アマギと密談
まもなくしてジェラールと連絡がとれた。
会談場所はとある貴族の屋敷で反教会派の者たちも集まるらしい。
真夜中、私はシェイドとシェリルを伴いその場所に訪れた。そこは、国王ジェラールの外戚であるウェルズ公爵の屋敷だった。ウェルズ公爵は亡きジェラールの母の兄で、高齢のため政界からは退いて久しい。そのため、教会に監視されていることもないだろう。
屋敷の警護の者にシヴァが預かってきた招待状を見せ、門をくぐる。エントランスではメイドが一礼して屋敷の中に案内してくれた。
通された一室には既に人が集まっていた。私たちはフードを脱いで顔を晒す。
「おまえさんがキールの姪だというアマギかいの?」
ジェラールの隣に座っている老人が問うた。白くなった眉とひげに覆われ全体的にもふもふしたその老人は前ギルド長 サウルであった。教会に処罰されたと聞いていたので驚いてしまった。
「そうよ」
私は頷いて、周りを見回す。処罰されたはずの人間ばかりが集まっており、反教会派だと言われるのもすんなり頷ける面々だ。
「教会に監視されここに来ていない現役貴族もいる。これが我々、反教会派のリストだ」
ジェラールが私に紙を見せた。その様子に眉をひそめた者が数人。
「陛下、この者たちは本当に信用できるのですか?後ろの二人はいったい何者であるかも聞いておりませんのに」
前宰相にしてサウルの息子 クロードが非難の声をあげた。
「我らは魔王軍の者である。私はシェイド。ある契約の行方を見届けにきた」
「魔王軍だと?外から魔族は侵入できないはずでしょう」
魔王軍の存在に人々はざわめく。私はシヴァを顕現させた。
「私がシヴァの能力で二人を中に入れたのよ。今回私がここにきたのは、魔王との契約の仲介役を務めているから。契約の内容は私が王都の結界をとき、奴隷にされた魔族の奪還を手引きすることと、この一件が終われば相互相手の大陸に侵入しないこと――その2つよ」
私は魔王の宰相から手渡された書簡をジェラールに渡す。
魔王と私の血判が押されているそれに皆は釘付けだ。
「ジェラール国王陛下、貴方はこれをどう受け止める?新たな魔王は人の大陸に興味はない。そもそも、40年程前に勃発した人間と魔族の戦争は明らかに人間側に非があったのは、知っているでしょう」
「……よくそこまで知っておる者が教会に目をつけられなかったものだのぅ」
サウルが感慨深そうに呟いた。白い眉に覆われた目から鋭い視線を寄越される。
「キールとは懇意にしとったが……姪がいるとは、ましてや兄弟がおったことも聞いたことがないのぅ」
さすがにシヴァと契約しているくらいでは教会のスパイかどうか証明できない。普段は何事にも寛容なサウルだが、この教会のことについては鋭いところをついてくる。
それほどまでに教会の横暴が目に余るのだろう。
「私はキールの意志を継ぐ者。キールとは同郷ではあるけど、血のつながりはないわ」
キールの記憶をもつ私にはいくらでも素性をつけ加えれる。
「どういう意味だ?キールの出身地を知っているのか?」
ジェラールが驚き尋ねた。勇者 キールは突如現れ、魔族に虐げられていた人間を助けたのだ。彼女がどこから来たのかは誰も知らない。というか、誰にも言わなかった。
そこは、誰も知らないし、誰も辿り着けない、侵してはならない聖域なのだ。
私は手のひらに術式を展開した。そして、先ほどの招待状をその上に持ってくる。するとそれは黒い炎に包まれて、跡形もなく燃え尽きた。
「出身地に関して私は何も言えないわ。けれども、ご覧の通り私は容易に術式を操れる。これは、キールを含む同郷の者しかできないわ」
術式の構成はその効果ごとにこと細かく決められている。僅かな乱れも許されず、多くは既存のものを写しているが、それでも正常に発動するのは少ない。その場で術式を構成し発動させるのは、不可能に近い。
その既存のものですら、大昔のもので数が少ないのだ。
「――それで、私を疑うのもいいけれど、その書簡に対する答えはでたのかしら?」
