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第6話 魔封じの指輪

 ソピアさんの表情はまったく覗えなかった。


 肉の一切付いていない骸骨の顔だから、言葉以外での感情の表出は所謂ボディーランゲージから読み取るしか無いのだが、これがまた必要な動作以外の動きを殆ど見せないのだ。


「他の魔道具は必要ありません。

 この指輪自体に魔法の行使に必要な魔力が封じられていますから」


 ボクの疑念に対する、ソピアさんからの意外すぎる応えであった。


「ちょ、ちょっと待ってください。

 魔封じの指輪は、外部からの過剰な魔素の浸透を遮断するアイテムなのでは?」


 これまで魔法について色々と調べてきたが、魔素を溜めて魔力に変換するアイテムなど聞いたこともない。



 良く目にする魔道具の一つである魔法の灯りにしても、魔素を溜めて使うのではなく、第一階梯の光魔法を数分間掛けて持続的に発生する植物をその中に収めた、一種の植物栽培キットのような物なのだ。


 物凄く高価な上に、維持にも手間とお金が掛かるから、魔法の灯りは図書館などの火気を嫌う特殊な場所にしか設置されていない。


 どのぐらい高価なのかと言えば、いまギルドの壁に掛けられている簡素な魔法の灯りでも金貨30枚ぐらいはするだろう。


 ちなみに金貨1枚は銀貨15枚の価値を持つ。


 銀貨15枚と言えば、商家などに奉公する勤め人の給金一ヶ月分に相当するから、金貨30枚ともなると一家族が2年半は暮らせるだけの金額なのだ。


 したがって王宮ですら照明の光源は蝋燭だし、蝋燭を買う金が無い場合でも、臭いの少ない植物油を使った灯りなら上等な部類とされている。


 一般の暮らしにおいては、日の出とともに起き出し、日没後は寝るのが普通なのであり、照明といっても日照時間の短い冬季に、暖炉の明かりを頼りに食事や裁縫などを行うぐらいが精々だ。


 灯りを使う必要がある場合でも比較的高価な植物油ではなく、獣脂に灯心を挿した物を使うのが一般的だった。


 獣脂だと、もちろん煙も出るし臭いも酷いのだが、日常的に使うものでは無いため、それで十分なのだ。





 ボクの目の前でソピアさんの説明が続いていた。


「魔封じの指輪に関する本当の情報はフューネラルギルドの外部には秘匿されていますからね。ギルドの正規職員として採用されたアルツァさんだからこそ、こうやって情報を開示させていただいているのです」


 秘匿情報を明かしながらも、ソピアさんの態度は相も変わらず淡々としたものだ。


「それは……本当に良いのですか?」


 言うべき言葉を失っていたボクに、ソピアさんが骨の指先でつまんだ指輪を差し出して、


「ええ大丈夫ですよ。他に正規職員は居りませんし。

 まあ、先ずはこの指輪を手にとってご覧になってください」


 ん? いまソピアさん、妙なことをさらっと言わなかったか?


 たしかにこのフロアにはボクとソピアさんしか居ないけど、他のギルド職員の人たちはあっちの墓石ビルの方にいるんだよね。


「は、はあ……」


 とりあえず頷くしかないボクの手のひらの上に、ソピアさんが指輪をそっと載せる。


 なんというか特別なものには感じられないフツウの指輪だな。


 ボクは指輪を持って目の前にかざすと、色々な角度から観察してみる。


「クラス3の魔封じの指輪に、第一階梯に馴染ませた魔素を容量の限界近く封じてありますから、その指輪1つで第一階梯魔法を500回ぐらいは使えるはずです」


「……500回も、ですか?」


 これまで魔法など使えもしなかったのに、いきなり500回とは……。


 予想の斜め上を行く指輪の仕様にボクが絶句していると、


「そのクラス3の指輪でも、第四階梯の冒険者さんに容量の限界まで装着していただけたら、第四階梯魔法を1回だけ使えるんですよ。

 とは言いましても、容量一杯になるまでグレイブヤードの探索を続けていただくには冒険者さんのリスクが高くなりすぎますし、クラス3の指輪では1時間の浸透量相当しか魔素の吸収が出来ませんから、あまり使う機会もないのですが」


 魔素を吸収する?


