうなの!あたしが闇の長に頼んであなたを連れて来てもらったの!」
それってこの少女が助けたことになるんだろうか?
疑問に思ったが、お礼を言っておく。
「どういたしまして!」
「あの、どうして私を助けたのですか?」
助け方もよくわからないけど、見ず知らずの少女が魔物のような私をなぜ助けたのだろう?普通なら放っておくはずなのに――
「あなたと契約したいって思ってたのに、人間共があなたを連れていくんだもん。だから取り返したってわけ」
「―――」
まったく意味がわからない。契約ってなんだろう?そもそも目の前の少女は人間ではないという口振りだった。疑問符を浮かべている私に少女は捕捉した。
「えーと、最初から言うとね……あたしは精霊なの。土の精霊の長なのよ」
「精霊?」
「精霊っていうのはね、自然のような恵みや災いをもたらす世界の法則と言われるものに則って力を行使する者よ。自然の法則そのもの、という方が近いかな」
つまりこの少女は人間ではないということらしい。
「あたしみたいな長なら大丈夫なんだけど、力の弱い精霊たちは人間に使役されてしまっていたの。でも今は違うわ。『相互の同意なくして使役することを禁ずる』っていう契約をティアラが作ってくれたのよ」
ティアラ?王女様がどうしてそこで出てくるんだろう?
「それでね、あたしも契約したいなぁって思ったからティアラについてきたの。ティアラはもう火の長にとられちゃったからね」
「えーと、あの、何がなんだか………」
「とりあえず!ティアラはあたしたち精霊にとっての特別なの。そしてあたしはあなたと契約したいの!」
「契約ですか……」
自然を操るという精霊がこの少女で、少女にとってティアラが特別。そして、少女は私と契約したい。
私は必死で今おかれた状況を確認する。
「――契約とは精霊が特定の人間に力を貸すことだ。……土の長、願いを聞いてやったのだからさっさとその者を連れて出ていけ」
不意に声がして、私は振り返って絶句した。
黒髪に金の瞳、彫刻の如く恐ろしいくらいに整った顔立ちの青年が佇んでいる。ただし、とても不機嫌そうだ。
「ちょっとくらいいいじゃない、闇の長。減るものでもないで………ただいま出ていきます!」
少女が言葉を切って私の腕を引っ張ったのは、ひとえに青年に絶対零度の視線を浴び刺されたからだ。直接浴びていない私でさえ震えてしまった。