私の目的は教会を潰すことにある。業腹なことに今政権を握っている教会が突然消えたのなら、少なからず国民に影響がでるだろう。周囲の国々がこれ幸いとばかりに攻めてくるかもしれない。
それを防ぐためにも速やかに王政に移れるよう彼らと組んでいるのであって、多少心は痛むが、基本的には教会を倒せればそのあとなどどうでもいいのだ。アフターケアにまで心を砕いているというのに、信用されていないとなると投げ出したくなる。
ジェラールはしばらく目を閉じて黙考したあと、結論を出した。
「教会を相手にするのに我らだけでは心もとない。味方は多い方がいいだろう。私はこの契約に同意する。異議がある者はいるか?」
周りの人々はあっさり魔族との契約を決めたことにどよめくも、反論はなかった。
「我々を救い、反教会勢力を作りあげたのは、貴方です。貴方が決めたことに異論などありますまい」
仕方ない、とでも言うようにクロードが同意を示す。他の者たちも頷いたりして、同意を示していた。
17年前はまだ7歳で、教会の思うように操られていた王子は頼もしく成長しているようだ。
私は影倉庫からペンとインク、ナイフを取り出して、ジェラールの前に置いた。
ジェラールは書簡にサインし、血判を押す。
「書簡は私が預かろう。魔王様にご確認頂いたあと、仲介役のアマギに所持してもらうことになる」
そう言ってシェイドが書簡を受けとる。これで魔族と人間の契約はつつがなく完了した。
「――さて、貴方たちの今後の予定はどうなっているの?」
「今はまだ反教会派の味方を増やしている最中だ。それと平行して、聖職者らの不正の証拠を集めている」
私の問いにジェラールは苦々しく答えた。あまり状況は芳しくないのだろう。
「なら、まだ証拠が集まるまでは大きな行動を起こさない方がいいのかしら」
「そうだのぅ。だが、行き詰まっておるからの。逆に行動を起こしたら、何かボロが出てくるかもしれんのぅ」
サウルが白いひげをなでつけながら言った。それならば、丁度いい。
「行動を起こしてもいいのなら、王都の結界を解いてくるわ。もともと結界はキールが魔族の侵攻を防ぐために張ったもの。魔族と敵対する必要がなくなった今、邪魔なだけでしょう?」
「一人で行くつもりなのか?そもそも、一人で結界を解くことができるのか?」
ジェラールが言外に無謀ではないのか、と匂わせる。
「結界の核が教会の本堂にあるはずだから、そこまで辿り着ければ簡単よ」
「教会で何かあっても我々は助けることができない」
「大丈夫よ。しくじってもシヴァがいるから、教会に捕まることもないわ」
「わかった。それなら、地下通路を使うといい」
「地下通路?」
私は聞いたこともないそれに目を瞬かせた。
「王族の非難通路だ。王都郊外や教会にも繋がっている」
私が知らない王都と外を繋ぐ通路。もしそれを教会が知っていたら、あるひとつの疑問が解消されることとなる。
「……その通路は、教会に知られているの?」
「おそらく知っているだろう。だが、監視している私以外に使う者はいない。今夜私が王城を抜け出す際に使ったが、地下通路には見張りもいなかった」
「いや、使われているわ。――シェイド、シェリル、貴方たちが教会に運びこまれた時のこと覚えてる?」
人目につかず、ひっそりと魔族を教会に連れてくるルートについては疑問に思っていたのだ。
「そういえば、檻の中に入れられてその上に布をかぶされていたんだけど……月明かりすらなかったよね?――兄さん」
「ああ、薄い布ごときで月明かりを遮ることなどできない。それに私たちを運んだ男共は松明を使っているようだったからな。地下通路で間違いないだろう」
シェイドとシェリルは一度教会に捕まっていた。その事を聞けば、地下通路を使っていた可能性が高くなる。
「ついでに地下通路も教会付近のものだけふさいでこようかしら」
これ以上魔族が運びこまれるのも防ぎたい。
「シェイドとシェリルはレトと屋敷で待機していてもらうわ。私は教会に行ってくるから」
――――こうして私は地下通路に案内されることとなった。