 それに1時間と言えば、魔封じの指輪が使われるようになる前の、グレイブヤード内での活動限界時間と同じではないか。


 これはソピアさんが教えてくれるかどうかは別にしても、一応確認してみた方が良さそうだな。


「いまソピアさんが言われた1時間というのは、魔封じの指輪が使われていなかった頃に定められていた、グレイブヤード内での活動時間と同じだと思うのですが」


 指輪の魔素吸収機能について直ぐにでもソピアさんから聞きたかったが、先ずはこれを尋ねてからだ。


「ほんとうにアルツァさんはよくご存じですね。

 あなたを此所にお迎えしたギルド長として、私も嬉しくなってしまいます」


 魔封じの指輪についての歴史などメジャーな知識ではないし、そういったことに興味を持つ人間もあまりいないのだろう。


 相変わらず表情は分からないが、ソピアさんが嬉しそうだった。


「使えないぶん実践に基づいた知識はありませんが、魔法の才能がないと分かったあとも随分と図書館で魔法について調べましたから」


 自嘲気味に言ったボクにソピアさんが身を乗り出して、


「いえいえ、学ばれたことは無駄にならないと思いますよ。

 魔法についての知識が深ければ深いほど、より効率の良い魔法の使用が可能になりますし。

 先ほどの1時間というのは、レベル120前後の方がグレイブヤードの中で魔素中毒を起こされるまでの時間になります。第四階梯にギリギリ手が届くレベルですね。

 魔封じの指輪が実用化される前には、第三階梯までの方はグレイブヤードの探索自体が許可されていませんでしたから、第四階梯での最低レベルの方を基準にして活動可能時間を設定させて頂いていたんですよ」


「すると、もっと低い階梯なら……」


「第一階梯の方だと指輪無しでは1分も保ちません。

 第二階梯で最大8分ぐらいでしょうか。

 第四階梯でも高レベルの方なら8時間ぐらいまでは大丈夫なんですが、そのぐらいのレベルになるとけっこう奥の階層まで進めてしまいますから、やはり指輪は付けていただいた方が安全ですね。」


「指輪を填めたときのグレイブヤード内での活動可能時間は、装着者本人のレベルではなく、指輪のクラスによるんですよね」


「そのとおりです。

 グレイブヤードでの有効時間は、先程お話ししましたように、そのクラス3が1時間、クラス4で8時間半、クラス5になると2日と20時間になります。

 冒険者の方々にそれぞれのクラスに応じた指輪をお貸しするのは、その時間以内に引き上げて頂きたいという意味もあります。

 第六階梯の方ですと指輪無しでも更に長時間の探索が可能ですが、その方々にもクラス5の指輪を付けたうえで、探索期間も3日以内とさせて頂いています。

 尤もそのレベルの方々は殆どが何らかの役職に就いておられますし、こちらから指定するまでもなく3日以上の探索を行われる暇そのものが無いようですね」





 魔力資質を持つ者はそのレベルごとに一定の魔力を保有している。


 逆に言えばこの魔力保有量がそれぞれのレベルとなるのだ。



 レベルが上がると使用できる魔法の威力、即ち魔法階梯もそれに応じて高いものとなる。


 例えばレベル120からが第四階梯となるが、レベル120では第四階梯の魔法を1回使うだけで魔力が枯渇する。


 魔力の枯渇は時に死に至ることがあるほど危険なため、レベル120では実際のところ第三階梯魔法までしか使えない。



 消費された魔力は、大気中の魔素を取り込んで魔力に変換することにより、ほぼ一日を掛けてもとに戻るのだが、魔素の濃度が高い場所では、本人の魔力容量を超えて取り込みきれない魔素がオーバーフローして、魔素中毒を生じることがある。


