第7話 第一階梯魔法
本当に大丈夫なのかと思わないでも無かったのだが、あれほど切望した魔法が使えるかも知れないチャンスを逃がすなんてのは論外だ。
なので、
「それでは行きます」
と、ボクはほんの少しだけ気合いを入れて、指輪を填めてみた。
結果はとくに問題なし、と言うより何も起きなかった。
何も起こらなかったがある意味当然か。
衝撃麻痺はソピアさんが解除してくれていたわけだし、魔法の使用にも何らかのトリガーが必要なはずだ。
「まずは指輪を填めても問題ないようですね。
それでは次に魔法を使ってみましょうか」
物言いたげなボクに、ソピアさんは相も変わらず淡々とした口調だ。
魔法発動のトリガーは通常、使用する魔法ごとに異なる、力を導くための言葉を詠唱する。
指輪には何かのスイッチらしき細工は見られなかったし、ここはやはりソピアさんに確認だ。
「発動の詠唱はふつうの魔法と同じで良いんですか?」
「イメージが正確なら本来、詠唱は必要ありません。ですが、アルツァさんが慣れられるまでは、力ある言葉を唱えたほうが良いかもしれませんね。
最初は集めた魔力を発散させる弾純なエクスプロージョンを使ってみましょう。
それではアルツァさん、指輪を填めた指先に意識を集中してください」
軽く言ってくれるよね。
ソピアさんは無詠唱で魔法を使えるみたいだけど、そんな魔法使いは物語の中ぐらいしか出てこない。
幾ら高位の魔法使いにはリッチが多いと言っても、ソピアさんが特別なのだ。
そんなソピアさんが最初の魔法の先生になってくれるのは、ボクにとっても運が良いことなのだろう。
上手くすれば魔法どころか無詠唱での魔法まで習得できそうだし。
それはそれとして、先ずは集中、集中っと。
ボクは指輪を填めた左手の中指を伸ばし、心臓から指先に向けた力のラインを意識する。
2歳の頃に読んだ「初級魔法書」に記されていた方法だ。
その何度試してみても、魔法素質無しの判定を裏書きするように全く何も感じたことは無かったのだが、今日は明らかに様子が違った。
脈動するような圧力が、ボクの心臓から左肩を通って指先へと流れていく。
「いかがですか? 何かが指先に集まってくるのを感じませんか」
「たしかに、圧力を持った流れが指の先に集まって、指が膨らんでいく感じがします」
「ではその集めた力を意識しながら、指先から伸びる細い光をイメージしてください。
イメージの光束が絞り込まれるほど、エクスプロージョンの飛ぶ速度が上がります。
光を届かせるポイントを明確に視野の中に捉えたら、続けてこう詠唱してください。
『盟約に従い我に依りて束ねられたる力、その流れ果つる処にて解き放て、エクスプロージョン』
魔力を開放させる場所を強く意識しないと、指先から放出した魔力は何処まででも飛んでいって、破裂すること無く拡散してしまいますから、気をつけてくださいね」
ボクはさらに心臓からの流れを指先に集め、限界まで内圧を高める。
そこから引き絞るようにラインを伸ばし、指先から3メートルほど先の空間で光を解き放つことをイメージする。
そして、ソピアさんに教わったばかりの詠唱を開始した。
「盟約に従い、我に依りて……」
ここまで唱えたとき、ボクの指先から1センチぐらいの空間に、淡く光る文字と紋様で形作られた直径2センチほどのリングが出現して、ゆっくりと回転を始めた。
魔法を行使する際に顕現する魔方陣だった。
魔方陣の大きさは行使される魔法階梯に相応している。
この、ほぼ指輪サイズの魔方陣が出現した時点で、これから発動する魔法が第一階梯だということが分かるのだ。
「束ねられたる力、その流れ……」
回転を速めた魔方陣の中心に小さな輝点が出現する。
「果つる先にて解き放て……」
輝点がすうっと縦に伸びて行き、力を持った揺らぎが収束する。
「エクスプロージョン!」
唱え終わると同時に、揺らぎは引き絞られた矢のように放たれ……ほとんど一瞬の間も置かずに指先から3メートル前方で、
「パン!」
小さな破裂音が鳴った。
やった!
やったよ!!
第一階梯のエクスプロージョンだから爆竹が破裂した程度の威力しかないが、ボクにとって生後初の記念すべき魔法がいまここに成功したのだ。
「ソピアさん、やりました! 成功です!!」
「アルツァさん、おめでとうございます。
魔力の収束やエクスプロージョンの飛翔速度も文句なしです。
ではその感覚を忘れないうちに、あと何回かエクスプロージョンを使ってみてください。
それと先ほどは言い忘れましたが、その際にはくれぐれも魔法の灯りに当てないようにお願いします」
ソピアさんにとっては当たり前のことなのだろうが、あまりにも素っ気ないよな。
それにすごく実務的だし……。
その後ボクがどうしたかと言えば、もちろん試させて頂きました。
エクスプロージョンを、しかも調子に乗って何度も。
10回目を超える辺りからは魔力の流れに意識を手中するだけで魔方陣の顕現に成功し、試しに詠唱無しでやってみると、なんとそれでも魔法が発動。
あとは無詠唱で機関銃のようにエクスプロージョンを連発し、もはや爆竹を派手に打ち鳴らす某国の祭り状態に突入していたところ……ソピアさんからお叱りを受けました。
「アルツァさん、あなたが大変嬉しいことは分かりますが、そろそろ落ちつきましょう。
わたしもこのような姿ではありますが、さすがに煩いです。
無いはずの耳がジンジンするかのような貴重な体験はもうご勘弁願えませんか。
ともかく……その魔法を使うのを即刻お止めください」
静かな物言いながら完全に怒っていらっしゃいました。
あいかわらず表情は覗えませんが、正直怖かったです。
もちろん謝らせて頂きました、全力かつ平身低頭で。
なんだか今日は謝ってばかりだよ。