アマギと隊長
人間の大陸に侵入した魔王軍の者たちを追って、魔王城を出た私はミラコスタ王国の国境付近に来ていた。
そこでは、魔族の荒くれ者が人間たちを囲んでいた。よく見れば、何故かカレンと蒼馬が戦っている。私はシェイドとシェリルに合図してすぐさま魔族たちの間に割って入った。
「―――我らが魔の大陸に直ちに帰還せよ」
シェイドが魔族たちに告げる。魔王の側近の登場に動揺するものの、隊長であるアフガントが一歩も退いていないのを見て、すぐに体勢を整えてきた。
シェイドとアフガントが対峙している間にカレンと蒼馬たちの逃げる準備が完了した。
「人間共はここを去れ」
シェイドがそう言った途端、一人の男が叫んだ。
「全員、荷台の方に乗れ!強行突破だ!」
その声は聞き覚えがあった。彼はすぐさま精霊を顕現させ、霧であたりを覆い尽くす。
「―――逃さない」
アフガントが動いた。私もまた、阻止すべく荷台の方に駆け寄り、アフガントに蹴りを叩き込む。アフガントはかろうじて防いだが、荷台からつき放された。
荷台が通り過ぎていく中、私は湾刀を片手に不遜に笑う男と目があった。
―――間違いなくアシュマだった。
何故、貴方がここにいるの?
叫びたい気持ちを押し殺して彼らを見送る。彼は奔放な商人だ。ここにいても不思議ではない。ざわめく心を宥めて私は息をついた。
私がキールの生まれ変わりであることを知っているのはシヴァ以外あり得ない。
「貴様…人間か」
束の間呆けていたのが、いけなかった。アフガントが目の前にまで迫ってきていた。容赦なく首を締め付けられ、その拍子にフードがおちる。
―――シヴァ!
私が念じれば、私の影から巨大な漆黒の腕が現れた。腕はアフガントを捕まえようとするが、アフガントはすぐに飛び退いた。気管への圧迫が消えて私は少し咳き込む。
「人間だからなに?」
私は問うた。アフガントは人間を憎んでいる。同胞を奴隷にされたのだから当然ではあるが、不可侵の契約を守ってもらえるようにならなければ困る。
「人間だからだ。身分という差別制度を作り出し、弱者を虐げ、強者を唆し、略奪を繰り返す」
「魔族も同じでしょう。魔族は力がすべて。強者であれば、何をしても許され、弱者は虐げられ続ける。人間とどこが違うというの?」
「それは昔のことだ。今の魔族は違う。弱者は強者に守られ、強者は弱者を守る。魔王様がそう決められた。愚かな人間とは違う」
「同じよ。人間が昔の魔族のようになっているだけ、今の人間は転機を迎えている。魔族が変わったように人間も変わっていくのよ。だから、邪魔をしないで」
今の腐った教会をぶっ潰し、私がこの世界を変えてみせる。魔族と人間の関係だって変えてみせる。
「貴様ごとき小娘に何ができる?」
「なんだってできるわよ」
ちょっとイラっときた。アフガントは完全に私を…人間を見下している。
私は手のひらをかざし、術式を作り出す。アフガントに向けた幾何学模様は強く光るなり、炎の玉を吐き出した。
即席だが難易度の高い術式を作り出したことに彼は僅かに目をみはる。しかし、連発された炎を難なく避け、素早い動きで一気に距離を詰めた。そして、腰の剣が抜かれる。
キンッ!と高い金属音が響き、アフガントの剣と私の影倉庫から出したナイフがぶつかり合った。さすがは魔族、腕力がハンパない。魔力で私の腕力を強化しているが、少しでも気を抜けば圧されそうだ。
腕が少し痺れてきたところで、私はアフガントの剣を受け流しにかかる。体の重心をずらし、相手の姿勢を崩した。そして、すかさずアフガントの頭めがけて蹴りを叩き込む。
しかし、読まれていたのか、私の足は腕で防がれ、しかもそのまま足首を掴まれた。
これはヤバい。私の危機感を読み取り、影の腕が足下からアフガントに拳を撃ち込む。
カランとアフガントは剣を放り投げ、もう片方の手で拳を受け止めた。私を簡単に握りつぶせそうな巨大な拳をアフガントは涼しい顔で受け止めている。その傍ら、私を放り投げた。私の影から出現している影の腕は私にひきずられてしまう。
放り投げられた先には岩肌が待っていた。
すぐさま岩と私の間に結界をはる。トランポリン機能をつけた結界は私をどうにか受け止めた。
「人間のくせに、しぶとい……」
アフガントが呟く。
「私だからしぶといのよ。殺されようが何されようが、私は舞い戻る。そして、この世界を変革する」
シヴァ、と私が呼ぶ。すぐにシヴァは顕現した。
「如何なさいました?」
シヴァは跪き私の手を取って、尋ねる。私の考えを読み取っているくせに、憎らしい程綺麗な顔で色香たっぷりに微笑んで私の答えを待っている。
「……貴方、そんなに性格悪かったかしら?」
「変わってしまった貴女に合わせているだけですよ。貴女の腹は相当黒くなってしまったようなので」
「何気に腹黒って言ったわね、このヤンデレが。さっさと【同調】するわよ」
「―――仰せのままに、我が君」
シヴァは立ち上がり、私と額を合わす。けれども、額を突き抜けてシヴァは私に融けていった。
【同調】――契約した精霊を取り込み己が力とする。
私の双眸はシヴァと同じ金色に変わっていく。五大精霊の力を取り込んだ私の周りに黒い魔力が渦を為した。
「――手始めに貴方の私に対する認識から変革しましょうか」
金色の双眸はひたりとアフガントを見据えた。