 とくにフューネラルギルドの管理するグレイブヤード内では、魔素濃度が極めて高いため確実に魔素中毒を起こして致命的な結果を引き起こすとされている。



 それならある程度レベルが高ければ、グレイブヤード内では魔力の供給がほぼ無尽蔵になって、魔法も撃ち放題になりそうなものだが、そう上手くはいかない。


 取り込んだ魔素はそれぞれの魔法階梯に応じた魔力に変換されなければ、魔素の状態のまま体内に滞留し、その濃度が一定限界を超えると魔素中毒を引き起こしてしまうからだ。



 これまで一般に知られていた情報では、魔封じの指輪は過剰な魔素の取り込み自体を遮断すると考えられていたのだが、実際には装着者の体内に滞留した余剰魔素を吸収するアイテムなのだろう。



 一応そこは確かめて置かないとな。


「それで肝腎の魔素の吸収機能についてお伺いしても?」


「ああ、そこをご説明するのを忘れていました。

 魔封じの指輪は、指輪を填めた方に流れ込んだ魔素のうち、魔力に変換しきれなかった余剰分の魔素を吸収することにより、魔素中毒を防いでいます」


 やはり予想通りか。


 しかしそれだと魔力として使える形になっていないのでは?


「ですがその指輪の中に魔素が幾ら在るとしても、それを魔力に変換しないと魔法は使えませんよね」


「魔封じの指輪はそれ自体に組み込まれた魔法術式によって、吸収した魔素を装着された方の魔法階梯に応じた魔力に変換して蓄えていますから、魔力を通すコツさえわかれば理論的には魔法資質の無い方にも魔法の使用が可能になるのです。

 本来は魔法装置への魔力供給が目的ですし、そちらでは問題なく稼働中ですからアルツァさんも大丈夫だと思いますよ」


「魔法装置と言いますと?」


「転送陣の駆動です。これがけっこう魔力を消費しますから、冒険者さん達の頑張りには随分と助けられています」


 自分で指輪に魔力を溜めているのに、それも知らずに転送料をギルドに支払っているとは。


 指輪の本当の機能を公に出来ないわけだよ。


「冒険者の人たちには聞かせられませんね」


 そういって苦笑するボクに向けたソピアさんの骸骨の顔に、人の悪そうな表情が浮かんだような気がした。


「この件は内密にお願いします」


 念を押されてしまった。


 知ってしまった以上、ボクもギルドからは抜けられないってことか。


 それ以前に、ソピアさんが指輪の力で魔法が使えるってことを教えてくれた時点でそのつもりだったんだろうけど。


「わかりました。では指輪を試してみても?」


「印章に刻まれている矢印の方向に填めると魔力吸収、反対向きに填めると魔力放出機能が働きます。

 いつもは魔力を放出する方向に填められないように衝撃麻痺スタンの魔法効果を設定してるのですが、それは私がキャンセルしておきましたので安心してお試しください」


 指輪の試用をお願いするボクにソピアさんが淡々と答えたのは、けっこう危険な情報であった。


 そう言えば、この指輪は矢印の方向にしか・・填められなかったはずだ。


 冒険者が自分で魔封じの指輪を付け外しすることは許されていないし、もし何らかの理由で外したとしても、再び指輪を填める方向を間違えるとその場で昏倒してしまうと聞いている。


「矢印と逆に填めたら大変なことになると聞いてますが?」


 ソピアさんへの確認も兼ねて、ボクは一応の懸念を口にした。


「指輪を逆に填めたときの衝撃麻痺スタンは装着した人自身の魔素で発動します。

 解除しないままでも、魔法の使えないアルツァさんでは魔法効果自体が発動しませんから、まったく問題ありませんよ。

 指輪に込められた魔素を使おうとしたときには、衝撃麻痺スタンが起動してしまいますが」


 ふ~ん、そんなものなのか。


 って、ボクだって魔法を試すために指輪を填めるんだから、やっぱり解除しとかないと危ないじゃないか!





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