第8話 騎士像
ソピアさんからお叱りを受けた後、お茶と堅パンをご馳走になりました。
お茶を煎れるためのお湯は、魔法の練習と言うことで、ボクが第一階梯のヒートを使って湧かすことに。
炎を制御するファイヤーボール系の魔法は第三階梯以上になるため、この指輪では起動できないし、そんな高位力魔法を使えばボットが内部に発生した水蒸気圧で爆発してしまうことだろう。
井戸から汲み上げたという水はけっこう冷たく、ポット一杯のお湯をいったん沸騰するまで加熱するのにボクが使ったヒートは26回であった。
やはり第一階梯では、魔法自体の使い出はあまり大したことはないというのを実感。
一般的に、個人戦レベルで使える魔法が第三階梯、実用的な生活魔法は第二階梯と言われているだけのことはある。
ちなみに第四階梯になると集団戦でも有効な魔法が多くなり、冒険者のパーティーで魔法使いとしての需要があるのがこのクラスだ。
第五階梯ともなると完全に人間兵器のレベルで、第六階梯はその数自体がレアだが殆ど人外とも言えるだろう。
ソピアさんによれば、魔法は威力もさることながら制御の方が重要らしく、当面ボクは第一階梯魔力を蓄えたこのクラス3の指輪を使って、魔法の練習を行うようにとのことであった。
ファイヤーボールの飛翔速度や、ヒートによる加熱範囲の制御などを見る限り、ボクには魔法制御に関する才能の可能性があるそうだ。
ひとやすみの後、ボクはソピアさんに連れられて例の墓石ビルへ向かうことになった。
そろそろ日暮れが近いらしく、鎧戸のスリットを潜り抜けた日射しがオレンジ色の横縞になって反対側の壁に貼り付いている。
楼門の下に降りて墓石ビルの方を見ると、背後から夕日に照らされた楼門が、斜め方向に長く引き延ばされた影を地面に映していた。
ボクはソピアさんと並んで墓石ビルの方へ歩きだした。
背負ってきた荷物は楼門二階の事務所みたいな場所に置いてきたから、いま身に着けているのは朝から着ている服の他は、左腰に提げた剣と、左手の中指に填めた魔封じの指輪だけだ。
「これから向かうギルド管理棟であなたの先輩をご紹介します」
墓石ビルの方を見ながらソピアさんが言った。
あの墓石ビルはギルド管理棟って言うのか。
これまでリッチのソピアさん以外のギルド職員に会っていないが、あそこにお仲間が居ると思うだけで、少しホッとするような気がしてくるから不思議だ。
フューネラルギルドの業務は多岐にわたる。
グレイブヤードを探索する冒険者の登録、魔封じの指輪の管理、転送陣の運営など、ギルドの面の業務だけでも大変な仕事量の筈だが、これからボクが携わることになるグレイブヤードの管理など、どれだけの人手があっても足りないはずだ。
「こちらのギルドに採用されたときに、ボクの担当する業務だけは大まかな説明を受けていますが、その関係の方なのでしょうか」
「今日、アルツァさんにご紹介する者は、一応、そちらも一部は受け持っているのですが、主には管理棟で受け付け業務を行っています」
「受付ですか?」
「はい。ギルドにとっては、ある意味一番重要な役割を持つ部署です」
受付というと、やはり前世の記憶から、窓口で応対してくれるお姉さんを思い浮かべてしまうな。
こちらの世界で似たような業務と言えば、立ち入りを制限された場所の、見張り若しくは料金徴収係くらいしか思い浮かばない。
役所への申請も、対応する部署を自分で探して直接そこへ出向く必要があり、もちろん受付や案内係などと言う物は存在しない。
そもそも役所の存在自体、現物、金銭、あるいは賦役などによる税の徴収と、軍事力による臣民の保護を主要な目的としており、一部商業等の許認可を除けば一般市民との関わりはそれほどでもないのだ。
市民が普段目にする役人とは、徴税史と、城門や神殿の警備兵ぐらいなもので、警察や消防の活動ですら基本的には市民の自治組織に任されているほどだ。
それゆえ、明確な受付係を配しているギルドは、極めて例外的な組織なのだ。
受付係がギルド外部との対応を一手に受け持つことにより、自らの内側と外側を明確に峻別しているとも言えるだろう。
ある意味ギルドを代表する存在でもある受付係であったが、この時点でボクはそこまでを意識してはいなかった。
「それで、その受付の方はどのようなヒトなのでしょう?」
そういったボクにソピアさんが軽く小首を傾げると、
「そうですね……まあ、お会いになれば直ぐに分かるでしょう」
とだけ言って、クスッと小さく笑ったように見えた。
そう言われるとよけいに気になってしまうのだが、目的地が目の前ということもあってそのまま歩いて行くボクなのであった。
近づいてきたギルド管理棟こと墓石ビルの正面にぽっかりと空いた、入り口らしき場所の左右に二体の人影が佇立していた。
墓石ビルの前に佇立するオベリスク影の中に入っていたことと、全く動かないために、近寄るまで気づかなかったのだ。
その二体は、身長3メートルにも達しようかという巨大なフルプレートの騎士像であった。
とくにポーズを取ることもなく突っ立つ姿は、迫力のある造形に比べて何となく間抜けな感じだ。
門番の彫刻なら阿吽の像ぐらいの迫力ポーズを取らせたらどうだ、などと考えながら見上げていると、
「「いらっしゃいませ、マスター」」
突然、ボクの左右に立つ像から声が降ってきた。
左の白銀に輝く鎧を身に着けた騎士からはひび割れたような声が、右の闇に溶け込みそうな漆黒の鎧を身に着けた像からはバリトンの美声が、それぞれ聞こえてきたのだ。
「うお、ひょおおっ!」
「ごくろうさまです」
驚いた拍子に奇声を上げて仰け反ったボクをよそに、ソピアさんが淡々と宣った。
「そっそっソピアさんっ! こっこちらの方々は?」
「管理棟の門番をしていただいている死霊機師のお二人です」
死霊騎士だと?
「でっでででは、こ、この方々がその……受付係ということなので……しょうか?」
盛大にびびり状態のボクに対し、ソピアさんが事も無げに、
「いいえ、そこまでの者達ではありませんよ。
そう言えばこのあいだ死成してから、まだ名前も付けていませんでしたね。
アルツァさんが何か良い名前を付けていただけませんか?」
トンデモないことを仰いました。
いま何だかソピアさんの肩が震えてるように見えたが、もしかして笑ってる?
「でっでは、ポチとクーとか……いっいや冗談ですってば」
「ふむ、そんな事はありません。良い名前ではないですか。
では今日よりあなたはポチ、あなたはクーと名乗りなさい」
ソピアさんが左の白騎士を指さしながら「ポチ」、右の黒騎士を指し示しながら「クー」と名付けた。
その名前って、ボクが前世で飼っていたチワワとインコの名前なんですけど……。